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■ How match?

書類を捌くのにも飽きてきた八つ時の時間帯。
場所は隊主室。
そこに居るのは部屋の主である私と、任務に出かけている恋次の代わりに私の補佐をしている六番隊第三席漣咲夜である。
それまで静かに仕事をしていた咲夜が唐突に口を開いた。


『隊長、質問があります。』
「なんだ。」
『・・・隊長のキスの値段はいくらですか?』
「・・・は?」


仕事とは全く関係がない上に、突拍子もない質問に、一瞬思考が停止する。
それから徐々に質問を理解した。
この女は、一体何を言っている・・・?
質問の内容は理解した(理解し難い質問ではある)が、その質問の意図が解らない。


「・・・どういうことだ。」
『だから、隊長のキスの値段です。キスをすればいくらか貰えるとして、いくら貰えばキスをしますか?』
世間話でもするように問われて、頭を抱えたくなる。
「・・・。」
呆れた視線を向ければ、彼女の瞳は意外にも真剣だった。


「・・・私は、身を売ってまで施しを受けるほど、落ちぶれてはいない。」
逡巡してから、金などいらぬ、と言外に含ませながら言えば、彼女はそれもそうだと頷いた。
これでこの話は終わりだろう、といつのまにか止まっていた筆を滑らせ始める。


『・・・それでは、何を貰えば、隊長はキスをするのですか?』
まだ、続くのか。
内心で溜め息を吐いて、ちらりと彼女を見る。
私の答えを待っているのか、こちらを真っ直ぐに見つめていた。
仕方なく、真面目に考えることにする。


「・・・私ならば。」
『隊長ならば?』
「・・・好いた相手の心。口付けと引き換えにそれが貰えるのならば、私は口付けを贈るだろう。」
その答えに、彼女は小さく唇を突き出した。


『そんな答えは、狡いです。』
「そうか?」
『はい。だって、隊長のキスは隊長が想っている人にしか贈られないってことじゃないですか。・・・隊長のことを想っている人はたくさんいるのに、不公平だ。』
その言葉と共に不満げな視線が向けられる。


「なんだそれは・・・。」
彼女の様子に再び筆が止まる。
集中力も途切れたので、小さく溜め息を零して筆を置いた。
『ねぇ、隊長。他にこれをして貰えたら口付けをする、というものはありませんか?』
筆を置いた私を見て、彼女も筆を置く。


仕事が終わって暇を持て余している故のこの質問なのだろうか。
それとも何か下心が・・・?
ちらりと見た彼女は、何かを期待しているような瞳で私を見ていた。
彼女の下心が私に向けられているのならば、それに応えてやるのに。
残念ながらこの様子ではその可能性は低そうだ。
白哉は内心で溜め息を吐く。


「ないな。」
『えぇ・・・。そんなぁ・・・。瀞霊廷通信に隊長の欲しいものを掲載すれば、何でも手に入るのに・・・。』
・・・此奴、檜佐木の回し者か。
淡い期待は見事に裏切られて、でもそれが彼女らしくて、呆れてしまう。
それと同時に良いことを聞いた、とも思う。


「・・・それは、本当か?」
『え?』
「先ほどの言葉は本当かと聞いている。」
『何でも手に入るってやつですか?本当です。欲しいもの、あるんですか?』
咲夜は瞳を輝かせる。
それに頷いて、立ち上がった。


『隊長・・・?』
彼女の席へと近付けば、不思議そうな顔をされた。
「何でも、と、言ったな?」
『へ?あ、はい。』
「人の心もか。」
『それは・・・たぶん?隊長に欲しいと言われれば、ほとんどの人が差し出すかと。』


「お前もか?」
見上げてくる彼女の顔を覗きこんで、視線を合わせる。
依然、彼女は不思議そうな顔のまま。
警戒心というものが、欠けているのではないだろうか。
『私、ですか・・・?』


「あぁ。もし私が、お前が欲しいという話を瀞霊廷通信に載せたら、お前は私に心をくれるのか?そして、私の口付けを、受け入れるのか?」
『それは・・・どうでしょう?そんなことがあるとは考えられないので、解りません。どうしてそんなことを聞くのですか?』
小首を傾げられて、内心苦笑する。


「お前こそ、先ほどの質問の意図は何だ?」
『え?あれは・・・。』
じっと見つめれば、彼女は口籠って目を逸らす。
「よもや、私を編集部に売りつけようとしたのではあるまいな・・・?」
そう問うと、彼女の肩がびくりと跳ね上がる。


・・・予想通り過ぎて憐れみさえ覚える。
彼女の反応に、白哉は自分で自分に同情した。
まぁ、もともと彼女に期待はしていない。
だが、そろそろ私が彼女に向けている視線に気付いて欲しいものだ。
そう思って、彼女の顎を捕まえると、親指でその唇を撫でる。


『む!?・・・な、何を・・・!?』
慌てて私から離れた彼女は、目を丸くして、信じられないというように私を見る。
「どうした?」
その反応が面白くて、問うた声が酷く意地悪くなった。
『な、だ、って、普通、人の、唇に、触ったりしません!』


「私の唇に値段をつけようとするからだ。」
『なんですか、それ!?わ、私は、ただ、純粋な、疑問を・・・。』
「ほう?純粋な?」
『ち、違いますからね!?編集部に売ろうなんて、考えたりしていませんからね!?ちょっと、今月ピンチなのは、事実ですけど!!』


「それならば、私がお前の唇を買ってやろうか?」
そういって、彼女の唇に触れた親指で己の唇に触れる。
それを見た彼女は、目を丸くして、それから赤くなった。
『な、なに、を、して、いるのですか!!』


「言い値で買ってやるぞ?」
『!!!』
小さく口角を上げれば、彼女はからかわれていることに気付いたようだった。
『た、隊長の意地悪!か、間接、キスまで、するなんて・・・。』
恥ずかしさで涙目になる彼女に、くつくつと笑った。


「この私を売ろうなどと、百万年早い。」
そのまま席に戻って、筆を執る。
『な、何でそんなに、普通なんですか!』
「この程度で何を言っている。」
『この程度!?人の唇を奪っておいて!?』


「誤解を招く言い方をするな。唇を奪ったわけではないだろう。いいから仕事に戻れ。終わっているのならば、新しい仕事をくれてやる。それとも、もう一度同じ目に遭いたいか、咲夜?」
言いながら彼女を流し見れば、ふるふると震えだす。


『・・・た、隊長の馬鹿!セクハラで訴えてやる!!』
「仕事中に余計なことを考えていたうえに、私を売ろうとしていたお前が悪い。」
『そ、それは、そうですけど!だって、面白いネタを提供すれば、賞金が貰えるって、檜佐木副隊長が!私、今月本当にピンチなんです!』


「そういうことならば、本当に私が買ってやっても良いが?」
『な、何でそうなるのですか!?だって、さっき、相手の心が貰えるならばキスをするって・・・。』
「言ったな。相手の心が貰えるのならば口付けを贈る、と。」
『そ、それでは、わ、私の唇を買う必要がありません!そういうことは、想う相手に言ってください!!』


「ならば、尚更お前に言わねば意味がない。」
『え・・・?それは、どういう・・・?』
「さぁな。・・・仕事だ、咲夜。これを頼む。」
『へ?え、あ、はい。解りました。』
書類を差し出せば、彼女は反射的にそれを受け取る。


『こ、こんなに・・・?』
渡された書類の束を見て、彼女は泣きそうになる。
「・・・私が帰るまでに終わらなければ、先ほどを同じことをする。」
書類に目を落としたまま淡々と言えば、彼女は慌てて自分の席に戻って筆を執った。


どうやら私を意識したわけではないらしい。
思った以上に普通に仕事に戻った彼女に、白哉は内心で呟く。
まぁ、良い。
多少好き勝手しても彼女は気付かぬらしい。


彼女が私を意識するまで、存分に楽しませてもらおう。
白哉はそう思って、書類の処理に戻る。
数刻後、白哉が帰る時間になっても仕事を終わらせることの出来なかった咲夜は涙目になるのだが、白哉は宣言通り先ほどと同じことをして、真っ赤になった彼女を笑う。
それを見て拗ねはじめた咲夜に白哉はある提案をした。


「私についてくれば、夕餉を奢ってやる。」
『ほ、本当ですか!?行きます!!ついていきます!どこまでも!!』
あっという間に機嫌を直して瞳を輝かせた彼女に、思わず口元が緩む。
先は長そうだ、と思いながらも、白哉は彼女との時間を楽しむことにしたのだった。



2016.07.17
ご飯に釣られる咲夜さん。
知らないうちに白哉さんに捕まえられています。
白哉さんが咲夜さんを想っていることは周知の事実で、皆が二人を生暖かく見守っていることでしょう。


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