Short
■ I call your name.

「・・・咲夜。」
『はい、白哉様。』
名を呼べば、彼女は仕事の手を止めて、当然のように私を優先する。


「咲夜。」
『前期の決算報告書ですね。すぐにお持ちいたします。』
彼女は時折、名を呼ぶだけで、私の用件を汲み取ってしまう。


『白哉様。お茶にございます。少し息抜きなど如何でしょうか。』
彼女は、私の集中力が切れたころにお茶を持ってくる。
「・・・あぁ。」
にこり、と、微笑まれれば、自然と頷きを返してしまう。


「咲夜。」
『はい、白哉様。』
「咲夜。」
『すぐに準備いたします。』
「咲夜。」
『任務に行かれるのですね。行ってらっしゃいませ。』


己の仕事を熟しながら、私の要望にすぐに応え、私が求めるものを外さない。
一体いつ己の仕事をしているのか、と、思うほど、彼女は私を見ている。
そして、私もそれが心地よくて、つい、彼女の名を呼んでしまうのだ。
咲夜、と。


もちろん、彼女がそうあるには理由がある。
彼女は、幼い頃を朽木家で過ごした。
朽木家の使用人を母に持ち、その使用人は私付きの者だった。
幼い彼女はよく母親と共に私の身の回りの世話をしていたのだ。
それ故、彼女は私の為人をよく知り、私が求めているものを読み取るのに長けている。


子犬のように忙しなく動き回る彼女に、頬を緩ませたのは一度や二度ではない。
しかし、彼女は、成長するにつれて、その霊力を大きくしていった。
その霊力の高さは、朽木家の使用人として扱い続けるには、勿体ない。


それ故、彼女に死神になることを勧めた。
今では、六番隊の第三席にまで上り詰めている。
さらに、三席になった彼女は、その才を買われて、漣家の養子に迎えられた。


養子にならないか、と、話を持ちかけられた時、彼女は困り顔で私の元にやってきた。
嬉しい話ではあるが、養子となれば、私の世話が出来なくなってしまう、と。
行くがよい、と言えば、彼女は泣きそうな表情をした。


その表情が、私から離れたくはない、と言っているようで、昔の幼い彼女のようで、思わず頬が緩む。
それを見た彼女はさらに泣きそうになりながら、私を見上げてきた。
漣家の養子となってもお前は私の世話をすればよい、と、そう諭せば、彼女はそれに納得したようで、漣家の養子となることを受け入れたのだった。


漣咲夜となってからも、彼女は私の世話を嬉々とする。
朽木家の使用人であったころと同じように。
当然、彼女を漣家の養子としたのは下心あってのこと。
成長した彼女に、いつの間にか惹かれていたのだ。


だが、使用人と結ばれるのは難しい。
ましてや、私は緋真の時に相当な無理を通している。
それ故、彼女に貴族となってもらう方が、私にとっては都合がよかった。
彼女から養子の話を貰っている、と、聞いた時、私がすぐに行けと言ったのは、そんな理由である。
狡いとは思ったが、彼女を求めて止まなかった。


『行ってらっしゃいませ、白哉様・・・あら?』
彼女に見送られて任務に出ようとした時、彼女がそんな声を上げる。
「どうした。」
立ち止まって問えば、彼女は慌てたように私の羽織をまじまじと見る。


『・・・白哉様。羽織のお裾が解れております。すぐにお直しいたしますので、少々お待ちいただけますか?』
足元にやってきた彼女は懐から裁縫セットを取り出している。
「・・・構わぬ。時間がない。」


『駄目です!解れた裾が引っかかりでもして、白哉様に何かあったら一大事にございます!ちょっと、失礼いたしますよ、白哉様。』
勝手に縫い始めようとする彼女に内心ため息をついて、羽織を脱いだ。
『白哉様・・・?』
彼女は不思議そうにこちらを見上げてくる。


「お前に預ける。」
それだけ言って彼女に羽織を差し出す。
ぽかんとしている様子の彼女はそれを受け取ろうとはしなかったが、時間が迫っていたために彼女の頭に羽織をかけた。
彼女の肩にかける事をしなかったのは、彼女の身長では羽織を引きずってしまうため。


「私が帰るまでに直しておけ。・・・では、行く。」
『・・・え!?ちょ、白哉様!?だ、だだ駄目です!大切な、羽織ですのに・・・!!』
羽織の中から焦ったようなくぐもった声が聞こえたが、それには答えずに瞬歩を使う。
『白哉様!?白哉様ー!!』
後ろから聞こえてきた彼女の叫びに、小さく笑った。


・・・遅くなってしまった。
既にあたりは暗い。
任務の後、急に総隊長に召集され、そのまま駆け付ければ、羽織を着ていないことを指摘され、それからあれこれと長い説教があったのだ。


羽織如きで五月蠅いことだ。
内心で呟きながら総隊長の言葉を聞き流し、適当に返事をしてやり過ごす。
途中、怒鳴り声を上げられることもあったが、いつもながら無駄に元気なことだ、と、内心で呟き、やはり聞き流す。


そんなこんなで続いた説教から解放されれば、既に定刻を回っていた。
これから報告書を書かねばならぬとは、憂鬱だ。
そう思いながらも人気のない隊舎を歩いて、執務室へと向かう。
夜勤の面々がちらほらと居るが、隊舎内の明かりはほとんど消されている。


それは、執務室も例外ではなく。
扉を開ければ執務室の明かりはすべて落とされていた。
夜勤は隊舎の警備が主な仕事であるために、書類仕事をする執務室に隊士たちが居ることは稀なのだ。


仕方がない、と、最小限の明かりを付ければ、応接用のソファの上に何者かが居る。
近付いてみれば、咲夜であった。
綺麗に畳まれた羽織を大事そうに抱えながら眠っている。
これでは風邪をひく、と、彼女から羽織を取り上げ、解れが直されていることを確認してから、彼女に掛けてやる。


「・・・変わらぬ寝顔だ。」
そんな呟きと共に、頬が緩むのが解った。
すやすやと眠る彼女の頭を撫でて、己の執務机に向かう。
筆を執って、なくなりかけていた墨が足されていることに気が付いて、本当によく気が付く、と、苦笑する。


さらさらと報告書を書き上げながらも、彼女の気配を感じる。
彼女とならば、この静けささえも、愛おしい。
それに気が付いて、余程彼女に惚れているのだと改めて思う。
書き上がった報告書に印を押して、提出は明日でもいいだろうと席を立った。


真っ直ぐにソファに向かうと、羽織で彼女を包んで、抱き上げる。
『ん・・・。』
小さく身じろいだが彼女だが、目を覚ます気配はない。
これ幸いと、今日は彼女を朽木家に連れて帰ることにした。


「・・・好きだ、咲夜。」
囁くように言って、彼女の額に唇を落とす。
今は、これだけで許そう。
だが、いずれ。
内心でそう呟いて、歩を進める。


彼女が目覚めるのは、もう少し先のこと。
目覚めた彼女は、あたふたと白哉の腕の中から逃げ出そうとするのだが、白哉はそれに笑いながら、彼女を腕の中に閉じ込める。
想いが溢れて愛を囁けば、彼女は顔を赤くして、私もです、と、はにかむのだった。



2016.04.16
事あるごとに名前を呼んでしまう白哉さん。
咲夜さんも咲夜さんで、白哉さんに名前を呼ばれるのを待っているのでしょう。


[ prev / next ]
top
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -