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■ 青の君G

数日後。
咲夜は己が書いた辞表を破り捨て、六番隊第三席として死神を続けている。
各方面に迷惑をかけたことを詫び、白哉との関係が変わったことを伝えれば、皆が嬉しそうに微笑む。
ただ、一つ、気にかかることがあって、咲夜は人を探しているのである。
それらの姿を見つけて、咲夜は彼女たちに声を掛けたのだった。


『少し、いいか?』
声をかけたのは、いつも絡んできた姫たちだ。
「・・・今更何よ。」
「自慢でもしにきたの?」
「それとも仕返しにでも来たのかしら?」
つんけんとされて、思わず苦笑する。


『違う。君たちに、謝ろうと思ったんだ。・・・無自覚だったとはいえ、心無いことを言った。君たちからすれば、腸が煮えくり返る思いだっただろう。すまなかった。』
頭を下げられて、やっぱりこの人には敵わないのだと、彼女たちは内心で呟く。
本当は、白哉が彼女に向ける視線を見たときから、解っていたのだ。


「・・・別に、構わないわ。私たちも、言いすぎた部分があるもの。」
「貴方の言う通りだったのよ。他の人を蹴落とすような人を、白哉様が選ぶはずがなかったのだわ。」
「そうね。貴方を必死に探す白哉様を見せられては、諦めるしかないわ。・・・こっちこそ、悪かったわ。ごめんなさい。」


『別にいい。・・・それじゃあ、私は戻る。引き留めて悪かった。話してくれて、ありがとう。』
彼女たちはそう言い残して去っていく咲夜の背中を見つめる。
本人は自覚していないようだが、その凛とした姿は、着飾る必要がないほど、美しい。
決して目立つ容姿ではないが、内から湧き出る美しさが、酷く眩しいのだった。


「咲夜。もう帰れるか?」
隊舎に戻って数刻。
定刻の鐘が鳴ると、白哉が顔を見せた。
恐らく、仕事は終わっているのだろう。
・・・私の分まで。


『誰かさんのお蔭で、半刻前には終わっている。』
不満げに言って、暇潰しに淹れたお茶を啜った。
それも既に冷めている。
ちらりと白哉を見れば、気まずそうな瞳をしていた。


『私の仕事を減らして、その分白哉が処理しただろう。・・・私は、そういうのは、嫌だ。』
呟くように言えば、視界の端で恋次が苦笑したようだった。
「・・・そう膨れるな。二度としない。」


『・・・次があったら移隊してやる。』
疑わしい目を向けながら言えば、それとなく視線を逸らされた。
「二度としないと言っているだろう・・・。何故そんな目で見る・・・。」
『目を逸らしたくせに。・・・徐々に仕事を減らしていこうと考えただろう。』


何故見抜かれているのだ・・・。
白哉は内心で呟いて、相手が彼女では敵わないと早々に諦めることにする。
「私がお前との時間を作りたかっただけだ。お前を特別扱いしたわけではない。」
『公私混同が甚だしいですよ、朽木隊長。』


彼女に朽木隊長と呼ばれるのは、少々堪える。
解っていて私をそう呼んでいるのなら、効果覿面すぎてこちらは抗えない。
無自覚でそう呼んでいるとしても、抗えないのだが。
「漣三席の言う通りだ。反省しよう。」


『・・・二度としない?』
「時と場合による。」
『いや、そこは隊長として、やらないと即答するべきだろう・・・。』
「時と場合による。」
言い切れば、呆れた視線を向けられる。


「文句があるのならば、後で聞く。とりあえず今日は帰るぞ、咲夜。」
膨れている咲夜の腕をとって、立ち上がらせた。
『私は騙されないぞ。』
「騙してなどおらぬ。・・・いいから来い。」
そう言うと同時に咲夜を抱え上げる。


『うわ!?ちょっと、白哉!!降ろせ!』
じたばたと抜け出そうとする彼女を確りと捕まえて、扉へと向かう。
『無視か!?ぐ、この、馬鹿力め・・・!!何故、抜け出せない・・・!!』
「純粋な力の差だ。・・・恋次。私たちはこれで帰る。後は任せた。」
「はい。お疲れ様でした。」
『恋次!!何故普通に帰すのだ!私を助けろ!!』


・・・何故私は瞬歩で運ばれているのだろう。
いい加減目が回ってきた。
今居るのは地上数十メートル。
抵抗して落とされるのも嫌なので(普段なら自力で着地するのは造作もないが目が回っている今は着地できるか怪しい)、せめてこれ以上目が回らないようにと目を閉じた。


「・・・着いたぞ。目を開けろ。」
動きを止めたらしい彼の声に目を開ける。
まだクラクラとしていて、焦点が合うのに少し時間がかかった。
徐々に見えてきた青さに、溜め息が漏れる。


『紫陽花・・・。』
見事に青く色付いた紫陽花が、辺り一面に広がっている。
満開で見頃となっているそれらは、沈みかけている太陽の光を反射し、艶やかな雰囲気を醸し出す。


「・・・額紫陽花だ。お前の誕生花だろう。誕生日は少し過ぎてしまったが、花は今が見頃だな。見事な青だ。」
言いながら地面に降ろされる。
『これを、見せるために・・・?』
「あぁ。今年はお前の誕生日を祝うことが出来なかったからな。」


『・・・ありがとう。とても綺麗な青だ。』
そう言って微笑めば、白哉は満足そうな顔をした。
「それから、もう一つ。」
白哉は袖の中から箱を取り出して、その蓋を開ける。
出てきたのは、銀色の簪。
白哉が手に取るといくつもの青い玉が涼しげに揺れた。


『きれいだ・・・。』
溜め息を吐くように言った私に小さく微笑んだ白哉は、私の髪を掬い上げてその簪をさした。
「やはり、お前には青が似合う。綺麗だ、咲夜。」


その言葉とともに手を取られて指を絡められる。
こちらを見る瞳が甘くて心臓が飛び跳ねた。
絡められた指先が、じんわりと熱を帯びる。
指先から熱が広がって、その熱が私の体を支配していくようだ。


「顔が、赤い、な。」
『・・・びゃくやの、せいだ。』
私の答えに、ふ、と笑った白哉はもう一方の手を私の頬に添える。
「咲夜。」
『ん・・・?』


「伝えたい、言葉がある。」
真剣になった瞳に吸い込まれそうになる。
『うん。』
「お前の答えが、必要な言葉だ。」
『・・・うん。』


「・・・改めて、漣咲夜に婚約を申し込む。私の妻になってくれ。」
一生、聞くはずのなかった言葉。
彼の妻になるということは、朽木家当主の妻になるということ。
その重さを知りながら、彼は、私に伝えているのだ。
それでも傍にいて欲しい、と。


『・・・はい。』
頷くと同時に涙が溢れる。
「そうか。・・・礼を言うぞ、咲夜。愛している。」
溢れ出した涙が、白哉の手を濡らす。
その手に自分の手を重ねて、擦り寄った。


『白哉。ありがとう、白哉。大好きだ。ありがとう・・・。』
涙を流す私を、白哉は困ったように笑って抱きよせる。
大きな腕の中は、温かくて、優しくて。
ここが私の居場所なのだと酷く安心する。


白哉が私を求めるならば。
私は、どこへでも、彼と共に行こう。
私の居場所は、彼の隣。
愛している、白哉。
今はまだ、内心で呟くのが限界だけれど、いつか、きっと、伝えるから。
それまでは、愛を込めて彼の名を呼ぼう。
白哉、と。



2016.06.16
長かった・・・。
どこが短編なのでしょうね・・・。
咲夜さんがなかなか自覚してくれなくて書きながらハラハラしてしまいました。
徐々に咲夜さんの雰囲気が変わっているのは仕様です。
男と女という境界線に気付いて、男女の違いに苦悩し、自覚していない恋心に振り回される様子が書きたかった。


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