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■ stomatitis

『う・・・しみる・・・。』
昼時、昼食を摂っていると、閑散とした執務室の中にそんな声が響く。
その声の方を見れば、三番隊第七席である漣咲夜が表情を歪めていた。
こちらの視線に気が付いたのか、彼女は軽く頭を下げる。


「どうかしたのかい、漣君?」
声を掛ければ、彼女は気まずそうな表情をする。
『その、大したことでは、ないのですが・・・。』
「そう?」
『はい。ちょっと、口内炎が出来まして・・・。』


「口内炎?」
『えぇ。日頃の不摂生が祟ったのか、朝起きたら出来ていて・・・。ずっと、地味に痛いんです。ご飯を食べるのも、嫌になるくらいで。』
「それは大変だ。口内炎の原因は色々あるけど、胃腸が弱ったりはしていない?」
『へ?はい。そんなことはないと思いますけど・・・。』


「そうか。それじゃあ、栄養不足ということかな。それか、疲れが溜まっているのかもしれないね。肉や青魚なんかがいいけれど、口内炎だと食べるのは辛いからね。豆腐や卵を摂るといいよ。・・・ごめんね、こういう時、休みをあげるとは言えなくて。」
苦笑すれば、彼女もまた苦笑した。


『口内炎程度で、お休みが欲しいとは言いませんよ。そもそも体調管理のできない自分のせいですから、副隊長が気に病む必要はありません。』
「そういってくれると助かるよ。・・・もしよければ、僕が治すことも出来るけど。こう見えて昔は四番隊に居たから。」


『え、本当ですか!?副隊長が四番隊に!?』
彼女は目を丸くして僕を見る。
「うん。昔の、話だけれど。ちょっとした治療なら今でも出来るんだ。だから、君が良ければ治療するけど・・・。」
伺うように問えば、彼女は瞳を輝かせた。


『出来るなら、お願いしたいです!・・・あ、でも、副隊長が嫌ですよね・・・。人の口の中に触れるなんて・・・。』
彼女はそういって肩を落とす。
くるくると表情が変化する彼女に、くすりと笑みが零れた。


「君がいいなら治療してあげるよ。見せてごらん。」
『あ、はい!よろしくお願いします!あの、下唇の、裏側なんですけど・・・。』
「ちょっと、失礼。」
彼女の顎を掴みながら下唇を軽く捲れば、白くなっている部分が見える。


「・・・このくらいなら、触れなくても治療出来るね。少し痛むかもしれないけど、ちょっと我慢して。すぐに終わるから。」
こくりと頷いた彼女を見て、治療を始める。
霊力を流すと痛むのか、彼女の眉が顰められた。


「・・・はい、終わり・・・って、どうしたの?」
治療を終えて彼女を見れば、赤い顔が目に入る。
不思議に思って首を傾げると気まずそうに視線を逸らされた。
その瞳に涙が溜まっていることに気が付いて、痛かったのだと結論付ける。


「すまない。痛かったかい?」
患部を確認するために彼女の顎を軽く持ち上げる。
『っ・・・!』
びくりと震えた彼女は、さらに涙目になった。
「え、まだ痛む?おかしいなぁ。口内炎は完治させたはずなのだけど。」


『ち、ちが、い、ます。痛みは、もうありません。』
「そうなの?じゃあ、熱が出てるのかな。やっぱり体の調子が悪かったんだね。免疫力が落ちると口内炎が出来やすくなるし・・・。」
熱を測るために彼女の額に手を当てる。
若干体温が高く、微熱があるようだった。


「吉良居るか?確認して欲しい書類があるんだが・・・。」
檜佐木さんの声がしたので、そちらを振り向く。
「て、悪い。取り込み中だったか。ここに置いていくから、後で見ておけよ。じゃあな、吉良。隊舎では、ほどほどにしておけよ。」
檜佐木さんはそういって去っていった。


「・・・え?あの、ちょっと、檜佐木さん!?お取り込み中ってどういう・・・。」
去って行った檜佐木さんに声をかけるも、応えはない。
しかし、彼の言葉と己らの体勢から、状況を理解した。
そして彼女の顔が赤い理由に思い当たって、慌てて手を離す。


「わ、ご、ごめん!勝手に触れるようなことして。治療していると、患部を確認するために無意識に近づいちゃうみたいで・・・。」
言いながら、自分の顔が赤くなっていくのが解る。
「あー、もう。檜佐木さんってば、余計な誤解を・・・。ちゃんと、誤解は解いておくからね!それは心配しないで!」


『えと、あの、は、はい・・・。』
「本当にごめん!勝手に近づきすぎた上に、誤解の相手が僕なんかじゃ君も不愉快だよね。ごめんね!何か言われたりしたら、僕に言って。僕が何とかするから!というか、今から檜佐木さんのことを追いかけてくる!すぐに誤解を解かないと、松本さんとかに話されでもしたら、大変だ!」
駆け出そうと彼女に背を向けると、くい、と、袖を掴まれた。


『ま、待ってください!わ、私は、大丈夫ですから、落ち着いてください、副隊長。そもそも、口内炎を治して欲しいと言ったのは、私ですし・・・。』
「いやでも、治そうかって言ったのは僕だから・・・。」
『それを言うなら、口内炎を作ってしまうような私の体調管理が甘かったんです!』
「いやいや、休みをあげられない僕が悪かったんだよ!僕がもっとちゃんと周りを見ていれば・・・。」


『あぁ、もう!副隊長は、悪くありません!ちょっとこっちを向いてください!!』
「へ、え?うわ!?」
袖を思い切り引かれて彼女の方に倒れそうになる。
何とか持ちこたえて彼女を振り向けば、彼女は頬を膨らませていた。


「え?あの・・・?怒って、る・・・?」
『怒ってます!』
「や、やっぱり、僕のせい・・・。」
『それは違いますってば!私の話を聞いてください、吉良副隊長!!』
「うわ、はい!聞きます!」
彼女に気圧されて、思わず頷く。


『副隊長は悪くありません!なんでそんなに自信がないのですか!副隊長は副隊長なのですから、もう少し自信を持ってください!自己評価が低いのは副隊長の悪いところです!』
「え、えぇと、はい・・・?」
『それから、私、嫌だとは一言も言っていません!勝手に決めつけないでください!』
「へ?あ、うん。確かに。」


『ですよね!?それに、副隊長が困るのではないかと心配すべきなのは、私の方です!副隊長が私なんかと噂にでもなったら、困るでしょう!?』
「え?いや、別に、そんなことは・・・。困るのは、君じゃないのかい?」
『そんなことはありません!むしろ役得みたいな!!』
「え・・・?」


役得・・・?
それは一体どういうことだ・・・?
彼女の言葉の意味を測りかねて彼女を見れば、何故か息を切らせていた。
その顔は赤く、若干涙目である。
それに首を傾げれば、彼女ははっとしたように口元に手を当てて目を逸らす。


『えと、い、今のは、違くて・・・いや、違わないけど。そうじゃなくて、えぇと・・・。』
先ほどまでとは打って変わってもごもごと呟く彼女に、さらに首を傾げる。
『・・・も、もういいです!治療してくださって、ありがとうございました!!』
僕の様子を見てとって、彼女は慌てて駆け出して行った。


「え、漣君!?・・・な、なんだったのかな?」
彼女の言動にぽかんとしながら呟けば、聞き覚えのある笑い声がくすくすと聞こえてくる。
「市丸隊長・・・?」
己の隊長の名前を呟けば、ひらりと窓枠を超えて室内に入り込んでくる。


「イヅルも、罪な男やねぇ。もう少し、自覚した方がええんとちゃう?」
可笑しそうに言われて、首を傾げる。
「何をです?」
「それは自分で考え。あぁでも、一つ、ヒントあげるわ。」
「ヒント?」


「・・・彼女、イヅルのことよう見てるで。」
それだけ言って彼は隊主室の方へと歩いていく。
今日は珍しく自分から隊主室に入ってくれるらしい。
・・・いや、そうじゃなくて、一体、何だというんだ?
取り残された彼は、昼休憩の終わりの鐘が鳴るまで首を傾げていたのだった。



2016.05.19
終わりが迷子になりました。
市丸隊長は最初から彼らの様子を盗み見していたと思われます。
陰で吉良君に片思いをしている女の子が口内炎になって吉良君に治してもらうけど、そのとき意外と距離が近くて予想以上に恥ずかしくなる・・・というイメージだったのですが、勢いで書くと駄目ですね。
stomatitisは口内炎です。


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