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■ 薄荷

朝、浮竹が目を覚ますと、既に太陽が昇っているようで。
しかし、時間を見れば、まだ早朝である。
少し早いが、起きるか。
よく眠ったせいか、目覚めは悪くない。
体の調子も良いようだ。
内心で呟きながら、浮竹は体を起こした。


ぱしゃ、ぱしゃり。
死覇装に着替えて隊舎を歩いていると、そんな音が聞こえてきた。
「水の音・・・?」
首を傾げながらそちらに足を向ければ、誰かが中庭で打ち水をしているようだった。


襷掛けをした、長い髪の女。
袴の裾は紐か何かで縛っているのだろう。
膝の上までたくし上げられていた。
気怠げな雰囲気を醸し出しながら、手にした柄杓で桶から水を掬っては、適当に撒いている。


『・・・浮竹隊長?』
やる気があるのかないのか解らない背中を見つめていると、視線を感じたのか彼女が振り返った。
「やぁ、漣。早いな。」
『隊長の方こそ、お早いですね。おはようございます。』
彼女は手を止めて俺に一礼する。


「あぁ、おはよう。・・・お前は、いつもこんなに早いのか?」
『最近はそうですね。でも、夏限定です。』
言いながら彼女は、ぱしゃ、と再び水を撒き始める。
水が太陽の光を反射して、キラキラと光った。


「夏限定?」
『はい。・・・私、夏が苦手なんですよね。暑くて。なので、夏は早起きをして、暑い昼間はあまり動かなくていいようにしているんです。』
「なるほど。昼間その辺でぐったりしているのは、そのせいか。そのくせお前の机の上には処理された書類しかないから、いつも不思議に思っていたんだが。」


『えぇ。まぁ。なので、仕事は増やさないで頂けると。』
水を撒きながら淡々と言われて、浮竹は思わず笑う。
「別に、増やそうとは思っちゃいないさ。」
『それならいいですけど。・・・こんなもんかな。まぁ、これでも気休め程度だろうけど。』


打ち水が終わったのか、彼女は柄杓と桶を片付けた。
襷掛けはそのままに、袴を結んでいた紐を解いて、適当に形を整える。
袴を結んでいたのは髪紐だったらしい。
二本の髪紐を器用に使って、長い髪があっという間に纏められた。
白い首筋が晒されて、涼しげだ。
風が吹いて、水の匂いが強く香る。
それから清涼感のあるすうすうする香りが漂ってきて、首を傾げた。


『どうしました?』
そんな俺に気付いたのか、彼女は首を傾げる。
「いや。なんだか、すうすうする香りがするものだから。」
『あぁ、たぶん、これです。』
彼女は懐から何かを取り出す。
スプレーの容器に、何か透明な液体が入っていた。


「それは?」
『薄荷油スプレーです。薄荷油を使って作りました。』
言われてみれば、確かに薄荷の匂いである。
「薄荷油スプレー?」
『はい。これを吹きかけると、とても涼しいんです。虫よけにもなりますし。』
「なるほど。暑さ対策か。」


『そうです。・・・試してみますか?』
「いいのか?俺も、暑いのは苦手でなぁ。」
『もちろん。ちょっと、失礼しますね、隊長。』
彼女はそう言って俺の髪を掬うと、その毛先にだけ数回吹き付ける。
薄荷の香りが強くなって、すぐに涼しさがやって来た。


「涼しいな。」
その涼しさに目を細めれば、彼女は少し嬉しげに笑う。
『でしょう?夜眠るときに枕や布団に吹き付けると、寝苦しさがなくなりますよ。その他、死覇装や着物などに使うと、かなり涼しくなります。』
「それはいいな。」


『よろしければ、これ、差し上げます。』
「いいのか?」
『えぇ。まだありますので。お気に召されたのでしたら、なくなるころにまた持ってきます。つけすぎると寒いので気を付けてくださいね。お風邪を召されては困りますので。』
真面目に言われて、苦笑する。


「はは。そうだな。気を付ける。・・・お前、朝餉は?」
『・・・食欲がなくて。』
気まずげに答える彼女に、小さく笑った。
「そうか。それじゃあ、少し、出ないか。冷やし茶漬けが美味い店があるんだ。食欲がなくても不思議と食べられることは、俺が保証するぞ。」
悪戯に言えば、彼女は笑みを零す。


「どうだ?これのお礼なんだが。」
貰ったスプレーを見せながら言うと、彼女は頷きを返した。
『隊長の保証があるのでしたら、私も大丈夫でしょう。』
「よし。それじゃあ、ついて来い。」
『はい。ご一緒させていただきます。』


朝から連れ立って歩く二人が纏う香りは、同じもので。
その後、それがあらぬ誤解を招いて、それをからかいにやって来た京楽の前で浮竹は顔を赤くする。
何とか誤解を解けば、その真相が噂となって広まり、瀞霊廷で薄荷油スプレーブームが巻き起こったとか。



2016.08.05
夏の朝の涼しげな二人。
あらぬ噂を聞いた浮竹さんが、咲夜さんを直視できないくらい挙動不審になったら面白いなぁ。
ちなみに薄荷油スプレーは自分で作ることが出来ます。
作り方は自分で調べてください。


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