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■ 網に絡まる@

『・・・なぁ、白哉。』
「何だ?」
『隊長とは、面倒なものだな。』
「そうだな・・・。」


背中合わせの二人は、げんなりとしながら呟く。
周りには数百の虚たち。
その向こうには負傷した部下が逃げ惑っている様子が見える。
二人は、二人の霊圧を察知した虚たちに囲まれ、足止めを喰らっているのだった。


『卍解するのは容易いが、隊士たちが、なぁ・・・。』
「始解だけで抜け出せると思うか、咲夜。」
『そうだねぇ・・・。隊士たちが居なければ。』
「隊士たちを見捨てるわけにはいくまい。」


『全く、難儀なことだよ。強い者は弱い者を護らなければならないのだから。・・・やっぱり、隊長に何てなりたくなかった。』
咲夜はそういってため息を吐く。
「何だ。嫌味か。」
彼女の言葉に返事をしながらこの状況をどう切り抜けるべきか思考を巡らせる。


『まさか。君のおかげで私は瀞霊廷に戻ることが出来たんだ。感謝しているさ。』
「その割には文句が多い気がするが。」
『あはは。まぁ、君の婚約者になってしまったから、周りが五月蠅くてね。ま、別にいいんだけどさ。』


「・・・不満げだな。」
『まぁね。何故、私なのか、未だにわからない。』
「その内、教えてやる。」
『ふぅん?その内、か。出来るだけ早く教えてくれよ。・・・漣家が私を家に戻そうとしている。我が兄は、余程朽木家との繋がりが欲しいらしい。』
「それは想定の範囲内だ。対策はしてある。」


『そうか。・・・で、相談なんだが。』
「なんだ?」
『この虚全てを、君に任せても?』
「それは、構わぬが。お前は何をするのだ?」


『先にここから脱出して、この虚たちの周りに結界を張って置く。君が暴れても壊れない結界をな。』
「卍解でも?」
『卍解でも。・・・行くぞ、白哉。』


咲夜は私の返事を聞くことなく虚の集団の中に飛び込んでいく。
「無茶をする。」
内心で呆れながらも、彼女の提案に乗ることにする。
彼女の霊圧が大きくなったことを合図に、千本桜を解放した。


億の刃が虚どもを呑みこんでいく。
刃に紛れて移動すれば、彼女の張った結界が現れた。
その結界に触れれば、すう、と、手が通り抜ける。
しかし、刃が通り抜けることはない。
不思議な結界だ、と思いつつも結界の中から抜け出した。


『やぁ、白哉。無事で何より。』
声のする方を見れば、彼女はひらひらと右手を振っていた。
左手が不自然に後ろに回されていることを見てとって、眉を顰める。
じい、と、見つめれば、彼女は目を泳がせた。


「・・・左手を出せ。」
『い、いや、何ともないぞ・・・?』
「出せ。」
『何ともない・・・って、痛い!』


左手を隠す彼女に近寄って、左腕を掴んで前に持ってくれば、掌から出血していた。
深く傷ついた様子のそれは、爪で切り裂かれたようである。
少なくとも千本桜の刃に触れたわけではないらしい。
そう思ってじろり、と彼女を見つめれば、息を詰まらせたようだった。


「なんだこれは。」
『いや、その、ちょっと、虚の爪に、引っかかった・・・。』
苦笑する彼女の指先から、血液が滴り落ちる。
『でも、大丈夫だ。痛いだけだから。』
そう言った彼女の表情が昔の彼女に重なった。


家を、追い出された。
彼女はあの時そういった。
漣家を追い出されたあの時。
私は兄に嫌われているから仕方がない、と、今と同じ表情で言ったのだ。
あの時と同じく、こちらが息苦しくなる。
あの、全てを諦めたような瞳に。


「馬鹿者・・・!!」
そんな彼女に、力が入る。
『い、痛い、ぞ、白哉・・・。』
痛みに顔を歪めた彼女は、抗議をするように私を見上げる。
そして目を丸くしたのだった。


『びゃ、くや・・・?何故、そんなに、苦しそうなのだ・・・?』
彼女は小さく零す。
「・・・大丈夫では、ないだろう。これほどの傷ならば、痛むだろう。何故、お前は、何も言わぬ。あの時も、そうだった・・・。」


『あの時・・・?』
「漣家を追い出された時、お前は、大丈夫だと、そういって、笑った。今も、大丈夫だと、笑う。」
『白哉・・・。』
「遠征隊に派遣されるときでさえ、そうだった・・・。」


その瞳を見たこちらの心情も知らずに、彼女は、別れも告げず、遠征に向かった。
その間の数十年、何の音沙汰もなく。
私も色々と忙しかったが、彼女の帰りをずっと待っていたというのに。
もし、彼女が還らぬ人となってしまったら、と、ずっと、考えていたのに。


「・・・馬鹿者。諦めるなど、許さぬ。一人で傷付くなど、許さぬぞ。」
睨みながら言えば、彼女は目を逸らす。
「・・・辞めろ。」
『え・・・?』
「嫌なら、隊長など、死神など辞めてしまえ。」


『・・・それは、無理だ。死神を辞めれば、私の居場所は本当になくなってしまう。私の居場所は、ここにしかないのだ。』
言いながら彼女は俯いた。
彼女の言葉が悔しくて、奥歯を噛み締める。


「朽木家に来い。私がお前の居場所を作ってやる。漣家からも、四十六室からも、お前を護ろう。」
『え?』
「・・・あの日の続きだ。約束しただろう。お前を瀞霊廷に連れ戻したら、朽木家で面倒を見てやる、と。」


『・・・それが、理由か?』
私の言葉に、彼女は色々と理解したらしい。
「そうだ。」
『だから、私を隊長にしたのか?それで、婚約者にしたのか?』


「お前を隊長にしたのは、お前を連れ戻すためだ。お前を婚約者にしたのは、お前が、変わっていなかったからだ。私の前で眠るお前を見ていたら、思い出して、しまったのだ。私は、もう、失いたくはない。お前のそんな瞳は、見たくない。お前が傷つく姿など、それを我慢する姿など、見たくはない。」


『そ、んなの、狡い・・・。』
ぽつりと呟かれた言葉は、震えていた。
『私、は、誰にも、必要とされていないのだと・・・。白哉だけが、私を見てくれていて、でも、君には、妻があったと、聞いて・・・。朽木副隊長は、本当にいい子で。』


「私がルキアを妹以上に見ているとでも思っていたのか。」
『だって、君は、朽木副隊長が大切だろう。』
「大切だ。だが、それは、妹として、大切なだけだ。」
『前の妻を、未だに想っていると・・・。』
「古い話だ。すでに、気持ちの整理はついている。」


『じゃあ、私は・・・私は、白哉の傍に居ても、良いのか?昔のように。』
「私がそう望んでいる。」
『痛いと、言ってもいいのか・・・?』
「良い。」
『もう、我慢しなくても、いい・・・?』


「当たり前だ。そもそも我慢する必要すらない。死神が嫌なら、すぐに辞めろ。私がお前を引き受けてやる。」
彼女の瞳を見つめて言えば、彼女の瞳に涙が溢れる。
「泣きたいのなら、泣け。」
彼女の顔を隠すように抱きしめれば、縋るように羽織を掴まれたのだった。



2016.04.13
Aに続きます。


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