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■ 足りなかったものB

伴もつけずに夜道を歩く。
眠ることが出来ず、一人で邸を出て来たのだった。
見上げた空には雲の切れ間から月が顔を覗かせて、闇を照らしだす。
その孤高さが、あの方のようで、胸が小さく痛む。


もう、一生関わることもないだろう。
二度と、朽木家の門を潜ることも叶わないだろう。
婚約はひと月前に破棄されたのだから。


今日も、お帰りは遅いのだろうか。
漣家に戻されてからも、夜になるとそれが気になってしまう。
半年という期間ではあったが、あの方の帰りを待つのは私の習慣になっていたのだ。
あの方の帰りが気になるということは、あの方がそろそろ邸に帰られる時間だということだ。


『・・・お帰りなさいませ、白哉様。』
月に向かって呟いて、当然のように返事がないことに裏切られた気分になる。
そんな自分に内心苦笑した。


私は、期待しているのだ。
あの方が私を見て、私に言葉を返してくれることを。
私を婚約者にした理由が、私を愛しているからだというものであることを。


『そんなはず、ないのに・・・。あの方は月。手を伸ばしても、届かない。どんなに求めても、手に入ることなどない。』
月に手を伸ばしながら呟く。


『酷い人。自分で近付けておきながら、触れさせることすらしないなんて。それなのに、いつの間にか私の心の中に居るなんて。本当に、酷い、人・・・。』


私の恋は、自分で気付く前に、散ってしまったのだ。
それが酷く悲しくて、瞳からあふれた涙が頬を伝うのがわかった。


月をあの方の代わりにして、想いを口にする。
それしか出来ない自分に、叶わぬ想いに、再び涙が溢れた。



2016.03.10
次が最終話です。

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