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■ 鈍感

最近、ほとんど毎日俺に顔を見せに来る者がある。
名を漣咲夜と言って、彼女は八番隊の席官だ。
彼女と初めて顔を合わせたのは、俺が寝込んだ時。
仕事が溜まっていて見舞いに来られない京楽が、代わりに彼女を寄越してきたのが始まりだった。
その日から、彼女が俺の様子を見にやってくるのが日課となっている。


『浮竹隊長!髪型、変えてみたんです。どうですか?』
くるりと一周して、彼女は俺を見上げてくる。
「あぁ、よく似合っている。可愛いぞ。」
思った通りに言えば、彼女は残念そうな顔をした。
『浮竹隊長は、浮竹隊長ですよね・・・。』
そういってため息を吐くと、彼女は去って行く。


またある日は。
『浮竹隊長!私と付き合ってください!』
「いいぞ。」
『え?いいんですか!?』
「お前と出かけられるなんて、嬉しいなぁ。」


『・・・やっぱり、浮竹隊長は・・・はぁ。』
再び思った通りに言えば、彼女はため息を吐く。
『隊長は、予想以上に鈍感です・・・。』
そう言って恨めし気に俺を見上げてから、一礼して去って行った。


またある日には。
『浮竹隊長、大好きです!』
満面の笑みで言われて、こちらも笑みが零れる。
「俺も漣が好きだぞ。」
再び本音を言えば、彼女はまたもや不満げな顔。
そしてまた、俺を恨めし気に見上げて去っていく。


「・・・というわけなんだが、どうすれば伝わるのだろうな、京楽。」
そんな彼女について相談をすれば、目の前の京楽は楽しげに笑う。
「あはは。まったく、咲夜ちゃんったら、鈍感だねぇ。」
「笑い事じゃないぞ・・・。俺は本音を言っているのに、いつも不満げな顔をして、帰っていく。俺は、ちゃんと彼奴に惚れているんだがなぁ。」


そうなのだ。
俺はいつも本音を彼女に返している。
彼女の言葉が本音なのもいい加減分かっている。
それなのに、肝心の彼女は、俺の言葉を本音として受け取ってはくれないのだ。
一体、鈍感なのはどちらなのか。
そう思いつつもこの状況を面白がっているのも事実なのだが。


「まぁ、咲夜ちゃんには浮竹の本気が伝わっていないってことだよね。」
笑いながら言われて、軽く落ち込む。
何がいけないのだろうか。
頭を巡らせるも、思い当たる節がない。


面白いなぁ。
その理由を考え込む浮竹に、京楽は内心で呟く。
いつもと同じ笑顔で彼女に言葉を告げるために、彼女に信じて貰えないのだが、彼は気が付いていないらしい。
常に笑顔を見せていると、こういう不都合があるのかと、小さく頷く。


「彼女に触れてしまえばいいんじゃないの?」
「そんなこと出来るか!」
「そうかなぁ。僕だったら、抱きしめてキスしちゃうけどね。」
「お前と一緒にするなよ・・・。」


変なところでも真面目なのだ、この男は。
互いに思い合っているのだから、そのくらいのことは許されるだろうに。
まったく、咲夜ちゃんも大変だねぇ。
だからと言って、彼女に浮竹の気持ちを伝えるつもりもないのだが。
見ている方はその方が面白いのだ。


『失礼します、浮竹隊長!京楽隊長はこちらに来ていませんか・・・って、居た!』
京楽が頭を悩ませている浮竹を眺めていると、バタバタと咲夜が駆け込んできた。
「おやぁ、咲夜ちゃんじゃない。どうかした?」
息を切らせた彼女に声を掛ければ、じろりと睨まれる。


『どうかした、じゃ、ありません!副隊長がお怒りです!すぐにお戻りください!期限が昨日までの書類が、出て来たんです!』
「あら、それは大変。また山じいに怒られちゃう。」
言いながら京楽は湯呑に残っていたお茶を飲み干す。
一息ついてから、徐に立ち上がった。


「さてと、逃げよう。またね、浮竹。お仕事は咲夜ちゃんに任せるよ。」
『へ?何とおっしゃいました・・・って、居ない!!』
咲夜は信じられない言葉を聞いたと京楽の方を見るが、既に姿はない。
『き、京楽隊長の、人でなしー!!!』
彼女の叫びが隊舎に木霊した。


「・・・・・・京楽が悪いな、漣。」
気の毒そうに言えば、がしりと腕を掴まれた。
「な、なんだ・・・?」
俯いた彼女の表情は見えないが、何かろくでもないことに巻き込まれそうな予感がする。


『う、浮竹隊長。一生のお願いが、あります。』
「・・・なんだ?」
顔を上げた彼女は、縋るように俺を見る。
『・・・・・・私と一緒に、総隊長のところに行ってください!お願いします!京楽隊長が隠したと思われる書類に、一番隊への書類が混ざっていたんです!』


・・・それは気の毒すぎる。
京楽、お前は人でなしだ。
それを部下、それもただの席官に押し付けるとは、一体どういう了見だ。
いや、違うな。
俺が居るから押し付けたんだ。
あの、人でなし。


『お、お願いします!浮竹隊長しか、頼れる人が居ないんです!』
涙目になりながら訴えられて、落ち着かせるように彼女の背中を叩く。
覚えていろよ、と、京楽に内心で呪詛を呟きながら。
「大丈夫だ。一緒に行ってやる。悪いのはすべて京楽だと言ってやるから、そんな顔をするな。」


『ほ、本当、ですか?』
「本当だとも。」
『う、うわぁーん!浮竹隊長、大好きですー!!』
泣きながら抱きつかれて、苦笑する。


「よしよし。可愛いなぁ、お前は。」
『う、浮竹、隊長は、いつも、そうやって・・・。』
宥めるように彼女の頭を撫でていると、そんな呟きが聞こえてきた。
『わ、私の、好き、は、じょ、冗談、なんかじゃ、ないんですから、ね。』
しゃくりあげながら、彼女は悔しげに言う。


「・・・知っているさ。だがなぁ、俺も、冗談を言っているつもりは、ないぞ。」
『え・・・?』
「いつもお前には本音を返していたんだが、いつまでたってもお前は気が付かない。お前はどうやったら俺の言葉を信じてくれるのだろうなぁ。」
困ったように言えば、彼女は腕の中で首を傾げた。


「・・・お前が好きだ、咲夜。」
耳元で囁けば、彼女の体がびくりと震えた。
それが可愛らしくて、彼女の髪に口付けを落とす。
これでは京楽と同じになってしまう、と思ったが、頭の隅に追いやった。


「解ったか、咲夜。」
『・・・わ、わかりません。た、隊長の、顔を見るまでは、信用、しません。』
「そうか。」
彼女の言葉に思わず苦笑する。


『で、でも、今は、お見せできる顔では、ないので、もう少し、このまま・・・。』
「あぁ。落ち着くまで、こうしていてやる。」
そう言ってやれば、彼女は小さく俺の羽織を掴んだようだった。
ちらりと髪の間から見えた耳が赤くなっていて、くすりと笑みを零した。


『・・・浮竹、隊長。その、お顔を、拝見、させて、いただけると・・・。』
暫くして落ち着いたのか、彼女はおずおずと言葉にする。
腕を緩めれば、彼女は俺の胸に手を置いて、少し距離を取った。
顔を覗きこめば、まつ毛が涙で濡れていた。


『あ、あの、先ほどの、お言葉は、ほんとう、ですか・・・?』
不安げに上目遣いで見上げられて、どきりとする。
「あぁ。本当だ。俺は、咲夜が好きだぞ。」
微笑みながら言えば、彼女は不満げな顔をした。


『笑ってる・・・。』
その呟きに、何故己の言葉が伝わらなかったのか理解した。
「なるほど。そういうことか。・・・それならば、これでどうだろう。」
彼女の頬に手を添えて、涙の跡に口付けを落とす。
顔を離して彼女を見れば、目を丸くして、真っ赤になっていた。


「これで分かったか?」
そう問えば、こくり、と、頷きが返ってきた。
『・・・わ、私、浮竹、隊長が、好きです。』
「あぁ。俺もお前が好きだ。」


『・・・ふふ。夢みたい。』
彼女は嬉しげに微笑んで、俺の胸元に額を寄せる。
「夢なんかじゃないぞ。俺とお前は、今日から恋人だ。」
『はい、浮竹隊長。』


「はは。二人の時は、名前で呼んでくれないか。」
『よろしいのですか?』
「もちろん。」
『・・・では、十四郎さん、と。』


「あぁ。・・・それじゃ、仕事に戻るか。先生に怒られに行かなければ。」
悪戯に言えば、彼女も悪戯に笑う。
『でも、十四郎さんが一緒なら、大丈夫です。』
「そうだといいなぁ。まぁ、悪いのは京楽だから、俺たちは京楽を取り逃がしたことを叱られるだけだろう。」


二人で笑って、雨乾堂を出て行く。
浮竹と咲夜から京楽のことを聞いた元柳斎は、怒りに身を震わせるが、目の前の二人が幸せそうだったので、二人を叱責するのは止めることにした。
後に、京楽に対して雷が落とされたという。



2016.04.23
お互いに鈍感ですが、咲夜さんの方が鈍感。
京楽さんは、幸せな二人の分まで山じいに叱られたことでしょう。


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