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■ 聖人君子に非ず 後編

「浮竹隊長!こんな所にいらしたのですね。漣さんについて、少々ご相談があるのですが・・・。」
涙を流す漣を撫でていると、件の彼女とやらが顔を見せた。
彼女は俺たちの姿を見て目を丸くする。
徐々にその瞳に怒りが宿って、キッと漣を睨みつけた。


「人の彼氏に手を出しておきながら、隊長に泣きつくなんていい度胸じゃない。」
『ち、ちが・・・。』
「何が違うっていうの?また言い寄ってきたのは彼の方だっていうの?そんなはずないじゃない!彼は、そんな人じゃなかった!!彼は、貴女に騙されて、死んだのよ!それなのに、死んだ人は用済みとばかりに他の男に乗り換えるなんてどういう神経しているの?その上、新しい相手が浮竹隊長だなんて・・・。」


『ちが、そんなつもりは・・・。』
漣は震えながら否定する。
しかし、相手は聞く耳を持たないようだった。
「浮竹隊長!こんな女に騙されないでください!この女は、見境なく男を食い漁る女です!」


半狂乱の状態でそう叫ぶ彼女は、正常な思考を失っているようだった。
その後も漣に罵詈雑言を浴びせかけるので、それとなく漣を抱き寄せてその震える背中を落ち着かせるように撫でる。
縋り付くように俺の羽織を握りしめる彼女に、彼女はそれ程の恐怖をこれまで一人で抱えてきたのだ、と思う。


それからあることを思いついて、漣の耳元で囁いた。
「・・・俺が何を言っても騒ぐなよ、漣。」
『え・・・?』
腕の中で首を傾げた気配がしたが、構わずに冷静さを欠いている相手を見る。
騒ぎを聞きつけたのか、隊士たちが集まり始めていた。


「・・・漣は、そんな奴じゃない。」
静かに言えば、鋭い視線を向けられる。
「そんなことはありません!その女は、これまで何人もの男を誑しこんで、その癖彼らの告白は断って、彼らの思いを踏み躙ったんです!」


「それは違うだろう。漣は、ちゃんと誠心誠意彼らの思いを受け止めた上で告白を断ったんだ。それに、お前は漣が彼らを騙したとか誑しこんだとか言うが、そんなはずはない。」
「浮竹隊長は、その女の味方をするというのですか!!」


「当たり前だろう。「咲夜」と俺は恋仲なのだから。」
当然のように言えば、騒ぎ立てていた彼女は唖然としたようだった。
集まっている隊士たちも目を丸くしている。
一番驚いているのは腕の中の漣で、叫びそうになったので胸板に顔を押し付けた。


「そ、れは、どういう・・・?」
唖然としながら呟かれた言葉に微笑みを零す。
「そのままの意味だ。」
「え・・・?だって、え・・・?いつから・・・?」
「お前の彼氏が咲夜に言い寄り始める前には付き合ってたな。」


「それじゃあ、一年以上前から・・・?」
なるほど。
漣が言い寄られ始めたのは一年前なのか。
「もうそんなに経つか。・・・まぁ、そういう訳だから、咲夜が告白を断るのは当たり前だ。それでもお前の彼氏は咲夜に言い寄って、許可なく咲夜を抱きしめたりしたようだが。」


「嘘・・・。そんな、じゃあ・・・。」
彼女は信じられないといった様子で床にへたり込む。
「殉職した自分の部下のことを悪くは言いたくないが、咲夜を泣かせたことだけは看過出来ないな。咲夜は、俺の大切な人なのだから。」
そう言い切れば、沈黙が降りた。


「あれぇ?みんな集まってどうしたの?・・・浮竹?」
突然現れた京楽は、妙な雰囲気に首を傾げる。
「京楽か。」
「なぁに、咲夜ちゃんのこと抱きしめちゃったりしてさぁ。狡くない?」
茶化すように言いながらも、京楽はこちらを伺うように見つめてくる。
適当に話を合わせろと目線で訴えれば、頷きが返ってきた。


「京楽は俺と咲夜が恋仲だと知っているだろう?」
そういうことか、と、京楽は状況を把握したようだった。
「うん。咲夜ちゃんがあんまり目立つのは嫌だからって隠していたけれど。」
こういうことだよね、と確認するように見つめられたので小さく頷けば、京楽は楽しげに笑う。


「なんだ。隠すのやめたの?」
「まぁな。」
「ふぅん?ま、僕はどっちでもいいと思うけどね。それよりさ、美味しい甘味処見つけたから、食べに行こうよ。咲夜ちゃんも一緒にさ。」


「それはいいな。今日はもう仕事はない。今から行くか。・・・咲夜も行くだろう?」
腕を緩めて問えば、恨めしげに見上げられる。
『・・・ご一緒してもよろしいのなら。』
「よし。じゃあ決まりだね。行こうか。」
笑いながら京楽の言葉に頷いて、未だ唖然としている隊士たちを残して三人で逃げ出したのだった。


「・・・なるほどね。そんな経緯だったのか。全く、浮竹も無茶をするねぇ。」
京楽おすすめの甘味処に入って、浮竹が説明を終えれば、京楽は呆れた口調で、でもその瞳は楽しげに言う。
「そうか?まぁこれで漣に手を出そうとしてくる奴はそうそう居ないだろう。」
「確かにそれはそうだけど。ま、お似合いだよ、お二人さん。」


『・・・私の不幸を楽しんでおられます?助けて頂いたことについては感謝致しますが。』
楽しげに会話をする二人に、咲夜はじとりとした目線を向ける。
「まぁね。僕としては、今のこの状況、面白すぎるから。」
「おい京楽。楽しむな。」
浮竹に睨まれて、京楽は苦笑した。


もしかして、浮竹ってば無自覚・・・?
それはそれで面白さが倍増するなぁ。
「まぁいいじゃないの。皆浮竹の嘘を信じたみたいだし。今頃噂が広がっているだろうねぇ。大変だね、咲夜ちゃん。」
『他人事ですね・・・。私は明日からどんな顔をして隊舎を歩けば・・・。』


「普通にしていればいいさ。」
「そうだよ。噂なんて飽きたら忘れちゃうものなんだから。ま、噂が流れているうちは浮竹と付き合っている振りをしなきゃならないけどね。」
『・・・そうですね。』


「しかしまぁ、浮竹ってば信用されてるよねぇ。誰も疑ってなかったじゃない。」
「ははは。皆信じてくれたようで何よりだ。」
「相手が浮竹なら咲夜ちゃんが告白を悉く断るのも仕方がないって感じだったし。皆、あの浮竹が堂々と嘘を吐くなんて考えられないんだろうね。」


「俺は聖人君子なんかじゃないのにな。」
「本当だよねぇ。ま、お互い様だけど。」
「違いない。」
笑う二人に咲夜は思う。
隊長という人種は、信じてはいけないのかも知れない・・・。
そう思いつつも、彼らに助けられたことは事実で、その手法は鮮やかで。
やはり隊長とは凄いのだ、と改めて感じるのだった。



2016.05.30
終わりが迷子になりました。
本当はもっと違う話を想像していたのですが、書いているうちに何だか全く違う話に・・・。
後でそちらの話を別に書こうと思います。


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