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■ 春雷

温かくなってきて、桜が満開で、春だなぁ、何て思っていたのは先ほどのこと。
しかし、今見上げた空は、黒い雲に覆われて、昼間だというのにあたりは薄暗い。
気温も下がってきて、死覇装だけでは少し肌寒い。
季節の変わり目は不安定だなぁ、と思いつつ筆を走らせていれば、執務室の扉を叩く者があった。


入室を許可すれば、静かに扉が開かれて女性の隊士が入ってくる。
『失礼します、吉良副隊長。』
その姿を認めて、目を丸くした。
「漣君じゃないか。久しぶりだね。」


『お久しぶりです、吉良副隊長。顔と名前を憶えて頂いているようで、嬉しく思います。』
無表情で言われて、思わず苦笑する。
変わらないなぁ。


『書類をお持ちいたしました。確認のうえ、市丸隊長への提出をお願いいたします。』
苦笑する僕を一瞥して、書類を差し出してくる。
「あぁ、うん。解ったよ。」
頷きながら受け取って、書類を眺めながらちらりと彼女を見た。


彼女・・・漣咲夜は、院生時代からの同期で、クラスも同じ。
僕、阿散井君、雛森君に次いで席官入りを果たした彼女は、今、一番隊の末席に居る。
しかし、末席と言えどもそこは一番隊。
あの猛者揃いの中で席次を頂くということは、彼女の能力が高い証拠である。


霊術院時代から、何事も卒なくこなし、成績優秀、容姿端麗ときた。
基本的に無表情で愛想はない。
それを恐れる者や妬む者もあったが、イヅルは彼女のことを尊敬している。
周りの評価など関係ない、といった様子で、いつも自信に溢れているような彼女。
自分もそうなりたいと、イヅルは密かに彼女を目標にしているのだった。


ざぁ、と、水の音が聞こえてきて、窓の外を見る。
「・・・降ってきたね。」
呟くように言えば、彼女も窓の外を見たようだった。
大粒の雨があっという間に地面の色を濃くしていく。
ごろごろと遠くから音が聞こえて来たかと思えば、近くで稲妻が迸った。


ゴロゴロゴロ・・・ガッシャーン!!
時差があって、雷鳴が轟く。
「さっきまで晴れていたのにね。青天の霹靂ってやつかな・・・って、漣君?」
言いながら彼女に視線を移すが、彼女は先ほどいた場所に蹲っていた。
両耳を押さえて。


「ど、どうしたの!?」
その姿に目を丸くしながら、書類を放り出して彼女に駆け寄る。
その時また稲妻が光って、雷鳴が轟く。
彼女の体がびくりと震えたのが解った。


「もしかして、雷が怖いのかい・・・?」
その問いに返事は返って来なかったが、状況からしてそうなのだろう。
「・・・大丈夫だよ、漣君。落ち着いて・・・うわぁ!?」
声を掛けながら彼女の肩に手を乗せれば、彼女の顔が挙げられて、勢いよく飛びつかれた。


その勢いに、盛大に尻餅をつく。
結構痛かったなぁ、今の。
内心で呟きながら、自分の胸に顔を埋めて縋りつくように死覇装を握ってくる彼女を見る。
未だ震えているのを見てとって、落ち着かせるように彼女の背中を撫でた。


「大丈夫だよ。すぐにどこかへ行ってしまうから。」
『・・・き、らくん。』
「そう呼ばれるのは久しぶりだね。いつもそれでいいのに。」
『ご、ごめ・・・。わた、し、雷だけは、どうしても、駄目なの・・・。』
震えながら話す彼女に、小さく笑う。


「そうなんだ。漣君にも苦手なものがあったんだね。」
出来るだけ穏やかにそういって、彼女の背中をポンポンと叩く。
「大丈夫、大丈夫。・・・雷は遠くなっているよ。光ってから音が聞こえるまでの時間が長くなっている。雨も弱くなってきたし。あぁ、雲の間から太陽の光が見えてきた。」


『・・・ほんとう?』
「うん。音も遠くなってきただろう?」
僕の言葉に、彼女は耳を澄ませたようだった。
『・・・本当だ。雨も止んだ?』
「止んだみたいだね。」


『よかった。・・・ごめんね、吉良君。ありがとう。』
漸く僕から離れた彼女は、顔を上げて微笑む。
その微笑に、思わず見惚れてしまった。
彼女が笑うのを見たのは、初めてのことなのだ。


