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■ 青の君B

・・・余計なことを聞くんじゃなかった。
どうしてあんなことを聞いたのだろう。
隊主室を出て、そのまま隊舎を後にする。
途中、恋次が声をかけて来た気がするが、返事をしたかどうかも怪しい。


私は何故、白哉に距離を置くような態度を取ってしまったのだろう。
何故、白哉に女だと言われたことが、こんなに悲しいのだろう。
これ程までに、泣きたいのは何故だ。
何故白哉はあんなにも遠いのだ。


涙が滲んできて、それを隠すように俯く。
足を速めて、人気のない方へと急ぐ。
こんな私を誰にも見られたくない。
どうしてだ。
何故私は、今更あの姫たちの言葉を思い出す。
何故彼女らの言葉が胸に突き刺さる。


『・・・ふ、う、痛い、なぁ。』
呟きと同時に溢れた涙が頬を滑り落ちる。
私だけ、だったのだ。
境界線などないと、思っていたのは。
私は、白哉にすら境界線を引かれていたのだ。
近いと思っていたのは、私だけだった。


白哉様は朽木家の当主となるお方。
咲夜殿がお傍にあるためには、女を見せてはなりませぬ。
散々言われた、そんな言葉を思い出す。
白哉に女だと思われているのならば、私はもう、傍にはいられない。
いや、本当は、もっと前から、傍に居てはいけなかった。


私では、釣り合わないのだ。
何もかも。
婚約者どころか、友人としてさえ、白哉には釣り合わないのだ。
きっと、最初から、そうだったのだ。
今更、そんなことに気がつくなんて。


・・・死神を辞めよう。
唐突にそう思った。
三席という地位も、もう必要ない。
彼の傍に居るために手に入れた地位だ。
彼から離れるなら、捨てなければ。
全部捨てて、誰も私を知らない場所に行こう。
私はもう、白哉の傍には居られないのだ。


『白哉。もう、お前をそう呼ぶこともないだろう。悲しい、ことだが、私と、お前の間には、酷く、距離がある。女の私は、お前の傍には居られない。』
言葉にすると、それを実感して、さらに涙が溢れる。
只々悲しくて、寂しくて、どうしようもなかった。


「・・・え?冗談、ですよね、これ。」
数日後、部屋の荷物の移動が終わったため、恋次に辞表を出した。
白哉は任務に出ていて、丁度いいと思った。
『冗談なんかじゃない。私は、死神を、辞める。』
はっきりと言った私に、恋次は目を丸くする。


「どう、して、ですか?あ、もしかして、隊長と一緒になるんすか?」
期待を込めた問いに、首を横に振る。
『違う。そもそも、この婚約は、振りだ。私は婚約者の振りをしていただけだ。お互いに、見合いを避けるための、偽りの婚約だったんだ。朽木隊長が、私などを選ぶわけがないだろう。』


「そんなこと、ないはずです。あの隊長が、見合い避けのためだけに、咲夜さんを婚約者にするはずが・・・。」
『その朽木隊長が話を持ちかけて来たんだ。あれにその気はないよ。でも、私と朽木隊長は、違う。もう、潮時だ。これ以上一緒にはいられない。私は朽木隊長の邪魔にしかならない。元々、あれに私は不要だったんだ。だから、私は、死神を辞めるよ、恋次。』
「そんな・・・。」


『辞表は恋次から渡してくれ。私の仕事は誰が引き継いでも大丈夫なように全てまとめてある。明日からは、有給を消化するためにここへは来ない。此処に来るのは、最後の日だけだ。・・・突然で悪いな、恋次。』
苦笑すれば、恋次は、奥歯を噛み締めたようだった。


「隊長には、伝えてないってことすか・・・?」
『うん。』
「本当に、辞める気なんすか?」
『辞める。』
きっぱりと言われて、恋次は泣きそうになる。


「辞めて、どうするんすか?」
『誰も私を知らない場所に行く。』
「どうして、隊長と違うからって、死神を辞めてまで離れなければならないんすか?」
『・・・解らない、からだ。でも私が朽木隊長の傍に居るのが駄目なのは解る。だから、離れる。・・・暫く一人になろうと思う。』


その翌日。
「これは、何だ・・・。」
咲夜の辞表を見た白哉は、力なくそれを机の上に置いた。
「昨日、突然渡されて・・・。」
恋次は、顔を青くした己の隊長に、この人には咲夜さんが必要なのだ、と思う。
これほど必要とされているのに、何故、咲夜さんは・・・。


「咲夜は、どこに居る?」
地を這うような声に、ぞくりとした。
「・・・分かりません。朝、咲夜さんの部屋に行ってみましたが、もぬけの殻でした。」
「何故昨日のうちに知らせなかった!!」
声を荒げた隊長に、いつもの冷静さはない。


「俺だって、信じられなかったんです。あの咲夜さんが死神を辞めるなんて、信じたくないんです。・・・隊長、咲夜さんと何かあったんですか?咲夜さんは、自分と隊長は違うから傍には居られないって。だから、辞めると、言っていました。」
静かに言えば、隊長は苦しげな表情をした。


「・・・あれが、私の傍に居るには、条件があったのだ。それ故、あれは、私と同じように、男として育った。」
白哉は言いながら、数日前の自分の愚かさに気付く。
あの時、私は、女だからなのか、という彼女の問いを否定すべきだったのだ。
それが真実であったとしても。


私の、傲慢だ。
彼女が傍に居ることは当たり前で、それが心地よくて。
幼いころから、二人の間に間違いのないように、と、育てられていたことを知っていたのに。
時が経つにつれて、私に文句を言おうと追いかけてきた彼女を見て、何があっても彼女が私から離れることなどないと、思ってしまった・・・。
あの条件を勝手にないものにしてしまった。


「あれにこんなものを書かせたのは、私だ・・・。」
呟いた声は、酷く掠れていた。
探しに行かなければ。
探し出して、彼女に、伝えなければ。
いつからか抱えていた、私の、本当の、心を。


ふらり、と立ち上がって、そのまま扉を開ける。
「探しに行くんすか?」
「あぁ。・・・任せてもいいか、恋次。」
「はい。その代わり、絶対に咲夜さんを見つけてきてください。」
「・・・あぁ。」
扉の向こうに消えていく背中を、恋次は静かに見送ったのだった。



2016.06.16
Cに続きます。


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