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■ 大きな手

『は、はぁ、は・・・。』
酷い目に遭った・・・。
咲夜は息を切らせながら内心で呟く。
死神になって数年。
席次を頂いて、半年。
己の出身地である西流魂街二十七地区に久しぶりに向かってみれば、己と共に育った友人はそこには一人もいなかった。
二、三人は他の場所へ引っ越したらしいが、他の友人たちは生死すらもわからない。


そして何より、咲夜の心に衝撃を与えたのは、死神だと知った瞬間に皆の表情が強張ったこと。
恨めしい視線を向ける者や、死神なんかと話すことはないとばかりに席を立つ者。
昔、子どもだけで住んでいた咲夜たちに良くしてくれたおばさんまでもが彼女から目を逸らしたのである。
そして、追い出されるように出て来たのであった。


その途中、死神に恨みがあると思われる者たちに襲われそうにもなったために必死で逃げてきたのだ。
一体、私が何をしたというのか。
そもそも何故あのように死神が嫌われているのか。
何か理由があるはずだと途中の茶屋で死神ということを隠してそれとなく尋ねれば、虚が出現した際に死神の到着が遅れ数人が命を落とした、ということだった。


でも、到着した死神が他の者たちを救ったのも事実のはず。
そう思う反面、流魂街の皆の気持ちも良く分かる。
私自身、死神になる前はそう思っていた。
目の前で虚に襲われた者を助けることが出来なかった時、その者が死ぬ前に来てくれなかった死神を恨んだ。
当然、死神となった今では、死神たちがどれほど必死に虚討伐にあたっても手が回らないことを重々承知している。


『・・・それでも、悲しいなぁ。』
あの場所は最近虚が多く出現するらしい。
それを聞いて、久しぶりに訪ねてみようと思ったのだ。
数少ない非番を使って、手土産も揃えて、死神として頑張っているのだと、それは、この場所が私を育ててくれたからだと、そう、伝えたかったのに。


「・・・漣?」
やるせない気持ちになりながら俯いて歩いていると己の名を呼ばれた気がして顔を上げる。
この声は・・・。
でも確か、今日はあの方も非番だったはず。
それなのに、何故あの方が流魂街に居るのだろうか?
疑問に思いつつ辺りを見回す。


「こちらだ。」
声が近くなって、そちらを向けば私服姿の朽木隊長がいた。
髪飾りも外されているので、私的な外出のようだ。
『朽木、隊長・・・。』
そんな己の隊長の姿を見たら、何故だか涙が溢れてきた。


「漣?」
突然泣き出した私に、隊長は目を丸くする。
「・・・どうしたのだ。」
『いえ。大したことでは・・・。申し訳、ありません、朽木隊長。ほっとした、というか、気が緩んだ、というか。それだけですので。』


ぽろぽろと落ちる涙に、これは暫く止まらないな、と、どこか冷静に思う。
これでは隊長に迷惑だ。
そう思って何とか涙を堪えようとするのだが、堪えようとするほど涙が溢れてくるのだった。


「・・・はぁ。」
涙を止めようとしていると、盛大なため息が落ちてきた。
やっぱり、隊長に迷惑をかけている・・・。
『も、もうしわけ、ありません・・・。』
「何を謝っているのだ。・・・来い。」
言うが早いか隊長に腕を掴まれてそのまま引っ張られる。


『た、たいちょう・・・?』
驚いて隊長を見るも、隊長は答える気はないようだった。
歩き始めた隊長に引かれるままに足を踏み出せば、隊長は足を速める。
身長と歩幅の差から、半ば走りながら隊長についていく。
隊長の行動は謎だが、掴まれた腕に伝わる体温にまた涙が止まらなくなる。


暫く歩いてから隊長は漸く足を止めた。
それから私の腕を離して、私に向き直る。
隊長の瞳が私を見て、その綺麗な眉が小さく寄せられた。
これは、隊長が何か不満に思っている時の顔である。
席官になってから気がついた隊長の癖だ。


「・・・何があった。何故泣く。」
表情だけでなく声まで不満げだ。
『す、すみません。すぐに、止めますので・・・。』
涙を袖で拭おうとすると、腕を掴まれてそれを止められる。
『たいちょう?』


「泣きたいのならば泣け。泣くなとは言っておらぬだろう。」
淡々とした声ではあるが、その瞳はどこか優しい気がした。
話を聞いてやる、と言われているようで、泣いてもいいと言われたせいか、さらに涙が零れる。


『たいちょう、を見たら、涙が出て・・・。隊長が、普通だから・・・。』
「どういうことだ?」
『さっき、私、故郷に行って来たんです。でも、皆、死神の私を、受け入れてはくれませんでした・・・。』
先ほどの出来事をゆっくりと話し出せば、隊長はちゃんと耳を傾けてくれた。
時折聞こえる素っ気ない相槌と未だ掴まれたままの腕から伝わる体温に安心する。


「・・・そうか。」
すべてを話し終えると、隊長は静かに頷いた。
『すみません。こんなことで泣くなんて、情けないですね・・・。』
「そんな事はない。大変だったな、漣。」
言いながら、ぽん、と頭を撫でられて、話しているうちに落ち着いてきていた涙がまた流れ出す。


「よく泣く。」
ふ、と目が細められて、流れる涙を指先で掬われた。
『た、隊長の、せいです・・・。隊長が、優しい、から。いつもの、厳しい隊長は、どこにいってしまったのですか・・・?それとも、死覇装を着ていないと、隊長は、いつもこんなに優しいのですか・・・?』


「何を言っているのだ・・・。」
呆れたように言いながらも、隊長の手は優しい。
『だって、隊長、いつもと違う・・・。』
「そうか?・・・まぁ、そうだな。」
隊長は、私の言葉に首を傾げて、それから肯定を返した。
『やっぱり・・・。それに、何だか、ご機嫌です・・・。』


「・・・理由に心当たりがなくもないが。」
『なんですか?』
「お前が、泣きながらも、死神のことも、流魂街の民のことも、悪く言うことがないからだ。自分が傷付けられているというのに、それでも死神としての使命を全うしようと、何とか前を向こうとしているからだ。そんなお前を、隊長として誇りに思う。」
『隊長・・・。』


「それから・・・もう一つ理由がある。」
『もう一つ?』
「あぁ。・・・お前が私を優しいというからだ。」
穏やかに言われて、首を傾げる。
そんな私に、隊長は小さく微笑んだ。


「お前が私に涙を見せて、私を優しいと言ってくれることは、嬉しいものだ。」
柔らかな瞳で見つめられて、するりと頬を撫でられる。
刀を握るその掌は少し硬いけれど、大きくて、温かい。
『ど、いう、こと、ですか・・・?』


「さぁな。お前が私を見たら、教えてやる。・・・涙は止まったようだな。そろそろ帰るぞ、漣。送ろう。」
手を握られて、そのまま引かれる。
『た、隊長!?て、手!!』
「俯いていろ。泣いたことに気付かれるぞ。」


そういえば、私、きっと酷い顔をしている・・・。
それを気遣ってくれるなんて、やっぱり隊長は優しい。
私が俯いて歩いても危なくないように手を繋いでくれているのだ。
『ありがとうございます、朽木隊長。』
小さく呟けば、返事をするように握られた手に力が入れられたのが分かる。


大きな手。
多くを護り、多くを助け、多くをすくい上げる。
優しくて、力強くて、温かい。
そんな隊長の手から力が流れ込んでくるような気がして、また明日から頑張ろうと思った。


強くなろう。
この方のために。
多くを守れるように。
優しくなろう。
優しさを与えられるように。
温かさを与えられるように。


でも今は、もう少しだけ、この手に甘えて、涙を隠そう。
また明日から、前を向けるように。
それで、明日は、隊長に笑顔を見せよう。
感謝の気持ちを込めて。



2016.06.02
白哉さんは、非番の咲夜さんが流魂街に向かったことを聞きつけて、会えたらいいな、という感じで流魂街まで出て来たのだと思われます。
心配半分と下心半分で。
白哉さんの気持ちに気が付いていないのは咲夜さんだけで、少なくとも六番隊の皆は知っていそう。


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