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■ 柔らかな瞳

『やぁ、白哉。・・・もう起きあがれるのか。』
現世の少年との戦いに敗れ重傷だという知らせを受けて四番隊に来てみれば、彼はもう起き上がることが出来るほどに回復しているようだった。


「・・・咲夜。」
ゆっくりと此方を見る彼は、何処かすっきりとした様子である。
『重傷だと聞いたが、大丈夫そうだな。』
「卯ノ花隊長の処置が早かったのだ。」
『なるほどね。流石烈さんだ。』


会話にも問題はなし。
若干顔色が青白いのは血を流し過ぎたせいだろう。
彼の手を取って、脈をはかる。
規則正しいそれは、ゆっくりではあるが力強い。
手を握れば、反射的なのか握り返される。
指先の動きも正常だ。
包帯が巻かれているが、傷はほぼ治されているらしい。


彼の手をまじまじと見つめていると、ふ、と小さな笑いが聞こえて顔を上げる。
苦笑というには柔らかい笑み。
その瞳は懐かしげに眇められている。
笑われた理由に気付いて、そっと彼の手を布団の上に戻す。


「まだ、癖が抜けぬか。」
『すまない。私にはもう、その資格がなかったな。』
苦笑すれば、白哉の眉が微かに動いた。
「そんなことはなかろう。そなたの腕は、私が一番よく知っている。霊力の大半を失おうとも、その技量は衰えてはいまい。」


『だが、私はもう死神ではない。あの日、あの虚に魄垂を傷つけられた時、死神としての私は死んだ。・・・もう、初級鬼道すら、役には立たない。いずれ、私は霊力を完全に失うだろう。そうしたら、霊術院の医師も務まらなくなるだろうな。』
私の言葉に、白哉は目を伏せた。
長い睫毛が彼の目元に影を作る。


『霊力を完全に失ったら、家に戻る。上流貴族の姫らしく、適当な男に嫁いで、適当に子を産み、適当に生きるのだろう。まぁ、中途半端に霊力を持っているよりは幸せな人生だろう。少なくとも虚に狙われることはないからな。楽しんでやるさ。』


「・・・そうか。」
それだけ言って、彼は黙り込む。
いや、黙り込むというよりは、言葉を呑み込んだ、という方が正しいだろうか。
何かを言おうと言葉を選んだが、適切な言葉が思い浮かばなかったのだろう。
気を遣わせてしまったかと、内心苦笑する。


『悪いな。こんな話をしに来たのではないんだが。君には話しておこうと思っていたことだから、つい、口にしてしまった。』
「構わぬ。」
『そうか。・・・まぁ、無事でよかった。今後の隊長業務にも支障がないようだしな。』
「あぁ。」


『それで、現世の少年に負けた気分は?』
悪戯に問えば、彼は苦笑を漏らす。
「私の完敗だ。」
『ほう?君が素直に負けを認めるとは。』
「あれと私は、同じ土俵に立っていなかったのだ。あれは・・・黒崎一護は、初めから掟そのものを相手にしていた。」


『なるほどな。君が敵わぬ訳だ。・・・だが、負けっ放しでいる訳じゃないのだろう?』
私の言葉に、彼の口角が上がる。
不敵な笑みが向けられて、私の口角もまたつり上がる。
「当然だ。私を誰だと思っている。」
『流石、天下の朽木白哉だな。』
暫く視線を交わして、二人同時に小さく吹き出した。


『私の分まで、強くなってくれよ。』
「あぁ。」
『私の後悔は、君と背中を預け合うことが出来なくなったことだけだからな。君の背中を守るのは、私の役目だったから。』
その言葉が本音だと分かったのか、白哉は笑みを零す。
「私とて、その点だけは惜しい。」
『それならいい。君が惜しんでくれるのならば、その後悔を補って余りある。』
「そうか。」


