Short
■ 種の行方

『海燕様、もしかして、朽木さんのこと、お気に入りですか?奥さんに愛想尽かされますよ?それでなくても海燕様には勿体ないお相手なのに。』
「そんなわけあるか!都は俺にメロメロだっつーの。」
『朽木さんに何かしたら、朽木隊長に潰されますよ?』
「阿呆!そんなことするか!」


隊舎を歩いていると、そんな騒がしいやり取りが聞こえてきたので、その声のする方に足を向けた。
角を曲がった先には、二人の人物。
一方は己の副官である志波海燕。
もう一方はその志波海燕の幼馴染だという己の隊の第七席、漣咲夜。

「あ、隊長!今日はお元気なんですね。何よりです。」
『・・・。』
俺の姿に気が付いた海燕はひらひらと手を振ってくる。
しかしながら、先ほどまで楽しげに海燕をからかっている様子だった彼女は、やけに大人しくなって海燕の数歩後ろに下がった。


「はは。今日は、な。お前らも元気そうだな。」
「まぁ、俺たちは年中元気ですよ。隊長と違って。お蔭で俺は忙しい。」
海燕の言葉に思わず苦笑する。
「あーあ、やっぱり、副隊長なんて引き受けるもんじゃないですね。」
「そう言ってくれるなよ・・・。」


「冗談ですよ、冗談。・・・で、お前は隊長に挨拶ぐらいしろ。」
海燕は自分の後ろで静かにしていた彼女の腕を掴んで、自分の前に押し出す。
『う!?何をするのですか!?』
驚いて振り向いた彼女に海燕は清々しい笑みを浮かべる。


「俺の後ろに隠れるとはいい度胸だな?その上隊長に挨拶がないだと?そんな奴にはお仕置きが必要だな。」
言いながら海燕は彼女の頬を抓った。
『痛い!痛いです、海燕様!!』


「じゃ、隊長に挨拶ぐらいしろ。」
『・・・。』
「ほう?志波家の家人である俺のことも無視とは。昔々お前を拾ってやったのは誰だと思ってんだよ?ん?」


『・・・か、かいえんしゃま。』
「そうだよな。この俺だよな。じゃあ、もう少し俺を敬ってもいいよな?」
『ひゃい・・・。』
「よし。じゃあ、隊長に挨拶。」
海燕はそういって彼女の頬から手を離す。


『痛いなぁ、もう。・・・思えば、昔から横暴な主だった。』
「なんか言ったか?」
海燕にじろりと睨まれた彼女は、すぐに首を横に振る。
『何でもありません。・・・はぁ。』
大きなため息をついてから、彼女は漸く俺に向き直る。


『ご挨拶が遅れて申し訳ありません、浮竹隊長。本日はお体の調子がよろしいようで何よりにございます。』
彼女は無表情でそういって頭を下げる。
「あぁ。」


『・・・では、私はこれで。仕事がありますので。』
頭を上げた彼女は、そう言うや否やすぐに立ち去ろうとする。
「おい、こら。待て、咲夜。」
『何ですか、海燕様。』
腕を掴まれて、彼女は面倒そうに海燕を見る。


「お前なぁ、愛想がないのも大概にしろ。隊長を見ろよ。いっつも馬鹿みたいに笑ってんだぞ!?少しは見習え!」
「ははは・・・。海燕、言葉がきついぞ・・・。」
苦笑しながら言えば、海燕は俺を指さした。


「ほらな!?これを見ろ。そんで見習え。」
『私には無理です。ということで、腕を離してください、海燕様。』
「頷くまで離してやらん。」
『・・・・・・はぁ。解りました。見習います。見習いますから、その腕、離せ。』
渋々と言った様子の彼女に、内心で苦笑する。


「・・・どうやら俺は、漣に嫌われているようだなぁ。」
思わずそんな呟きを漏らす。
その呟きが聞こえたのか、二人は驚いたように俺を見た。
二人に苦笑を返せば、海燕は盛大なため息を吐く。


「・・・あーもう!この馬鹿!!」
言葉と同時に拳を振り上げて、彼女の頭に振り下ろす。
ごつん、と、重い音がした。
『痛い!げんこつは痛い!そして理不尽な暴力は駄目!絶対!』


余程痛かったのか、彼女は涙目である。
しかし、何故俺に対しては無表情になるのだろうか。
彼女とは何もなかったと思うが・・・。
それとも、無意識のうちに彼女に嫌われるようなことをしたのだろうか。


