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■ HEROA

「お父さんを殺さないで!!」
私はそう叫ぶ少年を一瞥して、斬魄刀を少年の父親に向ける。
流魂街の民を攫い、人身売買に手を出していた男。
私に下されていたのは、その男の捕縛命令。
しかし、その命令は、生死を問わずという条件付きで、実質、処刑命令だった。


少年に対しては同情したが、罪人を野放しにしておくわけにもいかず、そして、彼の父の罪は重すぎた。
流魂街の民を虐げ、女は花街に売られ、子どもは内臓を売られた。
反抗した者は拷問まがいの暴行の末、命を落とした。
その数は、百人を下らない。
だから私は、躊躇うことなくその男に刃を振り下ろした。


「いやだ!!やめて・・・!!」
『・・・!?』
だが、私の刃が貫いたのは、その男のものではなく、少年の体で。
「おとう、さん・・・?」
少年は何が起きたのか解らない様子だった。
男が少年を盾にしたという事実が信じられず、私の思考は一瞬停止する。


その一瞬の隙をついて、男は逃げ出した。
・・・追わなければ。
反射的に体が動いて、少年の体から刃を引き抜き男を追いかける。
次に振り下ろした刃は、確実に男の心臓を貫いていた。
男は、即死だった。


そして、少年もまた、死んだ。
死因は失血死。
私の刃が動脈を断ち切ったせいで、あの少年は血溜まりの中で息絶えたのだ。
少年を盾にした男が許せなかった。
あのように自分を慕う我が子すらもただの道具なのか、と。
何より、あの無垢な少年を貫いた自分自身が、許せなかった。


それから私は、刃を振るうことが出来なくなった。
刃を握ればあの少年を貫いた感触を思い出し、敵を目の前にすれば、それがすべてあの少年の顔に見える。
立て続けに任務に失敗し、謹慎を申しつけられた。


その時にはもう、己の斬魄刀を見るだけで嘔吐するという有様だった。
それでも誰にも頼ることは出来なかった。
自分以外の他人を信じるな。
己の上官すらも疑え。
二番隊で教え込まれたそれが、私の心を頑なにさせた。
そんな時、吉良君がやって来たのだ。


「久しぶりだね。元気だったかい?謹慎中だって聞いたから、暇を持て余しているだろうと思って来てみたんだ。」
吉良君はそう言って笑みを見せる。
『き、らくん・・・。』
「どうしたんだい?そんな顔をして。泣きそうな顔をしているよ。」


困ったように下げられた眉は、院生時代から変わらない吉良君の癖。
変わってしまった私にも変わらない表情を向けてくれる吉良君に、色々な感情が押し寄せて、溢れ出す。
ごちゃ混ぜになった感情は、言葉には出来なくて。
苦しくて、苦しくて、涙が零れ落ちる。


「・・・辛いなら辛いと言ってくれれば、そこまで追い詰められることはなかっただろうに。」
呆れたように言いながらも、吉良君は私を抱き寄せる。
無意識に彼の胸元に縋りついた。
吉良君の体温が、じんわりと伝わってくる。


「君はとても優秀な死神だけれど、君自身のことも、大切にしなければいけないよ。・・・あの少年が死んだのは、君のせいじゃない。全く君が悪くないというわけではないけれど、君だけが悪いわけじゃない。君はその罪を自覚している。それだけで、十分だ。」


『ど、して・・・?』
何故吉良君は、あの時のことを知っているの。
声にならない問いだったけれど、吉良君は解っているとでも言うように私の背中を擦る。
「・・・こう見えても、副隊長だからね。ただの席官が知らないことだって、知っている。」


吉良君は、全て知っているんだ・・・。
知った上で、私を抱きしめている。
返り血にまみれてきた、この私を。
私のこの両手が、どれほどの命を奪ってきたのかを知りながら。


「ねぇ、漣君。」
いつものように名前を呼ばれて、ただそれだけのことなのだけれど、さらに涙が流れ落ちる。
だが、その後の彼の言葉が私の涙をぴたりと止めたのだった。



2016.08.018
Bに続きます。


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