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■ 幾星霜も君と

・・・やばい。
これはやばい。
初日から遅刻とは、相当やばい。
どうしてこうも重要な日に私の目覚まし時計は止まっているのだ!
鳴らなかった目覚まし時計に内心で八つ当たりをしながら、六番隊舎へと駈ける。


彼女、漣咲夜は、これまで十番隊の第五席として死神の務めを果たしていた。
しかし、ある日突然十番隊隊長日番谷冬獅郎から任官状を渡されたのである。
日番谷から適当に渡された任官状には、六番隊第三席という文字。
目を丸くしながら彼を見れば、ご指名だ、との一言で説明は終了。


何故私は六番隊に異動になったのか。
当然、そんな疑問がわき上がってくる。
それも、三席への昇格。
そして、ご指名、とは、一体、誰が・・・?


首を傾げれば、同僚たちからは何とも言えぬ視線が向けられたのだが。
傍から見れば私はそれを不思議に思って首を傾げていると思われていたのだろう。
だが、正直、心当たりがないわけではない。
誰が私を指名したのかということについては。


しかし、何故私を指名したのか、ということについては疑問が残る。
・・・まぁ、本人に聞けば解るだろう。
三席への昇格であることから、十番隊の上官たちに嫌われたから異動、というわけではないのだろう。
ここは素直に喜んでおこう、と、前向きに考えることにして、六番隊への異動を受け入れたのだった。


そして、彼女は今日から六番隊の第三席。
本来ならばいつもより早めに出勤して、やってくる六番隊の隊士たちに挨拶をするはずだった。
何より、己の上官となる隊長と副隊長に挨拶を申し上げなければならなかった。
それなのに。


『・・・どうして、今日に限って、寝坊するかな。お蔭で私は初日から遅刻・・・。』
飛んでくるであろう好奇の視線と彼からの嫌味を想像してげんなりとする。
『言い訳・・・は、考えるだけ無駄だな。潔く頭を下げた方があれの説教は短いだろう。・・・さて、着いた。ふぅ。よし。頑張れ、私。負けるな、私。』
深呼吸をして、六番隊舎に足を踏み入れれば、予想通りの視線が向けられた。


「・・・初日から遅刻とは、いい度胸だな、咲夜。」
すぐにひやりとした声が聞こえてきて、隊士たちはすぐさま私から目を背けた。
まぁ、これも予想通り。
『返す言葉もございません。』
申し訳なさそうに言えば、じとりとした視線を投げつけられる。


『大変申し訳ありませんでした!此度の失態、十番隊に突き返されても文句は言えません。』
いや、むしろ、帰りたい。
思った以上に彼の元での仕事は疲れそうだ。


「・・・後で隊主室に来い。」
『はい・・・。』
内心の呟きが聞こえたかのように睨まれて、苦笑しそうになりながら頷く。
「兄の席はあそこだ。机の上の書類は、今日中に終わらせるように。」
『承りました。本当に、申し訳ありませんでした!!』


少々やけくそになりながら、彼に頭を下げる。
無言で見つめられてから、何の返答もなく踵を返される。
そんな彼の気配が遠くなるまで、頭を下げ続けた。
頭を上げて、言われた机を見れば、そこには書類の山。
その量にげんなりしながら、渋々席に着いて筆を取ったのだった。


数刻後。
定刻の鐘が鳴る少し前。
隊主室の前に立って、中に声を掛ける。
入れ、という声が聞こえてきたので、大量の書類を片手に扉を開けて中に入る。


『全て処理を終えました。ご確認をお願いいたします。』
ドン、と彼の机に書類を乗せれば、彼はその中から2、3枚だけ書類を引き抜くと、それ以外は目を通すことなく、そのまま確認済みの書類の上に乗せた。
そんな彼に思わず苦笑する。


『いいのかい?確認しなくて。』
「構わぬ。確認の必要がない。」
『さて。間違えているところもあるかもしれないよ。』
「・・・自信がないのか?」
『ふふ。まさか。君に提出するのだから、完璧でないとね。』


私の言葉に、彼の瞳が楽しげになる。
意外と表情豊かなのだ、彼は。
『全く驚いたよ。護廷隊内では、近づかないという話じゃなかったか?』
「気が変わった。」


『ふぅん?何故?』
「兄との関係を探るものがある。いい加減、隠すのも限界だ。」
『なるほどね。まぁ、私もいい加減面倒になってきたから、構わないけれど。』
「私もだ。」


彼は話しながら書類に目を通し、隊長印を押した。
その書類を確認済みの山に載せると、軽く机の上を片付けて、立ち上がる。
ゆるりと向けられた視線はすでに隊長としてのものではなく、朽木白哉個人のものとなっていた。


「帰る。」
それだけ言って彼は扉の方へと歩き始めた。
昔から変わらぬそれに苦笑しながら、彼の背中を追うように私も歩き出す。
扉を開けた彼は、先に廊下に出て私を待つ。
私が廊下に出ると、扉を閉めて施錠した。


『今日は・・・。』
「朽木家だ。」
即答されたので、大人しく付いて行くことにする。
隊舎だからと彼の三歩後ろを歩くが、ため息を吐いて振り向いた彼に腕を引かれた結果、彼の隣を歩くことになってしまった。


『ちょっ、だ、駄目だろう!』
小声で抗議するも、彼はどこ吹く風。
己の隊長の隣を歩く私に、隊士たちは痛いほどの視線を向けてくる。
あの朽木白哉が自ら己の隣を歩かせるとは一体あの女は何者なのだ、という彼らの心の声が聞こえるようだ。


「好きにさせておけ。」
私の思考を読んだかのように彼は呟く。
『だが・・・。』
「いずれ分かることだ。」
そう言って周りに視線を巡らせた彼は、ポカンとしている己の副官を見つけると声を掛けた。


「恋次。」
「は、はい、隊長!」
「今日はこれで帰る。後は任せた。」
「え、あ、はい・・・?」


目を丸くしながら返事を返した赤い髪の副官を一瞥して、彼は歩き出す。
これ程言葉が少ない彼の副官とは、苦労の多いことだろう。
内心で呟きながら今日から直属の上司となった阿散井副隊長に頭を下げて彼の背中を追った。


『・・・いいのか?一応定刻前だが。』
隊舎を出た所で問えば、構わぬ、と短く答えを返される。
まぁ、日頃の彼の仕事量を考えれば、今日くらい早く帰っても文句は言われないだろう。
文句を言う奴が居るなら私が黙らせてやるしな。


「・・・明日は騒がしくなる。」
唐突に言われて、首を傾げる。
彼はそんな私をチラリと見てため息を吐いた。
「発表は明日だ。」
その言葉の意味を理解して、絶句する。


「明日から、兄は正式に私の婚約者となる。・・・だが、その前に今一度聞こう。」
彼は足を止めて私を見つめる。
強い瞳に見据えられて下がりそうになる足を何とか止めた。
「私と歩む覚悟があるか、漣咲夜。」


これまでに何度も問われたその問いに、彼の真剣さに、自分の中で何かが繋がった。
糸のような、光の筋のようなそれは、酷く私を惹きつけて、ずっと私が探していたもののような気がした。
・・・私は、これがあれば何があっても迷わぬだろう。
そんな根拠のない自信が湧いてきて、彼を見つめ返す。
さっきまで下がろうとしていた足は、確りと地面を捉えていた。


『もちろん。私は・・・漣家の姫であり、六番隊第三席である漣咲夜は、朽木白哉と共に。』
その言葉共に彼を見上げて微笑めば、彼の瞳が柔らかくなる。
「その言葉、忘れてくれるなよ、咲夜。」
まっすぐに言われて、思わず笑う。


『忘れるものか。死んでも忘れない。』
「・・・そうか。」
彼は微かに頬を緩めた。
満足そうな瞳が私を見つめて、愛しげに細められる。
彼の瞳に映る私は、愛しげに彼を見上げているようだ。


『・・・好きだぞ、白哉。』
「私は愛している。」
『ふふ。知っている。』
「そうか。・・・帰るぞ。」
『うん。帰ろう。』


手を取られて、するりと指が絡められる。
そのくすぐったさを誤魔化すように彼の手を握る手に力を込めた。
夕日に照らされた私たちの影もまた手を繋いでいて、それは影なのだから当然のことなのに、頬が緩む。


私は今日を忘れないだろう。
この温もりも、声も、空に浮かぶ雲の形も、夕焼けの色も。
幾星霜が過ぎ去ろうとも、忘れることなどないだろう。
そう思って隣を見れば目が合って、二人でくすくすと笑った。



2016.05.05
久しぶりの短編。
実は白哉さんとは恋仲でした、というお話。
綺麗で有能な咲夜さんに寄り付く輩が目立ち始めたために、白哉さんは自分の傍に呼び寄せたのだと思われます。
関係を隠していたのは互いを守るため。
二人の絆が確固たるものになったのでもう隠さなくてもいいだろうとの判断を下したのでしょう。
日番谷隊長は二人の関係に気付いていそう。


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