Short
■ 雨宿り

見上げた空は先ほどから雲に覆われている。
立ち込めてくる暗雲は今にも雫を落としてきそうである。
咲夜は、書類を抱えて走りながらちらりと空を見た。
お願いだからまだ降らないで。
そう思いながら、何とか隊舎まで帰ろうと足を速める。


ぽつ、ぽつ・・・。
しかしながら、その願いも空しく、空はすぐに雫を落とし始めた。
『あ、降ってきちゃった・・・。』
そういう間に雨は激しさを増す。


ゴロゴロと雷まで鳴り出して、どうしようかと逡巡する。
今抱えている書類は朽木隊長にと一番隊から預かってきた急ぎの重要書類。
一秒でも早く隊長に届けたいが、濡らしていい代物ではない。
でも、朽木隊長は忙しい方。
今日確実に隊舎に居られるのはこの時間しかなかったはず。


『やっぱり、瞬歩しかないか。あんまり得意じゃないのになぁ。』
呟きながら、仕方がないから瞬歩を使おうと足に力を込めたとき、ふいに後ろから襟首を掴まれた。
『な!?』
驚いている間にずるずると近くの軒下に引きずり込まれる。


『だ、誰、ですか・・・く、朽木隊長!?』
何か悪い人だったらどうしよう・・・。
そう思いながら振り向けば、見慣れた自隊の隊長の顔が見える。
予想外の出来事に目を丸くした。


『な、何故、ここに!?今の時間は隊舎に居られるはずでは!?・・・ふわ!?』
叫ぶような問いには答えてもらえずに、ふわりと何かを被せられた。
そのまま撫でるようにその何かが滑らされて、その何かに温もりがあって、それが恐らく手の形で、動揺する。


『た、たた隊長。あ、あの、何を・・・?』
吃りながら問えば、被せられた何かが軽くずらされて、隊長の顔が見える。
「濡れている。」
どこか不満げに言われて、それでも隊長が手を止めてくれることはなくて、さらに動揺する。


被せられていたのは、白い、布。
視界の端に、ちらりと黒いものが見えた。
その黒いものを見れば、見慣れた六の文字。
そして、この、ふわりと香る隊長の香り。
それがなんであるかに気が付いて、焦る。


『わ、たた、隊長!?こ、これ、羽織!だ、だだ駄目ですよ!?大切な羽織でしょう!濡れ、濡れてしまいます!』
「すでに濡れた故、問題ない。それに、漣の方が濡れている。」
『駄目ですってば!っていうか、隊長も濡れてる!隊長を拭くのが先ですよ!!ちょうどさっき手拭いを貰ったので、これ使ってください!』


慌てて先ほど一番隊で貰った(余ったらしい)手拭いを差し出せば、隊長はそれを受け取って袋から取り出す。
『あ、袋は貰います。』
差し出された袋を受け取って、ちょうどいいと書類をその中に入れる。
それを懐にしまっている間に、隊長は手拭いを広げたようだった。


「・・・これか。」
広げられた手拭いは、この間総隊長からの激励として全隊士に贈られたものである。
総隊長が直々にしたためたという、生涯現役という文字。
一体誰への激励なのだろうかと、隊士一同疑問に思ったに違いない。


「何度見ても達筆であるな。」
『!?』
まじまじとそれを見て呟いた隊長に、言葉を失う。
その表情は普段と変わらないが、声音の雰囲気からして、本音らしい。


何度も見てるの!?
あの朽木隊長が!?
この手拭いを!?
って、私、そんなもので拭けって隊長に言っちゃったの!?
駄目じゃない!?


『た、隊長!申し訳ありません!これしか、新しい手拭いは持ち合わせてなかったものですから!』
慌てて言い訳をすれば、隊長は不思議そうに首を傾げる。
「何を言っているのだ。」
言いながら隊長は私に被せられていた羽織をずらして私の髪を拭き始める。


『ん!?いや、違います!その手拭いは新しいのですから、隊長が、拭かないと!って、うわ!?羽織!羽織が地面に着いてしまっているじゃありませんか!もう、隊長、駄目じゃないですか。隊長の羽織なのに・・・。』
言いながら羽織をたくし上げる。
汚れた部分を見れば、幸い軒下の乾いた地面に着いただけらしく、汚れを手で払う。


『隊長しか着ることのできないものなのですから、大事になさってくださいね。私たち隊士は、この背中を追いかけるのですから。私だって、そうなんですからね。』
「そうか。」
頷きながら、隊長は私を拭く手を止めない。


『だから、私は後でいいですってば!隊長が先です!」
「私は構わぬ。」
『駄目ですってば。お風邪を召されたらどうするのです。』
「咲夜が私の面倒を見ればよい。」


『冗談を言っている場合ですか・・・。あぁ、ここも濡れてる。私なんかを拭くから・・・。泥も跳ねているし・・・。隊長は羽織を着ていなくても隊長ですし、羽織を着ていなくてもその背中を間違えたりはしませんけど、この羽織は本当に特別なものなんですからね。』


他に汚れがないか確認しながら言えば、ふ、と、笑い声が聞こえた気がした。
それが隊長のものだったような気がして、隊長を見上げる。
酷く楽しげな瞳がこちらを見ていて、首を傾げた。
どことなく口角が上がっている気がするのは気のせいだろうか。


『朽木隊長?』
「なんだ、「咲夜」。」
・・・ん?
何故、私は、名前で呼ばれているのだろう?
目を瞬かせれば、隊長の目が細められた。


『名前・・・?』
隊長のことだから、私の名前を憶えているのだとは思うが、苗字で呼ばれるのはともかく、名前で呼ばれるようなことをした覚えも、そんな関係になった覚えもない。
私は一応席官ではあるが、漸く末席にたどり着いたばかりの若輩者。
たいした功績を上げているわけでもなく、隊長との距離は未だ遠い。


「・・・雷が遠くなったようだな。時期に雨も上がろう。」
私が首を傾げている間に、雨が弱まったらしい。
隊長の呟きで我に返って、隊長への重要書類を持っていることを思い出す。
慌てて懐に手を伸ばそうとするも、隊長の長い羽織を押さえていなければならなくて四苦八苦する。


『た、隊長!急ぎの、書類が、あるのです、が、あら?あらら?・・・わ!?』
羽織に絡め捕られて、バランスを崩す。
それと同時に腕を掴まれて、ぐい、と引き寄せられたかと思えば、足が地面から離れた。
その浮遊感に手元にあった布を握りしめて顔を上げると目の前には隊長の顔。


『隊長!?な、にを・・・。』
抱え上げられていることに気が付いてじたばたともがくが、羽織が体に絡まっているためか、抜け出せそうにない。
『隊長、降ろしてください!』


「・・・雨が止んだか。隊舎に戻るぞ、咲夜。」
『はい、隊長・・・じゃなくて!降ろしてください!私、自分で歩けます!というか、何故私を名前で呼ぶのです!?』
「嫌か?」
『い、や、では、ありませんが・・・。』


「そうか。ならば、今後も咲夜と呼ぶことにしよう。」
『!?』
楽しげな呟きに動きを止めれば、隊長は小さく笑ったようだった。
その表情を至近距離で見せられては、ひとたまりもない。
一瞬で顔が赤くなったのが解った。


「可愛いな。赤いぞ。」
からかうように言われて、反射的に顔を隠す。
ふ、と、笑ったような気配がして、居た堪れなくなる。
一体、何が起こっているの・・・。


混乱しすぎて何が何だかわからない。
隊長とこんなに話したのも、隊長の香りをこんなに近くで感じたのも、隊長の温もりを感じたのも、全部、初めてのことで。
それなのに、名前を呼ばれて、笑顔まで見せられては。
その上抱き上げられているとは、どういう状況なのだろうか。


咲夜が混乱している間に、白哉はそのまま歩を進めているのだが、彼女はまだ気が付かない。
結局、隊舎に戻って、そこに居た隊士たちのざわめきが耳に入るまで、咲夜はそれに気が付かなかったのだが。


翌日、混乱しすぎて熱を出した咲夜の元を訪れる白哉の姿が目撃される。
あれこれと世話を焼かれて、咲夜はさらに混乱し、熱が上がった。
数日後、何とか熱が下がって隊舎に向かえば、隊士たちから無駄に視線を浴びる。
同僚に尋ねればにやにやとある噂を聞かされた。


朽木隊長と漣咲夜は付き合っているらしい・・・。
その噂に、咲夜は目を丸くする。
『そ、そんなわけ・・・。』
否定しようと口を開けば、口々に祝辞を述べられ、誰も話を聞く様子はない。
脚色されてあっという間に広がった噂に、咲夜は頭を抱えるのだった。


ちなみに白哉はというと。
「咲夜。」
事あるごとに彼女の名前を呼び、噂は真実なのだ、と、外堀を埋めていく。
噂の話を聞かれるたびに顔を赤くして、否定することも出来ない彼女を見て、口元に笑みを浮かべているのだった。



2016.04.20
白哉さんは確信犯。
雨が降ることに気が付いて、咲夜さんを迎えに行ったのだと思われます。
予想以上に長くなってしまいました・・・。


[ prev / next ]
top
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -