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■ 青の君C

「やぁ、咲夜君。」
「咲夜じゃないか。久しぶりだなぁ。」
辞表を提出して、十日。
乱菊の元に身を寄せていた咲夜は、彼女が連れてきた二人組を見て目を丸くする。
『京楽さんに、浮竹、さん・・・。』


幼い頃からの顔見知り。
朽木家を訪ねてきた二人に、白哉と共に稽古をつけて貰ったこともある。
白哉の前で私のことを咲夜ちゃん、と呼んだ京楽さんが、後で清家に小言を言われたため、それからは私のことを咲夜君と呼ぶ。
浮竹さんは、それを見てどことなく苦い顔をしているのだが。


「アンタの話になって、それじゃ一緒に呑もうってことになったのよ。さ、行くわよ、咲夜。今日は隊長たちの奢りなんだから。」
乱菊は楽しげに私の腕を取って、部屋からひっぱり出そうとする。
『そ、外は駄目だ!外には、出られない・・・。』
抵抗するが、ぐいぐいと引っ張られてしまう。


「馬鹿ね。閉じこもってばっかりいるから、そんなに暗いのよ。お蔭であたしの部屋の雰囲気が暗くてしょうがないじゃない。人の部屋でどんよりするのやめなさいよ。鬱陶しいったらないわ。」
『わ、私を部屋に連れてきたのは、乱菊だろう!そんなに嫌なら、出て行く。離せ。』
「離さないわよ。そんな顔してるあんたを放って置くわけないでしょ。いいから来なさい!いい加減、何があったか話してもらうんだから!」


あっという間に居酒屋に連れて来られて(隊長二人は全く助けてはくれなかった)、個室へと通される。
私を逃がさないようにか、本来ならば隊長たちが座るべき上座に押し込められた。
背中と左側は壁、右側には乱菊、前を見れば京楽さんと浮竹さん。
乱菊は当然の如く、前に居る二人も私を逃がす気はないようだった。


「・・・で?何があったのよ。突然死神を辞める、だなんて。」
「朽木隊長と結婚するわけでもなさそうだしねぇ。」
「そういうことなら、俺は何も言わないんだがなぁ。」
にこやかな隊長二人組が、何かを見透かしているようで、非常に怖い。
それが嫌で、俯いた。


『・・・大した理由では、ありません。』
「その理由を聞いてんのよ。」
『それは・・・。』
私が、女だからだ。
女の私は、白哉の傍には居られない。
白哉と最後に話した日を思い出して、涙が溢れてくる。


ぽた、と膝の上の握り拳に雫が落ちた。
それを隠すようにもう一方の手で涙が落ちた手を隠す。
だが、隣の乱菊にはそれが見えていたらしい。
俯く顔を上げさせられて、その拍子にまた涙が零れ落ちた。


「な、に、泣いてんのよ・・・。」
乱菊は目を丸くして、浮竹さんと京楽さんは乱菊以上に驚いた様子だ。
『何でもない。』
「何でもない人が、突然泣くわけないじゃない・・・。」
『涙が、落ちただけだ。大したことじゃ、ないんだ・・・。』


バチン。
言い終わると同時に、乱菊に頬を叩かれた。
「そんなに泣いておきながら、大したことじゃないですって?じゃあ、何?朽木隊長があんたを必死になって探しているのも、大したことじゃないわけ?」


『わ、たしを、探して、いる・・・?』
「そうよ!あんたが突然辞表を出して、そのまま姿を消したって。恋次に話を聞いたら、あんたの辞表を見てから、ずっと探しているって。あんたの辞表を見て、顔を青くしていたって。あんたの様子が変だから、居場所は伝えていないけど、でも、ずっと探してんのよ。それでも、大したことじゃないと言えるの?」


「まぁまぁ、乱菊ちゃん。落ち着いて。」
「あまり咲夜を責めてやるな。」
二人は乱菊を宥めるように言う。
そんな二人に、やっぱりこの人たちは、ある程度私の行動の理由を読み取っているのだ、と他人事のように思う。


「でも・・・!」
「うん。泣くほど辛いのに、何も話してくれないのは、寂しいよね。」
「だがなぁ、松本。咲夜には咲夜のペースがある。それは解るな?」
「はい・・・。」
何故だか泣きそうな乱菊に、胸が痛くなった。


「ねぇ、咲夜君。君が、死神を辞めると言い出したのは、朽木隊長と関係があるね?」
確信をもって言われて、素直に頷くしかなかった。
『・・・はい。私にはもう、いや、最初から、朽木隊長の傍に居る資格がありません。』
「何故、そう思うの?」


『・・・朽木隊長は、緋真さんと結婚するとき、私を遠ざけました。寂しくはあったけれど、それでいいと思った。そうしたら、思った以上に朽木隊長は遠くて、それが悔しくて、力をつけようと思いました。私は三席になって、緋真さんは亡くなって。それから、朽木隊長はまた、私を傍に置くようになりました。でも・・・。』


「でも?」
『朽木隊長が私を遠ざけたのは、私が女だからという理由だった。女の私は、朽木隊長の傍には居られません。・・・二人の間では性別など関係なくて、境界線もなくて、兄弟のように、友人のように、近いと思っていたのは、私だけだった。でも、朽木隊長は、性別が違うことで、私との間に境界線を引いていた・・・。』


それが、酷く、悲しくて。
悔しくて、寂しくて。
自分のことを女だと認識されていたことが、裏切られたようで。
何より、彼との間に境界線があることに打ちのめされた。
同じように育ったのに、彼は遠い人であると思い知らされた。


『・・・私が朽木家で育てられたのは、私が女ではなかったからです。でも、朽木隊長が私を女だと認識しているのならば、私は彼の傍には居られない。それが、私が朽木隊長の傍に居られる条件だから。だから、死神を辞めるんです。死神でいれば、朽木隊長の部下として彼の傍に居なければならない。でも、それは、もう、出来ない・・・。私と朽木隊長は違う。違うと一緒に居られない理由は解らないけど、一緒に居てはいけない。』


話している間も涙が頬を伝って、ぽたぽたと流れ落ちる。
本当は泣く資格もないのだけれど、生憎、涙を止める方法を持ち合わせていない。
そもそもこんなに泣くことすら稀で、既に頭が痛い。
早く泣き止みたいし、泣き顔など誰にも見せたくはないのに、次から次へと涙が溢れてくるのだった。


「そうか。お前は、解らないんだな。仕方がない、と言えば、そうなんだが。」
静かに話を聞いていた浮竹さんはそういって苦笑した。
「そうだねぇ。朽木隊長と一緒に、男として育ったからね。自分が女だと言われて、戸惑っている分もあるんだろうね。性別ってのは、些細な違いのようで、大きく違う。しかも、理不尽に割り振られただけなのに、変えることは出来ない。」


「その上、幼い頃からの刷り込みがある。だから、女だからという理由で白哉から離れようとする。自分の心すらどこかに置いてきてしまっている。」
「僕らもその一端を担ったけれど、こうなることを望んだわけじゃないのにね。」
「そうだな。誰か一人が悪いということでもないしな。ただ・・・。」
「ただ?」


「俺は少々白哉の不器用さを呪いたい。」
溜め息を吐くように言った浮竹さんに、京楽さんは苦笑を漏らした。
「まぁ、ね。そして少々迂闊だよ。彼にしては気が緩んでいたのかな。もう少し、危機感を持ってもらった方がいいかもしれないね。乱菊ちゃんもそう思わない?」
「えぇ。咲夜をこの状態にしたのは、朽木隊長ですもの。責任を取って貰わないと。」


何やら不穏な気配を漂わせる三人に、咲夜は首を傾げる。
彼らの雰囲気に呑まれたのか、涙がぴたりと止まった。
「あら、泣き止んだわね。ごめんなさいね、咲夜。さっきは責めるようなことを言って。でも、あたしはあんたの味方よ。泣いてるあんたを放って置くほど、薄情じゃないわ。だからもう少し、他人に頼ることを覚えなさい。いいわね?」


『・・・善処する。』
小さく言えば、乱菊に頬を抓られた。
『痛い!』
「人が頼れって言ってんのに、何でそこは朽木隊長みたいな反応するのよ!あんたと朽木隊長は違うのよ!でも、それでいいんだから!あんたはあんたらしくしてなさい!!」


『私、らしく・・・?』
「そうよ!あんたの言う通り、朽木隊長とあんたは違う。でも、これまで一緒にいた時間は、無になんかならないわ。男だろうと女だろうと、周りに何を言われようと、咲夜が見たこと、感じたことは全部咲夜のものなんだから。」


乱菊の言葉に、少し心が軽くなる。
『うん。・・・ありがとう、乱菊。』
「解ったら、今日は呑むわよ!呑んで呑んで泣いて笑って、気分を軽くしちゃいなさい。話はそれからよ!」
乱菊の言葉に皆が頷いて、この日は夜が更けるまで呑んだのだった。



2016.06.16
またもや白哉さんが不在・・・。
Dに続きます。


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