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■ 貴方の傍に

ここまでか・・・。
虚の爪が目の前に迫ってきて、ぼんやりとそう思う。
決して、優秀な死神などではなかったけれど、それでも、あの方の下で刀を振るうことが出来て私は幸せだった。
あの方・・・朽木隊長は、私が居なくなっても前を向いているのだろう。
それは少し寂しいが、あの方は隊長で、それが当たり前で、いつも凛と前を見ているからこそ、私はあの背を追いかけたのだ。


虚の爪が腹部に刺さって、口の中に血の味が滲む。
ざあざあと降っている雨が、流れ出る血を流しているようだった。
雨と血が染み込んだ死覇装は、重い。
『朽木、隊長・・・。』
そう呟いて意識を手放そうとした時、桃色の花弁が目の前を覆った。


「・・・漣。」
私の名を呼びながら、朽木隊長が姿を見せる。
貫いていた虚が昇華されて、体が崩れ落ちそうになった。
朽木隊長は彼の誇りである白い羽織が汚れるのも構わずに、私の腰に手をまわして体を支える。
『朽木、隊長。羽織が・・・。』
「構わぬ。」


『申し訳、ありません。』
そっけなく言われて、私は小さく謝罪を口にした。
隊長の体温が伝わってきて、それが温かくて、思わず泣きそうになる。
「謝るのは私の方だ。一隊士に任せる任務ではなかった。私の判断が間違っていたのだ。・・・すまぬ。よく持ちこたえてくれた。漣は休んでいろ。」
斬魄刀を振るいながら、朽木隊長は呟くように言う。
『隊長・・・。』
その言葉に安堵して、微睡の中に引きずり込まれていった。


「・・・咲夜・・・。」
誰かに名前を呼ばれた気がして、意識が浮上する。
瞼を開けると、そこは総合救護詰所。
首だけ動かして周りを見ると、どうやら個室のようだった。
「あ、漣さん!目が覚めたんですね!」
様子を見に来たらしい山田七席が目覚めている私に気が付いて部屋に入ってくる。
私が寝ているベッドの横に来て、あれこれと質問をされた。


「・・・記憶の状態などに異常は認められませんね。意識が戻らないので、心配しました。」
安心したように微笑む山田七席に、小さく笑みを返す。
『ありがとう、ございます。』
「いえ。・・・あ、そうそう。先ほど朽木隊長がいらして、漣さんにこれを、と。」
山田七席はそういってベッド脇の棚に置いてあった風呂敷を手に取る。
「死覇装だそうです。お詫び、と、おっしゃっておられましたが・・・。」


お詫び。
そういわれて、なんだかおかしくなった。
嫌にならずに、私の傍に居てくれ。
朽木隊長のそんな声が聞こえてきて、小さく笑った。
そんなことをしなくても、私はあの方の傍に居ると決めているのに。
「漣さん?」
笑ったことに気が付いたのか、山田七席が不思議そうな顔をする。


『朽木隊長に、お礼を申し上げなければ、なりませんね。』
「そうですね。一週間ほどで退院できます。その死覇装を着て、元気な顔を見せてあげてください。大層心配されていたようですから。」
『はい。』
「では、僕はこれで失礼します。何かあれば呼んでください。」
その言葉に頷くと、山田七席は部屋から出て行った。


『・・・盗み聞きは感心しませんよ、朽木隊長。』
山田七席の霊圧が遠くなってから、私は呟くように言う。
すると、窓から朽木隊長が入ってくる。
その瞳がかすかに拗ねていて、私は思わず笑った。
「何を笑っておるのだ。」
『ふふ。申し訳ございません。』


「此の度は大変申し訳なかった。」
そういって、軽く頭を下げられる。
『そう畏まらないでください。この傷は、私のせいです。』
「だが、私は、兄の・・・。兄は私が、守ると誓ったのに。」
『白哉様は私を守ってくださいました。こうして生きていられるのは、白哉様のおかげにございます。どうか、そのようなお顔をなさらないでください。』


「・・・こんな私でも、兄は、共に歩んでくれるか。」
自信なさげな表情。
彼がこんな顔を見せるのは、きっと、私に対してだけだ。
『もちろん。それが、私の幸せにございます。』
「そうか。・・・咲夜。」
『はい?』
「・・・居なくなるな。」
『はい。私はいつでも白哉様のお傍に居ります。』
そう答えると、彼の唇が降ってきた。



2016.03.07
実は婚約者。
咲夜さんは隊長としての白哉さんに憧れ、男としての白哉さんに愛されているのです。
おそらく咲夜さんの方が年上。
公私混同をしない咲夜さんに白哉さんがやきもきしていたらいい。


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