『吉良君?』
「・・・い、いや、いいよ。そ、それより、少し、離れてくれると・・・。」
不思議そうに顔を覗きこまれて、恥ずかしくなる。
目を逸らしながら言えば、彼女は自分が何をしているか理解したようだった。


『ご、ごめん!だ、抱きついたりして!』
焦ったように顔を赤くした彼女に、僕の顔も赤くなった気がした。
「いや、だ、大丈夫だよ。僕の方こそ、ご、ごめんね。勝手に触れたりして。嫌だったよね・・・。」


『そんなことないよ!き、吉良君、は、私を落ち着かせようとしてくれただけで・・・。そもそも抱きついたのは、私、だったし・・・。いつも、誰かが傍に居ると、とっさに抱きついてしまうの。この間は檜佐木副隊長にもご迷惑をおかけしてしまって・・・。』


「檜佐木さんは気にしていないと思うよ。むしろ、役得だったと思っていると・・・。」
『え?』
僕の言葉に彼女は首を傾げる。
「い、いや、なんでもない。で、でも、気を付けてね?相手によっては勘違い、するかもしれないし・・・。」


『そ、そうだよね!ご、ごめんね、吉良君。勘違いされたりしたら、吉良君が迷惑だよね!本当にごめん!』
「いや、僕は、別にいいけど、漣君が、困るだろう・・・。」
『そ、そんなことは・・・ないよ。』
「え・・・?」


『い、いや、違う!ごめん!今のは忘れて!本当にごめん!さっきは、ありがとう!本当に助かった。それじゃ、私、仕事に戻るね!市丸隊長に、書類、渡してね!』
慌てたように立ち上がった彼女は、そういって一礼するとわたわたと執務室から出て行った。


「・・・え?今のは、一体・・・。」
彼女の背中をぽかんと見送ったイヅルの呟きが人の居ない執務室に響く。
彼女の焦ったような言動と、赤くなった顔が頭の中で何度も再生される。
自惚れそうだ・・・。
あの言葉の意味からすると、彼女が僕に好意を持っているのだ、と。


いやいや。
落ち着け、僕。
そんなことはない。
だって、彼女は、あんなに綺麗で、才能もある女性だ。
僕なんかを見ているわけがない。


「・・・うん。そうだよね・・・。」
内心で思ったことに、声を出して同意する。
「・・・仕事に戻ろう・・・。」
若干落ち込みながら小さく呟いて立ち上がると、席に着いて筆を執る。
それから何事もなかったように書類を捌き始めた。


それから三日ほど後。
再び春の雷が鳴った時、咲夜とイヅルは同じ場所に居た。
三日前と同じことが起こって、顔を赤くしながら申し訳なさそうに謝る彼女に、イヅルは思わず笑ってしまう。


『な、何を、笑っているの?』
「ふふ。ごめん。なんか、漣君って、可愛いんだね。」
『な!?』
「冷静な漣君しか知らなかったからなぁ。」
『わ、私、冷静なんかじゃ・・・。』


「あはは。うん。そうみたいだ。・・・ねぇ、漣君。」
『な、何?』
「雷が鳴ったら、僕のところにおいで。」
微笑みながらそう言えば、彼女は目を丸くして動きを止めた。
そんな彼女に笑って、返事を聞かずに彼女に背を向けるとその場から立ち去る。


それからは雷が鳴るごとに三番隊に咲夜が駆け込んできて、イヅルに抱きつく姿が目撃されるようになる。
そしてイヅルはある噂を耳にした。
漣咲夜は、吉良副隊長に想いを寄せている、と。


それを聞いたイヅルは、緩む口元を押さることが出来なかった。
次に、彼女が僕の元に来たときには。
その時には、彼女の色々な表情を見たときに芽生えたこの感情を、彼女に伝えよう。
噂を聞いた市丸にからかわれながらも、イヅルはそう決心する。
二人が恋仲になるまで、あと少し。



2016.04.11
雷に怯える咲夜さんを落ち着かせる吉良君。
咲夜さんは周りから妬まれる自分にも普通に接してくれる吉良君に、長年想いを寄せていたのだろうと思われます。


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