Short
■ 二人の場所

なんとなく、気分が落ち込んでて。
なんとなく、苦しくて。
なんとなく、寂しくて。
下を向いたら涙が滲んで、きっと今の自分は情けない顔をしているのだろうと思った。


そんな顔、誰にも見られたくはない。
私の中の小さな意地がそう思って、顔を上げることなく、一人になれる場所に移動しようと足を踏み出した。
歩く間にも涙が込み上げてきて、早足になる。
それでも間に合わなくて、溢れた涙が重力に逆らうことなく落ちていった。


あぁ、これはもう、駄目だ。
そう思うと同時に走り出す。
あの角を曲がれば、もう少し。
もしかすると、居るかもしれない。
居なくても、あそこなら、誰も来ない。
あの人以外は。


角を曲がって、小さな祠が見えてきたら、林の中に飛び込んで、獣道を駆け抜ける。
光が見えてきて、その光に向かって走り続けた。
青々しい木々の葉がトンネルのようになっていて、近くに人が居ても、きっと姿は見えないだろう。
ざぁ、と、その緑のトンネルを通り抜ければ、秘密の場所があった。


『は、はぁ、は・・・。』
息を切らせながら、足を止める。
目の前に広がるのは、青空。
その下には、瀞霊廷。
背後の林に隠されたそこは見晴らしのいい高台で、大人が三人も寝ころべば足の踏み場がなくなってしまうような、私の小さな展望台。


『・・・今日は、居ないか。』
息を整えて、適当に腰を下ろす。
『あそこに、居るのかな・・・。』
呟きながら見るのは、護廷隊。
ここに居て欲しかった、という思いと、居なくてよかった、という思いが交差する。


それでも一人になることが出来るこの場所に安堵したのか、涙が溢れてきた。
『ふ・・・う・・・。』
膝を抱えて、声を押し殺して泣いた。
自分でも何故泣いているのかはわからないが、ただ涙が溢れてくるのだった。


「またこのような場所で・・・。」
高台に訪れた白哉は、膝を抱えたまま転がって眠る咲夜に溜め息を吐く。
仕方がないと羽織を脱いで彼女に掛け、隣に座り込む。
小さく彼女が身じろいで、起きたのかと彼女の顔を覗きこんだ。
未だ深く眠っているようだが、その目尻から涙が一筋零れ落ちる。


「・・・泣いたのか。」
その涙を指で拭って、彼女の頬に手を添えた。
「そなたは、そうやって、いつも一人で泣くのだな。」
呟きはどこか寂しげな響きを帯びているが、その瞳は愛しげに彼女を見つめている。
頬に手を滑らせて、そのまま髪を梳いた。


初めて会った時も、こうして泣いていた。
こんな場所に来る物好きはは私だけだと思っていたが、ある日、彼女が泣きながら現れたのだ。
その日を思い出して、白哉は小さく笑った。


誰かが居るなど、思いもよらなかったのだろう。
彼女は涙をぽろぽろと零しながら、林の中から転がるように出て来たのだから。
そのまま涙を流す彼女は、泣き止むまで私に気付かなかった。
気付かれていないのならば帰ろうかとも思ったが、如何せん、帰り道は彼女が出て来た林の中である。
その前で彼女が泣いているせいで、気付かれずに帰ることも出来ない。


理由は解らないが泣いている相手に、声を掛けるに掛けられず、こんな場所で一人で泣いているのだから、何か理由があるのだろうと不憫に思って、そっとしておくことにした。
それから、泣き止んだ彼女は、漸く私の存在に気付いて、顔を赤くしたり青くしたりしながら、私に挨拶をしてきたのだった。


その様子に小さく笑えば、彼女は情けない顔で私を見上げて来たのだ。
困った子犬のようなその表情に、思わず手が伸びて、彼女の頭を撫でる。
そなたの場所の邪魔をしたようだ、と詫びれば、彼女は首がもげるのではないかというほど勢いよく首を振って、それを否定する。
またここに来てもよいか、と問えば、大きく頷いたのだった。
あの日から、この場所は彼女と私の場所になった。


『ん・・・。』
小さな声とともに、彼女の瞳がゆるりと開かれる。
「目が覚めたのか。」
ぼんやりとしたその瞳に声を掛ければ、その視線が私に向けられる。
『朽木、隊長・・・?』
「あぁ。」


『・・・え、朽木隊長!?』
二、三瞬きをして、彼女は飛び起きる。
隊長羽織がぱさりと彼女から落ちた。
『これ、は・・・。貸して、くださったのですか・・・。』
羽織を掴んで、彼女は恐る恐る聞いてくる。


「・・・このような場所で、一人で眠るなと言っておるだろう。」
質問には答えずに、呆れたように言えば、彼女は申し訳なさそうに俯く。
『すみません・・・。』
「いくら人が来ないからと言って、女がその辺で眠るな。ここに来たのが私だったからいいものを・・・。」
言いながら溜め息を吐けば、彼女は小さくなった。


『ごめんなさい・・・。でも、その、私は、この場所が、良いのです・・・。』
呟くような言葉に、首を傾げる。
それが解ったのか、彼女は顔を上げて、私を見た。
『ここは、一人になることが出来るし、誰かが来ると言っても、朽木隊長しか来られません。だから、私は、この場所がいいのです。』


・・・この女、自分が何を言っているのか、解っているのか。
無自覚に心を揺さぶるようなことを言われて、白哉は内心で呟く。
こんな、誰も来ない場所に男と二人でいて、そのような無自覚な言葉を言う彼女に、頭を抱えたくなった。
時間が空いた時にわざわざこんな場所に来るのは、彼女に会うためだというのに。


「・・・ならば、私のところに来ればよい。」
『え?』
「何かあったら、隊主室を貸してやると言っておるのだ。あそこならば、私以外の者は殆ど足を踏み入れない。」
『で、でも、隊主室は、隊長の、私室で・・・。』


「構わぬ。邸に帰れば腐るほど部屋がある。」
『そ、そういうことではなくて、ですね・・・。朽木隊長の、ご迷惑に、なります。』
「お前ならば、迷惑にはならぬ。この場所で一人で眠られる方が迷惑だ。」
『・・・ごめんなさい。』
私の呆れた声に、彼女はしゅんとした。


「反省しているのならば、最初から大人しく私の元へ来い。隊主室を空けることもあるが、好きに使え。・・・鍵もくれてやる。」
袖の中から鍵を一つ取り出して、彼女の手に握らせる。
『え、た、隊主室の鍵ですか!?』
「失くすなよ。合鍵は作っておらぬ。」


『えぇ!?・・・え?じゃあ、朽木隊長は、どうやって部屋の中に入る気です?』
「私は窓の鍵を持っている。」
『え、窓・・・?外側から鍵で開けられるのですか?』
「あぁ。窓の方が執務室から近いのだ。それ故、鍵をつけさせた。」
当然のように言えば、彼女は目を丸くして、それからくすくすと笑いだした。


「何を笑っている。」
『ふふ。いえ。朽木隊長が、窓から出入りをなさっておられるとは、思いもしなかったものですから。想像したら、おかしくて。・・・意外と、面倒くさがりなのですね。』
「忙しい故、時間短縮の方法を考えねば睡眠を十分にとることが出来ぬのだ。・・・笑いすぎだ。」
拗ねたように言えば、彼女はさらに笑い出す。


『ふふ・・・。すみません。でも、本当に、私などが出入りしても、よろしいのですか?』
小首を傾げて見上げてきた彼女に、手を伸ばした。
頬に手を添えれば、彼女は不思議そうな顔をする。
「構わぬ。いつでも来るがいい。」


『勤務中でも?』
「仕事が終わっているのならば、許す。」
『夜、朽木隊長がお休みになられていても?』
「構わぬ。何なら添い寝でもしてやるが。」
からかうように言えば、彼女は頬を膨らませた。


『お遊びはおやめください。』
「私は構わぬぞ?」
『もう!朽木隊長!人を幼子のように扱うのはおやめください!』
「すぐに泣くやつが何を言う。」
『そ、それは、それです!大人だって、すぐに泣くんです!!』


「・・・そうか。だが、泣くならば私の傍か、私の部屋で泣け。その辺で泣かれては、安心できない。」
真面目に言えば、彼女は大人しくなって、小さく頷く。
『・・・はい。では、お言葉に甘えさせていただいても、よろしいですか?』
「良いと言っている。私への迷惑などと、考える必要もない。」


『朽木隊長は、どうして、そんなに、良くしてくださるのですか・・・?』
「咲夜だからだ。」
『え?』
「気が向けば教えてやる。・・・そろそろ帰るぞ。その鍵、今日から使ってもよいが?」
『ほ、本当に・・・?』


「あぁ。私はもう帰るが、一緒に来るか?」
手を差し出せば、彼女の瞳が輝く。
『・・・・はい!!』
その手に彼女の手が重ねられて、それを握れば、彼女は嬉しげに笑った。


この様子で無自覚なのだから、困ったものだ。
内心で苦笑して、白哉は歩を進め始める。
だが、これで彼女が私の元に来るようになればいい。
こんな場所で、一人で泣かせるよりは、ずっといい。
想いを伝えるのはもっと先になりそうだが、白哉の心は軽くなる。


隊主室に入り、白哉の部屋にあるものを見てはあれこれと質問をしてきた咲夜は、はしゃぎすぎたのか、そのまま無防備に寝入ってしまう。
白哉はそれに頭を抱えながらも、彼女を抱えて布団の上に運んだ。
「隙がありすぎるというのも、問題だ。これでは手出しも出来まい。」
白哉は苦笑を零して、咲夜の頭を撫でる。
その手にすり寄ってきた彼女が、愛おしかった。



2016.07.07
一人になりたいときに行く場所に、心の支えがあったらいいなと思いました。
白哉さんは、何となく涙が零れる日がある、ということを理解していて、それとなく見守ってくれそうです。
後日、仕事を終えて隊主室に帰った白哉さんは、そこに居る咲夜さんを見て、思わず口元が緩んでしまうのでしょう。


[ prev / next ]
top
×
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -