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■ 愛し君

あぁ、今日も残業になりそうだ。
任務に手こずる隊士たちの応援要請を受けて彼らの元へ足を向ければ、そこには大量の虚。
技術開発局の調査ではこの地は虚が少ないという話だっただろう、と内心で毒吐きながら刃を振るい、任務を終える。
後処理は隊士たちに任せて、足早に隊舎に戻れば、お客様が来てます、と恋次に応接室へと押し込まれる。
訳も分からず言われるままに応接室に入ると、居るはずのない人物が茶を啜っていた。


『あ!白哉様!お帰りなさいませ。今日もご無事で何よりでございます。』
私に気付いた彼女は安心したように、にっこりとほほ笑む。
彼女は3か月ほど前に祝言を上げたばかりの、愛しい新妻である。
「・・・何をしている、咲夜。」
『白哉様に会いに来ました。』
当然のように言われるが、その言葉の意味の理解が追いつかない。


「何故・・・。」
『ここ1週間ほど、毎日毎日遅くまでお仕事をなさって、碌に邸にも帰って来ない夫を心配してここまでやって来たのです。板長に教わって、拙いながらもお弁当を作ってまいりました。それから、お着替えも。今日もお帰りは遅いのでしょう?』
寂しげに言われて、先ほどの言葉の意味を理解する。


ここ1週間、妻と話をすることはおろか、顔を見ることすらしていない。
当然ながら、触れ合うこともできていない。
そもそも祝言を挙げてからこちら、二人でゆっくりしたことなどあっただろうか・・・。
邸で私を待ち侘びる彼女の姿が浮かんできて、思わずため息が出る。
互いに想い合って妻にしたというのに、これでは愛想を尽かされても文句は言えまい。


『あの、白哉様?ご迷惑、でしたか・・・?』
不安そうに聞いてくる彼女に首を横に振って、彼女の隣に腰を下ろす。
その腕を取って引き寄せれば、彼女はぽすりと私の腕の中に収まった。
このように彼女の温もりを感じるのは久しぶりだ。
彼女の髪に鼻先を埋めれば、石鹸の香りに混ざって、彼女自身が持つ甘い香りがする。


「・・・すまぬ、咲夜。」
呟くように言えば、背中に彼女の手が回された。
『いいえ。白哉様はお仕事がお忙しいのですから、仕方ありません。今、このようにして頂けるだけで、私は幸せにございます。』
そういって擦り寄ってくる彼女が健気で、己の情けなさが身に染みる。


「咲夜。」
名を呼びながら彼女の頬に手を滑らせて、顔を上げさせる。
『なんですか、白哉様?』
掌に擦り寄りながら小首を傾げる彼女に笑みが零れた。
「・・・愛している。」
『ふふ。私も愛しております、白哉様。』


ふんわりと微笑む彼女の額に、己の額をくっつけて目線を合わせる。
『どうされましたか、白哉様?』
くすくすと笑いながら問われて、こちらもおかしくなった。
「明日は、早く帰る。」
そう言えば、彼女の瞳が輝いた。


『はい!』
嬉しげに返事をした彼女の唇に自分のそれを落として、彼女を解放する。
『な、白哉様!?』
顔を赤くして焦ったような彼女にまた笑みが零れた。
「今日はそれだけにしておいてやる。」


『き、今日は、って・・・。』
私の言葉の意味を理解したのだろう。
彼女は耳まで赤くなる。
『も、もう!白哉様!お戯れは程々になさいませ!ここは白哉様の仕事場でしょう!』
叱るように言われるが、彼女の赤い顔のせいで迫力は皆無だ。


「その仕事場に押しかけてきたのは咲夜であろう。」
からかうように言えば、彼女は口をパクパクとさせた。
『・・・わ、私は、白哉様に、お弁当とお着替えを、届けに来ただけです・・・。』
言い訳をするように言われて、思わず笑う。


『もう!白哉様!笑わないでください!』
「済まぬ。」
『目が笑っています!もう白哉様にお弁当はあげません!』
彼女はそういって拗ねたようにそっぽを向いた。


「そう拗ねるな。・・・寂しい思いをさせて悪かった。会いに来てくれたこと、嬉しく思う。」
『・・・本当にそう思っておいでですか?』
じとりと見つめられて笑いそうになるが、これ以上へそを曲げられては敵わぬのでそれを押さえる。
「あぁ。」


『・・・じゃあ、さっきの、もう一回。そうしたら、お弁当を食べさせてあげます。』
目を逸らしながら恥ずかしそうに言われて、その可愛さに眩暈がするほどだ。
「何度でもくれてやる。」
彼女の顎を掬い上げて、口付けを落とす。
唇を離せば、自分から言い出したくせに真っ赤になっている彼女が居て、笑いが込み上げてくる。


「これで許してくれるか?」
彼女を覗き込みながら問えば、視線を逸らされる。
『・・・ゆ、許してあげます。』
拗ねたように言われるが、その口元が小さく緩んでいることに気が付く。
彼女も私との触れ合いを望んでいるのだと気が付いて、嬉しくなった。


キス一つで真っ赤になる可愛い妻。
仕事に忙殺されている私に文句ひとつ言うことなく、私に会いに来てくれる健気な妻。
・・・私は、幸せ者だ。
内心で呟いて、彼女が用意した弁当に手を伸ばす。
彼女の自信作だという卵焼きに手を伸ばして口に入れれば、幸せな味がした。



2016.05.21
隊舎に帰ったら新妻に出迎えられた白哉さん。
翌日は定刻で仕事を切り上げ、早く邸に帰ったと思われます。
恋次を含めた六番隊士たちは突然己の隊長の妻がやって来てさぞ驚いたことでしょう。


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