忍びやかな笑いが満ちて、それから沈黙が落ちる。
暫くして、白哉が口を開いた。
「・・・咲夜。」
『うん?』
彼を見れば、真剣な瞳が向けられていて、思わず姿勢を正す。


「・・・そなたの霊力が尽きた後のことなのだが。」
『何だ?』
「朽木家に嫁ぐという選択肢を加えてはくれないだろうか。」
唐突な申し出に、目を丸くする。
『そ、れは、君の、妻にと、いうことか・・・?』
「あぁ。」


『何故・・・?だって、君には緋真が・・・。』
「・・・古い話だ。その上、今回のことで全て区切りがついた。私も前に進まねばならぬ。」
『でも・・・。』
唐突過ぎる申し出に、頭が混乱する。


「唐突なのは分かっている。すぐに答えを出す必要はない。」
『何故、私なのだ?』
混乱した頭で彼を見れば、彼はおかしげに笑った。
「私には、そなたが必要なのだ。そなたが死神を辞めてからそれに気が付いた。私の背を守ることがなくなっても、咲夜はいつも私の背を押した。それ故私は、今この場所に居る。現世の小僧には負けてしまったがな。」


言葉を紡ぐ白哉は、酷く穏やかで、嘘や冗談を言っている訳ではなく、私に本音を零してくれているようだった。
彼の瞳は、柔らかい。
・・・こんなの、聞いた話と違うじゃないか。
掟と緋真との約束の間で感情を殺していたせいか、まだ頑なな雰囲気が残っていると、聞いたのに。
だから烈さんは、私を白哉の元に送り込んだのに。
何故この男は、これ程までに穏やかなのだ・・・?


「どうした?」
私の視線に気付いてか、白哉は首を傾げる。
首元の包帯が見えて、彼が死線を潜り抜けて来たことを物語っていた。
その傷を想像して、ふるりと体が震える。
『・・・いや、怖いな、と。』
「怖い?何がだ?」


『君が死ぬかもしれなかったという事実が。・・・忘れていた。死神とは、そういう職業だったな。そんなことすら忘れているなんて。私はもう、本当に死神ではないのだ。』
死神時代、多くの命が目の前で失われていった。
その記憶すら色褪せているのだ。
死神としての私は、本当に、あの虚に貫かれた瞬間に死んだのだ・・・。
でも・・・。


『私は、無力になった。』
「だが、それだけではないのだろう?」
全てを見透かす視線に、思わず苦笑する。
『あぁ。無力になった分、多くのことを学んだ。探し求めた。回道に頼らずとも、投薬で傷を癒す術を身に付けた。死神としては無力で、もはや平和呆けしているが、私に出来ることが全くない訳ではないのだ。ありがとう、白哉。それに気付かせてくれて。ありがとう。生きていてくれて。目が覚めた気分だ。』


「そうか。・・・そうして前を向くそなたが私に力をもたらす。それに何度助けられたことか。礼を言うのは、私の方だ。」
『ふふ。そうか。』
彼の言葉が、純粋に嬉しい。
思わず頬が緩むくらいには。


『それなら私は、君のそばに居よう。正直、君の妻になるというのはよく分からない。でも、私が君を支えられるのならば、それで君が強くなれるのならば、私はいつだって君の背中を押して、誰よりも君の味方で居よう。』


「咲夜・・・。」
私の名を呼んだ白哉の手がゆっくりと私の方に伸びてくる。
触れるのを戸惑うように彷徨ったその手に自分の手を伸ばせば、指先が触れ合って彼の体温が伝わってくる。
そのまま指がするりと絡められて、そのくすぐったさに笑みが零れたのだった。



2016.08.27
一護との戦いの後の白哉さん。
頑なな雰囲気が残っていたのは、きっと様々な戸惑いがあったから。
でも咲夜さんの顔を見たら安心して、そんな戸惑いも吹き飛んでしまったのでしょう。
卯ノ花さんはそこまで見抜いて咲夜さんを送り込んだと思われます。
白哉さんの想いは、恋というよりは、愛。


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