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■ 聖人君子に非ず 前編

『十三番隊、漣咲夜です。先日の虚討伐についての報告書の提出に参りました。』
珍しい奴が来たものだ。
内心で呟いて、入室するよう返事を返す。
失礼致します、という声がして、日差しを遮っていた御簾がさらりと揺れる。
隙間から差し込んできた光の眩しさに目を眇めていると、するりと彼女が入ってきた。


「珍しいな、漣。」
そう声を掛ければ、彼女は淡々とした瞳で俺を見る。
『私は一隊士ですので、隊長のお顔を拝見する機会は少ないのが当たり前かと思います。』
淡々と正論を言われて、思わず苦笑した。
そんな俺に構うことなく、彼女は報告書を差し出してくる。


『こちらが報告書になります。』
「あぁ、ご苦労様。・・・負傷者三名に・・・殉職者一名。そうか。持たなかったか・・・。」
『はい。先ほど、四番隊から連絡が入りました。面会は今日中に、とのことです。』


「・・・そうか。ならばこれから行こう。お前は行ったのか?」
彼女を見ればいつもの淡々とした表情である。
『いえ。行きません。』
きっぱりと言われて首を傾げる。
「どうしてだ?」


『・・・私は、行かないほうがいいでしょう。』
「え・・・?」
『では、私はこれで。失礼致しました。』
彼女はこれ以上答える気はないとばかりにそう言って出ていってしまう。
ちらりと見えた彼女の瞳は、何かを諦めたような、少し虚ろな瞳だった。


「この間殉職した隊士って、亡くなる前日に漣さんにこっ酷く振られたんだって。」
「そうなの?あの人、割と人気高かったよね。あの人を想って泣いてた人も多かったし。まぁ、漣さんもモテるけど。」
「そうそう。あたし、漣さんがあの人に告白されてるの見かけたことあるよ。」
「私、抱きしめられてるとこ、見たことある。でもさぁ、あの人、彼女持ちだよねぇ?」


「でも1ヶ月前くらいに別れたって話だよ。」
「そうなの?でもあの人の彼女さん、ずっと四番隊に通ってあの人の看病してたよね?」
「してた。私、さっき行ってきたんだけど、彼女さん、ずっと側に居るみたい。それで・・・漣さんのせいで彼は死んだんだ、って。恨めしげに言ってた。彼女さんの味方になるとか言う人まで出てきてさぁ。」
「何それ。めんどくさっ!いざこざは勘弁なんですけど。」
「本当だよねぇ。」


隊舎を歩いているとそんな会話が聞こえてきた。
その会話に、浮竹は彼女のあの瞳の理由を何となく理解する。
前日振った相手に殉職されては苦々しくもあろう。
彼女らの会話の内容を聞く限り漣に非はないように思えるが、そうは思わない者が居るのも確かだろう。


ぎぃ、と床板の軋む音が背後から聞こえる。
霊圧に覚えがあって振り向けば、どこか苦しそうで、泣きそうな漣の姿がある。
目が合うと、彼女はすぐに目を逸らして俺に一礼する。
それからすぐに踵を返して音を立てることなく去っていく。
背を向ける際、その瞳から光るものが零れた気がして、反射的にその背を追いかけたのだった。


「・・・漣。」
空き部屋に逃げこんだ彼女に声をかければ、彼女の肩がびくりと震えた。
反射的に追いかけてしまったために言葉の用意が出来ていなくて、沈黙が降りる。


「・・・あんな話をされては、怖くて行けないよな。」
俺の呟きが意外だったのか、彼女は驚いたようにこちらを振り向く。
『隊長、は、私を、責めない、のですか・・・?』
「片方の話だけ聞いて、もう一方が悪いと決めつけるのは馬鹿のやることだ。俺はまだ、お前の話を聞いていない。・・・聞かせてくれるか?」


『・・・さっきの、話は本当、です。でも、私は、あの人のこと、何とも思っていなくて。あの人には彼女が居たので、告白も、すべて断りました。そしたら、ある時、これで最後にするからと、抱きしめさせて欲しいって。それも断りました。だけど、あの人は、勝手に、私を、抱きしめて・・・。その後もずっと言い寄られて・・・。』
彼女は小さく震えているようだった。


『あの日、あの人が任務で怪我をする前日も、そうでした。あの日、私は、決めていました。今日で最後にしてもらう、と。だから、言葉がいつもよりきつくなったのは本当なんです。それに・・・あの人の彼女は、それに気が付いていました。それで、あなたが彼に色目を使ったんでしょ、って。私が何を言っても、信じてはくれなくて。』


「そうか。だからお前は行かないと言ったのか。」
『はい・・・。行かないことで、余計に悪く言われることは、解っているのですが・・・。でも、私、怖くて。私の言葉なんか、誰も信じてはくれないから・・・。』
泣きそうに言った彼女に、思わず苦笑する。


「馬鹿な奴だな。・・・俺は信じるぞ。お前のさっきの言葉。」
『え・・・?どうして・・・?』
「だって、お前は嘘なんか吐いていない。お前のことを悪く言う奴がいるようだが、俺相手に嘘を吐けるほど、お前は器用じゃない。・・・お前が俺のところに中々来ないのはそういうことだろう、漣?」


『・・・ど、して、隊長、は、そんなにお見通し、なんですか?わたしは、ただの隊士、なのに。』
彼女はそう言って泣き始める。
「ただの隊士なんかじゃない。お前は、十三番隊の隊士だ。俺の大切な部下だぞ?その部下が、最近中々顔を見せない上に、理由を聞こうとすれば逃げられる。何かあったと考えるのが自然だろう。・・・辛かったなぁ、漣。」
頭を撫でてやれば、彼女はさらに泣き出したのだった。



2016.05.30
後編に続きます。

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