「あ!隊長!隊長が何かしたわけじゃないですからね?余計なことは考えないでくださいよ。」
俺の思考を見透かしたように、海燕は言った。
「だが・・・。」
海燕の言葉に戸惑って彼を見れば、自信ありげに笑っている。


「こいつはね、隊長が嫌いなわけじゃないんですよ。むしろ・・・痛い!!!」
何かを言いかけた海燕の足を、彼女は思いきり踏みつける。
『海燕様のくせに、余計なことを言うな!』
ぎろりと海燕を睨みつけて、ちらりと俺を窺うように見る。


何故そんな風に俺を見るのか。
首を傾げれば、彼女はほっとしたように力を抜いて、海燕の足を再び踏みつける。
「痛ぇだろうが!主の足を踏むな!」
『さっきのお返しだ、横暴主!』


「この野郎・・・。」
『野郎じゃないやい!』
「じゃあもう少し女らしく振舞え!隊長の前ではいっつも無表情になりやがって!」
『そんなことわかってる!でも、駄目なの!隊長と目が合うと、駄目なんだもん!隊長、すぐ笑うから!無駄に愛想を振りまくから!あんなの狡い!』


・・・俺は今、暴言を吐かれているのか?
二人のやり取りに、首を傾げる。
しかし、彼女の顔を見れば、その顔は赤くなっていた。
その変化に、さらに首を傾げる。


「でも、嫌いじゃないんだろ?」
『そうだよ!だって、格好いいもん!こ、こんな私にも、笑ってくれるから、大好きだもん!すき、だから、緊張して、顔が強張っちゃうの!』
「・・・お前、今、隊長が傍に居るの、忘れてんだろ・・・。」
海燕に言われて、彼女は俺の方を振り向いた。


「ははは・・・。」
彼女に見つめられて、気まずく笑う。
『・・・にゃ!?な、だ・・・うわぁあああー!!!海燕様の、ばかぁあああ!!!』
彼女は叫びながら海燕を引っ叩くと、そのまま走って逃げていく。
その耳まで赤くなっていて、可愛らしいと思った。


「ったく、痛いぜ・・・。」
海燕は彼女が走り去った方向を見ながら叩かれた部分を摩る。
彼女の姿はすでにそこにはない。
それを見ていると、海燕がこちらを向いた。


「・・・隊長。」
「何だ?」
「考えてやっては、貰えませんかね。彼奴、隊長を一目見たときから、隊長のことを追いかけてんですよ。素直じゃない奴なんで、面倒だとは思いますけど。」


真面目な顔で言われて、それが真実なのだと思い知る。
「まぁ、無理にとは、言いませんけどね。でも、彼奴が本気で向かってきたら、隊長も本気で向き合ってくださいね。逃げたり、避けたりするのだけは、やめてください。」


「・・・考えたことが、なかったなぁ。嫌われているとばかり、思っていたから。」
呟けば、海燕は苦笑を漏らす。
「あの態度じゃあ、仕方ないでしょうね。」
「・・・お前は、寂しくないのか?」


「何言ってんですか。俺には、都という愛しい妻が居るんです。いつまでも彼奴の面倒を見ていられるわけじゃない。それに・・・隊長なら、構いません。幼いころ、彼奴を拾ったのは俺で、一応彼奴の主ですけど、そこまで彼奴を縛る気もありません。彼奴はもう、自分の足で歩けますから。」


「・・・そうか。だがなぁ・・・。」
困ったように言えば、海燕は呆れたように言う。
「すぐに答えを出す必要もありませんからね?まぁ、彼奴も気長に待ちますよ。じゃ、俺は仕事に戻ります。」


去っていく海燕を見送って、空を見上げる。
真っ青な空が広がっていて、太陽が燦々と輝いていた。
「・・・いい天気だなぁ。」
それだけ呟いて、自分も仕事に戻ることにした。


蒔かれた種はいつ芽吹く。
芽吹いた心は何を感じる。
感じた心はどう動く。
動いた心はその身を動かし、何を為す。
それを知るのは、未来だけ。



2016.04.15
その後の浮竹さんが、彼女のことが気になって仕方なくなっていたらいい。
浮竹さん夢のはずなのに、海燕さんの出番が多すぎますね・・・。
反省します。


[ prev / next ]
top
×
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -