Short
■ 外れた枷

『君が日番谷冬獅郎か。』
十番隊の第三席になって三日。
人気のない隊舎の廊下を歩いていると、突然見知らぬ女が話しかけてきた。
牽星箝を付けている上に、貴族装束を身に纏っている女が、興味深げに俺をじろじろと見つめてくる。


誰だ・・・?
そう思ってこちらもその顔を見返すが、以前会った記憶はない。
年は、雛森の少し上くらいか・・・?
思ったよりも若い顔を見上げていると、首を傾げられる。


『何だ?人の顔をじろじろと見て。』
「・・・いや、何でも。」
『そうか?まぁいい。君が噂の天才児、日番谷冬獅郎でいいか?三日前に十番隊第三席になったとか。』
「そっすけど・・・何か?」


『ふぅん?・・・噂以上だな。』
目の前の女はそういって満面の笑みを見せる。
「は・・・?」
『ふふん。いや、なんでもない。ま、よろしくな、冬獅郎。』
「はぁ・・・。」


いきなり名前を呼び捨てにされたことを怪訝に思いながらも、差し出された手を握り返す。
その手がぎゅっと握り返されて、目の前の女を見れば、酷く楽しげだった。
・・・何なんだ、こいつ。
訳が分からない上に、どこぞの貴族の姫が何故十番隊舎に居るんだよ・・・。
そんなことを内心で呟いていると、自隊の隊長が姿を見せた。


「おう、冬獅郎。・・・咲夜姫!!??」
現れた志波隊長は、目の前の女を見て目を丸くする。
『やぁ、一心。ふむ。本当に隊長をやっているのだな、君は。』
隊長を呼び捨てだと・・・?
いや、うちの隊長は他の隊長と比べれば気楽に話しかけられる相手だが。
普段がアレなせいで。
実戦においてはちゃんと隊長なんだが。


「な、何故こんな場所に!?」
『冬獅郎に会いに。』
「いや、そんな簡単にこんなところに来ちゃ駄目だろ・・・。こんな所に居ることが知れたら、漣殿に何て言われるか・・・。」
『まさか。妾の子など、兄の眼中にない。あの男は、私を政の道具としか思っていないのだから。』


「そんなことは・・・。」
『ないと言えるか?言えないだろう。だからこそ、君は私に目を掛けるのだ。君は、誰にも愛されない漣の姫が可哀想なのだろう?貴族の宴に出れば、私は針のむしろで、味方など誰一人居ないから。』
「お前なぁ・・・。お前が誰であろうと、お前はお前だ。そう卑屈になるなよ。」


漣の、姫・・・。
二人の会話から、目の前の人物の正体を知る。
漣咲夜と言えば、護廷隊でも名前が知れ渡っているほどの有名人だ。
四十六室の賢者が一、漣家の姫でありながら、隊長格の霊圧を持つ、という。
驚きながら目の前の女を見るが、霊圧は感じられない。
首を傾げていると、女はそれに気が付いたようだった。


『何だ?』
「・・・四十六室の関係者かよ。」
「こら、冬獅郎!敬語!その態度は良いから、せめて敬語を使え!」
焦ったような隊長の声が聞こえるが、聞こえないふりをして彼女の答えを待つ。
「無視かよ!?」


『そう騒ぐなよ、一心。・・・そうか。名乗っていなかったな。私は漣咲夜という。敬語である必要はないし、名など呼び捨てでいい。私の半分は君と同じ流魂街の血で出来ている。三席ともなれば、対等以上だろう。』
「あんたがそう言うなら遠慮はしない。俺は、四十六室の関係者と仲良くするつもりはねぇ。」


「ちょ、冬獅郎!」
焦る隊長とは裏腹に、目の前の女は楽しげに笑う。
『うん。そうだな。私も、四十六室は嫌いだ。我が父や異母兄も含めて。君が四十六室をよく思っていないことも知っている。だが、私は、君と仲良くするためにここに来た。君が何と言おうと、仲良くしてもらう。』


「断る。」
即答すれば、視界の端で隊長が頭を抱えたのが解った。
『生意気な奴だな。・・・では、君の大切な幼馴染に味方になってもらうからいい。』
「雛森に何かしたら、許さねぇぞ。」
自分の霊圧がぐらりと揺れて、じりじりと上がっていく。
女は苦しげな表情をしながらも、その瞳には期待のような感情が映っていた。


「・・・そういうことかよ。おい、こら、冬獅郎!抑えろ。隊長命令だ。」
志波隊長の隊長らしい声が聞こえて、仕方なく霊圧を抑える。
それと同時に、女は崩れるように座り込んだ。
霊圧に当てられて体が弛緩しているらしかった。
・・・おかしい。
こいつは、隊長格の霊圧を持っているはずなのに、何故、この程度でこんな反応をする?


「咲夜姫。確かにその霊圧制御装置を壊すには冬獅郎が適任だ。だが、今の冬獅郎じゃ、それは壊せない。あと十年二十年経てば、解らないけどよ。」
『・・・そう、か。それでは、きっと、間に合わないな・・・。いい案だと思ったのだが。冬獅郎ならば、この枷を、外せるのに・・・。』
そう言って持ち上げられた腕には、幅の広い腕輪がはめられていた。


「霊圧を、封じられているのか・・・?」
呟きを漏らせば、女は静かに頷く。
『女に力は必要ない、と。・・・恐ろしいのだろう。力を持つ私のことが。いつか、私が刃を向けるのではないかと。だから、霊圧は封じられて、私は死神になることすら出来ない。・・・家を、出ることも、叶わない。』


その言葉を聞いて、女が俺を見て想像以上だと言った意味をすべて理解する。
同類なのだ。
俺とこの女は。
勝手に枷をつけられて、四十六室にいいように扱われる。
その上彼女は、その生まれのせいで、余計に縛り付けられる。


「・・・気に入らない。」
『え・・・?』
「気に入らねぇんだよ。そういうの。虫唾が走る。」
言いながら彼女の傍に寄って、制御装置がつけられた腕を掴む。
霊圧をそこに集中させれば、冷気が漂い始めた。


『つめ、た・・・。』
霊圧によってできた氷が、パキパキと音を立てながら、彼女の腕輪を囲んでいく。
「おい、冬獅郎・・・まさか、お前・・・。」
隊長が目を丸くしているのが解った。


「壊すんすよ。壊れたら、不慮の事故ってことにしておいてくださいね、志波隊長。制御装置が外れた瞬間、こいつの霊圧が暴走して隊舎に被害があったら、修理代は四十六室に請求すればいい。ついでに、お前らのところの姫の力はもう抑えきれねぇってこともよく報告してください。」
「まじかよ・・・。」


そんな会話をしている間にも、腕輪は凍っていく。
・・・こいつの能力は、火なのか。
腕輪の様子を観察して、冬獅郎は内心で呟く。
どうやら水で封じられているらしかった。
だからこそ、俺なのだ。
水は冷やせば凍り、膨張する。
つまり・・・。


ピシ・・・。
腕輪から微かにきしむ音が聞こえてくる。
つまり、外的な衝撃を与えずとも、膨張した氷が、内側からこの装置を壊してくれる。
だが、それなりに霊圧がなければ、それは難しい。
だから俺のところに来たのだ、この女は。


「・・・そろそろ限界だな。霊圧は抑えとけよ。さっきはああ言ったが、隊舎を壊されると困る。」
『え、あ、うん・・・。』
女は信じられないと言った様子で、腕輪を見つめている。
その間にも腕輪は絶えず軋んでいるようだった。
そして。


ピシ、キシ、ギシ・・・カシャン。
腕輪全体に大きな罅が入って、静かに割れる。
それと同時に、彼女の大きな霊圧が噴出して来るのを、霊圧を上げて抑えた。
冷気と熱気が静かな攻防を広げる。
次第にそれが混ざり合って、お互いに霊圧を落ち着かせた。


「まじで、壊しやがった・・・。」
唖然とした隊長が、信じられないというように呟きを零す。
「・・・・・・天才!流石冬獅郎!いい子!!」
意識をこちらに戻した隊長は、そう言って俺を軽々と持ち上げる。
高く持ち上げられてから、ずりずりと頬ずりをされた。


「・・・頬ずりは気色悪いっす。」
「酷い!俺の愛だぞ!?」
「いらねぇ・・・。つか、降ろしてください。」
「はいはい。ご褒美として、後で甘納豆でも買ってやるからな。」
漸く降ろされてため息をついていると、くすくすと笑う声が聞こえてくる。


「何笑ってんだよ。」
『ふふ。いや、うん。ありがとう、冬獅郎。この恩はいずれ必ず返す。死神になって、十番隊に入隊してやる。』
「そうだな。せいぜい俺の下でこき使われろ。」


『あはは!うん。君が隊長になったら、考える。』
「隊長になったらかよ・・・。」
『ふふん。私がそう簡単に人の下に付くと思うなよ。』
「・・・まぁいい。じゃ、俺はもう行く。じゃあな、咲夜。」
『うん。またね、冬獅郎。』


それから一年。
家出同然で霊術院に入学した咲夜は、たった一年で卒業し、宣言通り十番隊に入隊する。
「冬獅郎は咲夜の指導係な。」
「は?」
当然のように言われた言葉に、冬獅郎は動きを止めた。


『ご指導、よろしくお願いいたします、日番谷三席。』
にこにこと楽しげな咲夜に、冬獅郎はげんなりとする。
「・・・冬獅郎でいい。敬語もやめろ。」
呆れたように言えば、楽しげな笑い声と、弾けるような笑みが向けられたのだった。



2016.07.30
何だかんだ言いながらも放っては置けなかった冬獅郎さん。
一心さんはそんな二人を見守っていくのでしょう。


[ prev / next ]
top
×
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -