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■ 春爛漫

『隊長!桜!桜が咲いています!桜と言えばお花見です!ということで、隊長、今日、お花見しましょう!皆で!』
執務室に駆け込んできた女は、瞳を輝かせて、そう言った。


この忙しい時期に、花見だと?
新年度が始まって、新入隊士が入ってきて、日常業務のほかに新人の指導までしなければならぬというのに。
その上、顔合わせやら挨拶やらで忙殺されているというのに。


「・・・そうか。そんなに仕事が欲しいか。」
『違います!お仕事はいりません!』
きっぱりと言われて、頭を抱えたくなる。
私とてこれ以上の仕事はいらぬ、とも思うのだが。


「戯言は聞かぬ。」
『戯言などではありません!正当な理由があります!』
「ほう?申してみよ。」
『息抜きです!!』
「・・・は?」


『あのですね、今、皆、忙しいじゃないですか。』
「そうだな。」
『私でさえ机に書類が山盛りでして。見てくださいよ、私の机。』
言われてちらりと彼女の机を見やる。
今にも崩れそうなくらい書類が溜まっていた。
「・・・そのようだな。」


『まぁ、全力を出せば、あのくらいすぐに終わるのでそれはいいのですが。というか、そのくらいのことが出来ないと、朽木隊長の下で三席なんか務まりませんし。副隊長は書類整理が得意ではありませんからね。むしろ、不得意。』
部下にはっきりとそう言われてしまう恋次が憐れではあるが、それについては私も同意する。


『副隊長云々は置いておいてですね、皆、疲れ切っています。』
執務室内を見渡せば、ほとんどの者が書類に埋まっていて、顔は見えないが、くたびれた気配が漂っている。
窓の外の春の爽やかさとは正反対で、ため息を吐きたくなる。


『ですから、皆にニンジンをぶら下げましょう!楽しいことがあるならば、皆、頑張ることが出来ます!だから隊長、お花見しましょ?』
楽しげに言われて、心が揺れる。
いい加減、執務室に籠るのも飽きているのだ。
室内に充満する紙と墨の匂いすらも鬱陶しくなっている。


「・・・好きにしろ。」
そう言うと、彼女は表情を輝かせた。
『やったぁ!ありがとうございます、朽木隊長!』
「但し、仕事の期限は守ってもらう。お前だけではない、全員だ。」


『もちろん!お任せください!・・・よーし!皆さん!今日はお花見ができますよ!』
彼女が大きな声で言えば、執務室のあちらこちらから歓声が上がった。
『用意は私がやっておきますので、お仕事をすべて終わらせてから参加してくださいね!今日も一日頑張りましょう!』


「お疲れ様でした!お先に失礼します!」
「お疲れ様でした!!」
「あ、ちょっと、待って!・・・私もお先に失礼します!」
「やっと、やっと終わったぁー!!」


定刻の鐘が鳴るころ、次々とそんな声が上がる。
彼らは晴れ晴れとした様子で、花見の席へと向かっていく。
『皆さん、楽しみましょうね!』
漣がそう声を掛ければ、皆が笑顔になった。


彼女は自分の仕事をあっという間に処理すると、花見会場の設営に取り掛かる。
一体何時から準備をしていたのか、これまたあっという間に会場が整えられていき、内心舌を巻いた。
その様子を見ていた隊士たちもまた、己の仕事を熟していく。
この分ならば、皆が花見に参加できそうだった。


しかし、先ほどから気になることがある。
白哉は眉を顰めながら、手元の書類を眺めた。
綺麗な字で書かれていて、誤字脱字もない。
模範のような書類。


一体、これで何枚目だ・・・。
内心で呆れつつも、先ほどからその書類を見るたびに取り分けている。
すでに数十枚ほど重なっていた。
その見覚えのある字は、間違いなく漣のもの。
隊士たちの提出する書類に紛れ込ませてあるが、白哉はそれを目聡く見つけては取り分けているのだった。


『・・・あれ?隊長?後はもう隊長だけですよ。』
彼女の書類をとりわけながら仕事をしていると、いつの間にか執務室は私と漣だけになっていた。
どうやら隊士たちは我先にと、花見に向かったらしい。
現金なものだ、と、内心で呟く。


『やっぱり、隊長は最後ですか。まぁ、仕方ありませんね。隊士たちの書類を確認しなければならないのですから。手伝いますよ。』
言いながら彼女は私の机の上に積まれている書類を手に取る。
「手伝いなどいらぬ。先に行け。・・・お前は十分に手伝いをしているだろう。」


彼女から書類を取り上げながら言えば、彼女は目を丸くした。
『気が付いていらしたのですか・・・?』
「こちらの山は、全てお前が処理したものだ。」
視線でそれを示すと、彼女はその書類の山に積まれているのが己の処理した書類だということに気が付いたようだった。


『これ、全部、取り分けたんですか?』
目を丸くしながら、彼女は私を見る。
「そうだが?」
『紛れ込ませておいたのに・・・。』
彼女は拗ねたように言った。


「私がお前の字を見間違えるはずがない。・・・優秀すぎるというのも、考え物だな。」
そういってため息を吐けば、彼女は唇を尖らせる。
『隊長には敵わないなぁ。副隊長には気付かれなかったのに・・・。』
「私を欺くなど千年早い。」


『それじゃあ、千年後に出直します。・・・というわけで、この書類、私がやってしまいますね。隊長は、先にお花見に行ってください。』
そういって書類を取り上げられる。
「どういうわけだ・・・。」
『ふふ。いいから、行ってください。私も後から行きます。』


「それは私の仕事だ。お前が先に行け。」
『駄目です。それでは意味がありません。』
「意味がない?」
彼女の言葉に首を傾げれば、彼女はしまった、という表情をした。


『・・・いや、それは、どうでもいいじゃないですか。』
「どうでもよくないから聞いている。」
『どうでもいい理由ですので、お気になさらず。』
「どうでもいい理由ならば、聞いてもよかろう。」
何かを隠しているような彼女を見つめれば、ふい、と、目を逸らされた。


『・・・・・・だって、隊長が、一番仕事が多いじゃないですか。』
「隊長だからな。」
『それで、一番お忙しい。昼も夜も関係なく。』
「まぁな。」
『だから、隊長に・・・息抜きを、して頂こうと・・・思ったのに・・・。』


意外な理由に、目を丸くする。
『それなのに、私が処理した書類をわざわざ取り分けて、普段よりも仕事が増えているし、結局最後まで残っているしで、それじゃあ、意味がありません。隊長に息抜きをして頂くために、頑張ったのに、裏目に出ているなんて・・・。』


呆れた奴だ。
全て、私のためだというのか。
花見も、この書類の山も。
彼女の顔を見れば、拗ねているようで、ふ、と、口元が緩んだ。


『何を笑っているのですか・・・。』
不満げに言われて、口元を隠す。
『口を隠しても目が笑っています・・・。』
じとり、と、見つめられて、さらにおかしくなる。


「馬鹿者。人の心配などしている場合か。」
『えぇ、ひどい。隊長のために頑張ったんですよ?』
「私はそれほど柔ではない。」
『それは、解っていますけど・・・でも、どんなに強くても、どんなに優秀でも、休息は必要です。だから隊長、先に行ってください。』


「まだ言うか。」
『いくらでも言います!』
はっきりと言われて、内心苦笑する。
「・・・では、半分任せる。」
『半分と言わず全部でも結構ですよ?』


「半分だ。」
書類を半分に分けて手渡せば、彼女は不満げながらもそれを受け取った。
『半分・・・。』
「これが終わったら、お前と共に花見に行こう。仕事に追われて花見をする余裕もなかったからな。」


『それじゃあ、全部渡してくれればいいのに・・・。』
「それでは意味がない。」
『意味?』
首を傾げる彼女に、小さく笑った。


彼女の気遣いを、嬉しく思う。
彼女のさり気ない優しさが、私を含めた隊士たちの心を軽くしたのだ。
今頃、隊士たちは皆楽しんでいることだろう。
この花見を提案したのは、彼女だということを忘れて。
その場に彼女が居ないことに気が付く者は、恐らくいないだろう。


では、誰が彼女を気遣うのか。
今、それが出来るのは、私だけ。
私とて、彼女にも息抜きが必要だと思うのだ。
私の、優秀で、心優しい部下。
彼女に体を壊されでもしたら困るのだ。


「・・・休息が必要なのは、お前も同じだろう。早くそれを終わらせろ。花見に行くぞ。」
私の言葉に彼女は目を丸くした。
それから嬉しげに笑って、己の机へと向かう。


四半刻も経たないうちに処理を終えて、二人で花見会場に足を運ぶ。
彼女と見上げた桜は満開で、風が吹けばひらり、ひらりと花弁が舞った。
『綺麗ですね、隊長!』
隣の彼女は無邪気に笑って、私を見る。
その笑顔に、どくり、と、心臓が大きく脈打った気がして、首を傾げるのだった。


春爛漫。
桜は咲き誇り、彼女が笑う。
鳥が歌い、透き通った風が通り抜ける。
舞う花弁はどこまでも遠くへ。
隣の彼女はすぐ近く。
春は、始まりの季節。



2016.04.05
優秀な部下にはちょっと甘い白哉さんでした。
あちらこちらで桜が満開ですね。
桜と言えば、白哉さん。


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