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■ 青の君F

雷に打たれたようだった。
目の前にいる昔から知るはずの男は、知らない男のようで。
その男は真っ直ぐに私を見ていて。
彼の瞳が、表情が、言葉が、体が、愛していると伝えてくる。
それなら、尚更、離れなければ・・・。


「逃げるな。」
駆け出そうとした体を、後ろから捕まえられる。
『離して、くれ。』
「断る。傍に居ろ。」
『駄目だ。私は、こうならないように、しなければ、ならなかったのに。・・・私では、釣り合わない。だから私は、男のように育てられたのに・・・。何度も何度も、女になるなと、言われたのに・・・。』


「もう、そんなことは誰にも言わせない。朽木家は、お前を私の正式な婚約者として認めている。お前に、女になるななどと言う者は、もう、居ないのだ。」
『嘘だ。私などが認められるはずがない。こんな、普通の私が、認められるはずが・・・。』
だって、私は、容姿も、器量も、家柄さえも、平凡なのだ。
四大貴族の朽木家が、私などを認めるはずがない・・・。


「馬鹿者。お前を育てたのは、朽木家だ。この私と同じ教育を受けたのだぞ。その上、三席にまで上り詰めた。お前が思う以上に、お前の評価は高い。お前の血の滲むような努力とひたむきさが、お前を認めさせたのだ。あの清家ですら、私とお前の婚約に喜んで頷いたのだ。もう、お前は、女であろうと何であろうと、私の傍に居ていいのだ。私の傍に居たいと、言っただろう。」


『傍に、居たいけど・・・駄目だ。』
「何故駄目なのだ・・・!!」
逃がさないというように、腕が強められる。
『だって、解らない!私は、これまでと、同じように、傍に居たいのに!!愛しているなどと言われたら、これまでと同じではなくなってしまう・・・。』


「・・・これまでと、同じでなければ、お前は、私の傍には、居てくれぬのか。」
酷く傷ついたような声音に、胸が締め付けられる。
『だって、知らない人、みたいなんだ・・・。これまでとは、違いすぎる・・・。』
「それは、私の気持ちを受け入れてはくれぬということか・・・?」


『受け入れる、とか、受け入れない、とかじゃなくて、どうすればいいのか、解らない・・・。傍に、居たいのに・・・。私たちは、違いすぎる・・・。何故こんなに違う?私が、女で、君が、男だからか・・・?』
ぽた、と涙が落ちて、白哉の袖に染みを作る。
どうか彼がそれに気付きませんように、と小さく願った。


「お前が女で、私が男だということは、どうしようもないことなのだ。自分が女であることを、受け入れてくれ。そして、私が男であることを理解してくれ。男の私が女のお前を愛していることを、理解してくれ・・・。私を見ろ、咲夜・・・。」
懇願してくる声は、酷く切なげで、少し震えていた。


・・・白哉が、泣いている。
実際に涙を流しているわけではないけれど、白哉の心が泣いている。
既にぐちゃぐちゃの感情の中で、何となくそう思った。
私は、女で、白哉は、男。
男の白哉は、私を愛していると言った。
男として見て欲しい、とも。


では、私は?
私は一体、白哉とどうなりたいのだろう。
どうしてこれ程までに白哉の傍に居たいのだろう。
何故、女らしい格好をしている自分を、白哉に見られたくなかったのだろう。
彼の体温に、言葉に、力の強さに、心が震えるのは、何故なのだろう。


愛している。
彼に言われた言葉を反芻して、彼の瞳と表情を思い出す。
知らない人のようで、怖いと思った。
逃げなければと、思った。


それは何故か。
あの時、姫に囲まれている白哉を見たとき、私は、無意識に彼女らと自分を比べた。
彼女らと比べて自分が劣るから、白哉には見られたくないと、思ったのだ。
こんな自分を白哉が選ぶはずがない、と。


白哉に女だと言われて、それが悲しくて、悔しくて、寂しくて、涙が溢れたのは、女だと認識されても、白哉は私を選ばないと思っていたからだ。
その現実を見るのが嫌で、白哉から離れようとしたのだ。


つまり、私は、白哉に、選ばれたかった・・・?
でも、女としては選ばれないだろうから、男のように振舞って、自分の気持ちに気付かぬ振りをして、白哉の傍に居ようとした・・・。
私が、白哉の傍に居たいのは、白哉のことが、好きだからなのだ・・・。


別人のようになった彼が怖いのは、そんな彼の瞳が怖いのは、私のそんな卑怯さを、見られたくはなかったからだ。
彼には私の綺麗な部分だけ見て欲しかったのだ。
白哉に、女として、見て欲しかったのだ・・・。


『・・・私、は、私たちは、関係が変わっても、傍に居て、いい、のか?』
「そう言っている。」
『関係が変わっても、これまでの私たちがなかったことには、ならない?』
「これまでも、これからも、全て合わせて、私たちなのだ。」
『・・・そうか。』


何だか力が抜ける。
私は自分の心を置き去りにして、余計なことばかり考えて、一人で逃げようとしていただけだった。
でも、白哉は、私たちの関係が変わった先を見据えていた。
私がそれに気付くまで、待っていた。
そんなに想われているのに、何より私が傍に居たいのに、離れるなんて馬鹿みたいだ。


『・・・腕を、緩めてくれないか。』
「断る。」
即答されて思わず苦笑する。
『逃げたりしないから。お願いだ。』
私の言葉に半信半疑なのか、ゆっくりと腕が緩められる。
振り向いて、白哉と向かいあった。
彼は私を真っ直ぐに見つめていたけれど、もうその瞳は怖くない。


『私は、白哉が、好きだ。』
思った以上にすんなりと言葉にすることができた。
言葉にして、それで、それが本当の気持ちなのだと気付く。
『本当は、ずっと、白哉が好きだった。ずっとずっと、好きだったんだ・・・。』


「咲夜・・・。」
白哉は泣きそうに私の名を呼ぶ。
『待たせて、ごめん。逃げて、ごめん。傷付けて、ごめん。でも、やっと解ったんだ。ありがとう、白哉。大好きだ。』
溢れた想いが言葉となり、涙となって流れ出す。


「・・・分かるのが遅いのだ、馬鹿者。」
泣きそうに、でも安心したように言って、白哉は私の涙を指で掬いあげる。
『白哉は、そんな私を、知っていたんだね。』
「あぁ。それ故、あの日、私は、お前の問いに、何の考えもなしに頷いてしまったのだ。お前が私から離れることはないと、自惚れるほどには、お前を知っているのだ。」


『私のせいで、ずいぶん、遠回りをさせた。』
「構わぬ。お前は、私を見てくれたのだから。こうして、お前を、抱きしめられるなど、夢のようだ・・・。」
白哉はため息を吐くように言いながら私を抱き寄せた。


「愛している、咲夜。もう、二度と、手放しは、しない、からな・・・。覚悟、して、おけ・・・。」
かくん、と、白哉の膝が崩れ落ちて、慌ててそれを支えようとするが、支えきれずに二人とも畳の上に崩れ落ちる。
『え?白哉?』


何事かと彼の顔を見れば、穏やかな顔で、深い呼吸が繰り返されている。
『寝た、のか・・・。本当に、碌に眠っていなかったのだな。隈が出来ている。ありがとう、白哉。』
彼の頭を膝の上に載せて、その漆黒の髪を梳く。


『・・・私も、白哉を、愛している。』
寝顔にそう呟くだけで顔が赤くなった。
白哉の言葉を思い出して、自分は何かものすごい言葉を正面切って言われたのだと今更ながらに理解する。
お互いに素面の状態で白哉に愛の言葉を伝えるのは暫く無理そうだ、と内心で呟き、彼の穏やかな眠りを見守ることにした。



2016.06.16
Gに続きます。
次が最後です。


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