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■ 春が来た

久しぶりに、馴染みの店に足を運ぶ。
暖簾を潜れば向けられるいつもと変わらぬ笑顔に、自分も笑顔になるのが解った。
『浮竹さん!どうぞ、いつもの席、空いておりますよ。』
言われるままに席に着けば、すぐにおしぼりが出て来た。


「久しぶりだなぁ、咲夜。」
『えぇ。もう来られないのかと思いました。』
悪戯に言われて、苦笑する。
「すまんな。」


『お体は平気なので?』
「あぁ。体調が悪かったわけではないんだ。少し、仕事が立て込んでな。」
『そうでしたか。よかった。浮竹さんが来られるの、私、楽しみなんです。』
「そうか。俺もここに来るのは楽しみだ。」


屈託なく言われて、言葉の意味を測り兼ねる。
彼女はいつもこうなのだ。
誰に対しても笑顔で、冗談とも本音とも取れる言い方をする。
前者だとしても構わないが、出来ることなら後者であってほしいと、いつも思う。


「今日の御膳は何だ?」
『春の御膳です。今年最初の筍が届きまして。筍の煮物と筍ご飯がございますよ。その他に菜の花のお浸し、新じゃがと手羽先の甘辛煮、鯛のお吸い物。私の自信作にございます。』


自信満々に言われて、思わず笑う。
「はは。そうか。では、それを。お前の自信作は何でも美味い。」
『あら、浮竹さんたらお上手。』
「本音だ。頼む。」
『はいな。少々お待ちを。』


料理を待つ間、広いとは言えないカウンターの中を忙しなく動く彼女を見つめる。
声を掛けられれば微笑み、それでも手を止めることはない。
彼女の微笑を見たくて用もないのに声を掛ける者もある。
敵は多い、と、いつも思う。


ぼんやりと彼女を見つめていると、がらりと戸が開かれて暖簾を潜ってくる者がいる。
『いらっしゃいませ、京楽さん。』
「やぁ。あら、浮竹じゃないの。行き会うなんて珍しいねぇ。」
「これから宿直だからな。腹ごしらえだ。お前は、今日もサボりか?」


「あはは。嫌だなぁ。ちゃんと終わらせてきたよ。・・・咲夜ちゃーん、熱燗頂戴。」
京楽は当然のように俺の隣に座って、咲夜に声を掛ける。
『はいはい。お二人が揃うなんて、本当に珍しいですねぇ。』
京楽におしぼりを渡しながら咲夜は嬉しそうに言った。


「こう見えて、僕ら隊長だからね。結構忙しいのよ。ね、浮竹?」
「お前が忙しそうにしている姿は見たことがないけどな。」
「え、酷いなぁ。僕は毎日頑張っているじゃない。」
「そうだな。毎日サボるのに忙しいんだったな。」
「ちょっと、浮竹、辛辣・・・。」


『ふふ。仲がよろしいですねぇ。・・・さ、どうぞ、浮竹さん、春の御膳です。』
盆に載せられた料理からは、ふわりと美味そうな香りがする。
「あぁ、ありがとう。・・・頂きます。」
『どうぞ、召し上がれ。』


筍の煮物を口に運べば、程よい歯触りと、ふわりと香る出汁。
『如何でしょ?』
「あぁ、美味い。」
美味さに微笑めば、彼女は嬉しげに笑う。
『でしょう?私の一番の自信作です。』


「へぇ。いいなぁ、浮竹。ねぇ咲夜ちゃん。僕も同じの頂戴。お腹空いちゃった。」
『ふふふ。はい。』
京楽に言われて、彼女は再び忙しなく動き始める。
箸を進めながら、それとなく彼女を見つめた。


隣から視線を感じて京楽を見れば、何やら楽しげな顔をしている。
「・・・なんだよ。」
ちらりと視線を向けながら問えば、京楽は俺の耳元に顔を寄せた。
「・・・ねぇ、まだ、告白しないの?」


「ごほっ!!」
その言葉に、思わず噎せる。
慌てて鯛のお吸い物を口に含んだ。
「大丈夫かい、浮竹。」
誰のせいだ、と、じろりと睨めば、京楽は苦笑を漏らしながら俺の背中を撫でる。


「いやぁ、浮竹ってば、気が長いよねぇ。でもさぁ、敵は多いよ?」
「・・・お前とか?」
疑うように問えば、京楽は笑う。
「あはは。僕はそうじゃないけどね。でも、咲夜ちゃん、可愛いうえに料理上手とか、男は放って置かないでしょ。」


そんなことは解っている。
そう思いを込めて京楽を見れば、再び楽しげに笑われた。
「ま、気が長いのはお互い様ってね、咲夜ちゃん?」
京楽の声が聞こえたのか、咲夜は首を傾げながら熱燗を運んでくる。


『何の話です?』
「色恋の話。ね、浮竹?」
『・・・え?浮竹さんの色恋の話ですか?』
「お前な・・・。」
目を丸くしながら言われて、思わず京楽を睨む。


「そう睨まないでよ。」
『あら、否定されないので?』
「・・・まぁな。」
「あはは。浮竹ってば、気が長くてね。・・・まぁ、それは咲夜ちゃんも一緒か。ね、咲夜ちゃん?」


『きょ、京楽さん!?何を・・・。』
彼女を見れば、頬をほんのり色付かせていた。
ちらりとこちらを見られて、視線が交差する。
すぐに逸らされて、内心で首を傾げた。


「・・・あーあ、浮竹ってば狡いなぁ。」
羨ましげに言われて、首を傾げる。
「何がだ?」
「何でもないよ。」
「そうか?じゃあ、俺はそろそろ行かないとな。咲夜、今日も美味かった。また来る。」


『あ、ちょ、浮竹さん。少し、お待ちいただけますか?』
代金を置いて席を立つと、彼女は慌てたように声を掛けてきた。
「どうした?」
『あ、その、宿直だとおっしゃっていたので、おにぎりなど、作ろうかと、思ったの、ですが・・・受け取って頂けます?』


窺がうように見上げられて、どきりとする。
その瞳は、少し潤んで、その奥に熱を宿しているような、恋をする者特有のそれである。
何故、そんな目で、俺を見る・・・。
そこまで考えて、あることに思い至る。


京楽のあの言葉。
そして彼女の瞳。
俺に向けられてすぐに逸らされた視線。
・・・俺は、阿呆だな。
浮かんできた答えに、内心で苦笑する。


「・・・京楽、お前、知っていたな?」
「んー?まぁね。・・・いただきまーす。」
俺の問いに適当に頷いて、京楽は料理に手を伸ばす。
「あ、本当に美味しいよ、これ。・・・まぁ、後は浮竹の好きにするといいよ。」


「そうだな。・・・咲夜、店が終わってからでいい。隊舎に届けてもらえるか?」
彼女に言えば、目を丸くしてから安心したように頷く。
「それから、少々聞いて貰いたい話と、聞きたい話がある。時間はあるか?」
彼女を真っ直ぐに見つめれば、何かに気が付いたように口元を隠す。


『はい・・・。』
小さな返事が聞こえてきて、小さく笑う。
「それじゃ、よろしくな。・・・京楽、夜道を一人で歩かせるなよ。」
「はいはい。お姫様はちゃんと浮竹のところに送り届けるよ。」


「・・・邪魔もするな。」
「信用ないなぁ。僕、そんなに野暮なことしないよ?」
「・・・邪魔をすれば伊勢副隊長にお前のサボり場所を告げ口してやるからな。」
「あはは・・・。それは勘弁。」


「そうだろうな。・・・と、遅れてしまう。じゃ、咲夜。またあとで。」
『はい。お伺いいたしますね、浮竹さん。』
ニコリと微笑む彼女を見てから、店を出る。
「・・・浮竹ってば、狡いなぁ。」


そんな京楽の呟きが聞こえたが、気にしないことにする。
咲夜を狙っているであろう客たちが恨めし気に俺を見ていたことも気にするまい。
「さて、何から話すことにするかな・・・。」
浮竹は楽しげに呟きながら歩を進める。


それからすぐに、毎日のように浮竹の元へ料理を運ぶ咲夜の姿が見られるようになった。
また、二人が連れ立って街中を歩く様子も目撃されるようになって、浮竹隊長に春が来た、と、瀞霊廷に噂が飛び交う。
その噂を聞いて一番喜んだのは総隊長であったらしい。



2016.04.19
小料理屋の女主人に胃袋を掴まれた浮竹さん。
浮竹さんは何でも美味しそうに食べてくれそうです。


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