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■ 秘める恋

「浮竹様も、そろそろご結婚を考えられてはどうです?私の娘も年頃でしてね。」
「お相手が居ないのでしたら、私、立候補してもよろしいかしら?」
「あら、抜け駆けは狡くてよ。ねぇ、浮竹様?私、浮竹様とならうまくやっていける気がしますの。どうかしら?」


・・・京楽の奴、俺に投げたな。
群がる人々に気圧されながら、浮竹は内心で呟く。
ちらりと当の京楽を見れば、自分は芸者を侍らせている。
自分は一人の相手を選ぶ気などない、とでもいうように。
恨めし気な視線を送るが、気付いているのかいないのか、京楽は楽しげに酒を呑んでいるのだった。


彼奴に誘われて、のこのこと付いてきたのが間違いだった・・・。
京楽家当主の誕生日だというから、京楽の友人として、祝いに来たというのに。
どうやら京楽に妻を娶らせて、女性関係を落ち着かせようという京楽家の思惑があったらしい。


しかし、当の本人がそれに気付いたらしく、馴染みの芸者を呼び、さらには浮竹に婚約者候補たちを押し付けたのだ。
そんな京楽にはもともと期待していなかったのか、京楽の婚約者候補やその両親などが浮竹に詰め寄っているのである。


「浮竹様。もう一献、如何です?」
「いや、俺は、もう・・・。」
「遠慮なんかなさらないでくださいまし。お強いとお聞きいたしましたわ。」
「さぁさ、もう一杯。」


次々と勧められる酒に、いつもより呑むペースが速い。
これでは調子を悪くして、部下たちに心配をかけてしまう・・・。
どうにかして抜け出さなければと思うのだが、両脇を姫に固められ、抜け出せそうもない。
適当に相槌を打って、酒を呑むしかなかった。


『・・・おや、浮竹殿。何やら楽しそうでございますねぇ。』
笑いを含んだ涼やかな声が聞こえてきて、浮竹はその声の方を見やる。
そして、絶句した。
切れ長の目に、薄い唇。
涼しげな顔をした、細身の男。
一つに結ばれた黒髪が揺れる様までが涼しげだ。


「漣様!」
「漣家の当主様もお祝いに?」
「いつ見ても涼やかで、羨ましいですわ。」
「このような場所に来られるとは、珍しいですなぁ。」
現れた男は、集まってきた者たちに笑みを向けて、それからちらりと悪戯な視線を浮竹に送ってきた。


「この後お時間はおありかしら?」
「是非とも二人きりでお話ししたいわ。」
「漣様をこんなに近くで見られるなんて、今日は何と運のいい日なのでしょう。」
「私、漣様になら、連れ去られてみたいわ。」


『ふふ。私も、あなた方のような美しい姫君ならば、連れ去ってみたいものです。』
彼が甘く言えば、黄色い悲鳴が上がる。
『ですが、生憎私には予定がありまして。そちらに居られる浮竹殿との先約があるものですから。ねぇ、浮竹殿?』
楽しげな視線を向けられて、浮竹は内心冷や冷やしながらそれに頷く。


「あ、あぁ。そうだな・・・いや、ここでは、俺がお前に礼を取るべきか。」
『ふふふ。いつも通りで結構ですよ、浮竹殿。上流貴族と言えど、隊長に礼を取らせることなど出来ません。』
「そうか。それはありがたい。」
『いえ。・・・さて、姫たちとの別れは名残惜しいところですが、私どもはこれにて失礼させていただきます。』


「私たちもご一緒させていただきたいわ。」
そう言った姫に賛同の声が上がるが、彼はニコリと微笑む。
『大変申し訳ありませんが、男同士の秘密のお話にございます。姫様方には少々刺激が強いかと。姫様方のお耳に入れるお話ではございませんので、ご容赦を。では、また。』


二人で京楽邸を出て、川沿いの道を歩くことにした。
漣家の使用人が伴を申し出たが、それを断って二人きりで歩を進める。
風に揺れる柳が涼しげだ。
人気の少なくなったところで一息吐けば、隣からくすくすと笑い声が聞こえてきた。


『災難でしたね、浮竹隊長。』
悪戯に言うその姿に、頭を抱えたくなった。
「お前は、一体、何をしているんだ・・・。そんな恰好で突然出てくるなよ・・・。」
『ふふ。自分の代わりに可愛そうな浮竹隊長を助けてやれ、という当主からの命令がありまして。幸い、私は当主にそっくりなものですから。』


「確かに助かったけどな・・・。当主の妹だとばれたら、どうするつもりなんだ・・・。」
そうなのだ。
今目の前にいるのは、本物の漣家当主ではない。
本物そっくりの、当主の妹。
そして、浮竹の部下であり、内密の婚約者。
さらには、漣家当主である彼女の兄は浮竹の副官である。


『心配ご無用です。私と兄を見分けることが出来るのは、両親と浮竹隊長、京楽隊長くらいですから。あの総隊長ですら、見分けることが出来なかったではありませんか。』
笑いながら言われて、浮竹は先月の隊主会を思い出す。
副隊長も一緒に召集されたのだが、当主として急な仕事が入った兄に代わって、彼女が副官のふりをして俺の後ろに立ったのだった。


「それは、そうなんだがな・・・。俺はいつ見抜かれるかと冷や冷やしているんだぞ。」
『最終的に浮竹隊長も賛同したではありませんか。』
楽しげに言われて、浮竹は言葉に詰まる。
「・・・他の隊の副隊長が全員揃っているのに、十三番隊だけ欠けているわけにはいかないだろう。せめてお前が当主の仕事の方に行ってくれればなぁ・・・。」


『ふふ。女の私に、楼閣に行けとおっしゃるのですか?それこそ見抜かれたら困ります。あの兄はあそこに行くと一人二人と火遊びをして帰ってくるのですから。それとも、私に女を抱けとおっしゃる?将来貴方が抱くであろうこの体で?』
その言葉と共に、匂い立つような色気が彼女から醸し出される。


男の格好をしているというのに、目の前にいる彼女は女で、その瞳が妖しくて、ぞわりと何かが背中を撫でた気がした。
欲望を擡げてしまいそうな男の性が恨めしい。
それを煽るためにやっている彼女もまた、恨めしい。


「・・・やめろ、咲夜。」
それらを隠して呆れたように言えば、彼女は悪戯に笑う。
『ふふ。十四郎様ったら、手強いのね。余裕で困ってしまうわ。』
「祝言より前に手を出したら、お前の兄に何て言われるか・・・。」


『あら、兄さんは火遊び放題ですよ?一体、どれだけの姫を泣かしているのか解らないわ。京楽隊長なんか比じゃないのではないかしら。そんな人の言うことなんて、聞き流せばいいのに。』
「火遊びじゃないから困っているんだろう。」
『私だって火遊びなどではありません。それなのに、十四郎様と一緒の時間が足りないのですもの。』


頬を膨らませた彼女に、思わず苦笑する。
こちらの気持ちなど、解っていないのだろう。
好きな女にそんなことを言われて、嬉しくないわけがない。
誘われれば、触れたくもなる。
だから煽るのはやめて欲しいと、いつも思う。


「そう膨れるな。」
言いながら彼女の頬に掌を滑らせれば、彼女は気持ちよさそうに瞼を閉じる。
先ほどとは打って変わって幼子のような彼女に、内心で苦笑する。
表情も雰囲気もころころと変わる彼女は見ていて飽きない。
そんな彼女に振り回されることすら、心地よい。


「もう少し待てば、婚約が公表される。そうすれば、もっと一緒にいる時間が増えるだろう。」
『はい。・・・十四郎様。』
「ん?」
ぱちりと目を開けた彼女は、真っ直ぐに俺を見上げてくる。
『私、十四郎様が好き。だから、早めに迎えに来てくださいね。』


言うや否や、彼女は俺の頬に両手を添えて、背伸びをする。
彼女に引き寄せられるままに、その唇を受け入れた。
軽く触れるだけで離れたそれは、弧を描いていた。
そのまま抱きついてきたので、ふわりと彼女の体を受け止める。


「お前、今自分が男の格好をしていることを、忘れているだろう。」
『ふふ。十四郎様はそれを解った上で受け入れたでしょう?』
「・・・頼むから、外では程々にしてくれ。」
『十四郎様ったら、素直じゃないわ。嬉しいくせに。』


全く敵わない、と内心で呟く。
一体、余裕なのはどちらなのか。
しかし、やられっぱなしというのも納得がいかない。
そう思って、浮竹は彼女の耳元に唇を寄せる。


「咲夜。・・・愛している。」
これ以上ないくらい甘く囁けば、彼女の体がふるりと震えた。
小さな吐息を漏らした彼女は、何かに耐えるように俺の着物を握りしめた。
そんな彼女に笑って腕を緩めると、赤い顔をして恨めし気に見上げられる。


「さてと、帰るか。」
それには気付かぬふりをして、彼女の手を取り歩き出す。
『十四郎様は、狡うございます。』
恨めし気に言いながらも嬉しさを隠しきれていない彼女に、声を上げて笑った。



2016.06.20
婚約公表前の秘密の婚約者。
浮竹さんはなんだかんだ言って余裕。
振り回されているのは、咲夜さんの方だったりします。
きっと京楽さんは咲夜さんが迎えに来ることも予想していました。


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