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■ 万能薬 後編

ひらひらと羽織を翻して去って行った京楽を見送って、咲夜を見る。
彼女は京楽の背中を睨みつけているようだった。
しかし、こちらの視線に気が付くと、ばつが悪そうな表情になる。
「・・・まぁ、座るといい。」
立ったままの彼女に言えば、彼女はその場に座り込んだ。
膝を抱えるようにして。


これは、何かあったのだ。
さっきの表情といい、この座り方といい。
彼女が何かを隠している証拠である。
そして、それを言おうかどうか悩んでいるのだ。
長年の付き合いから、浮竹はそれを見てとった。


「・・・変わらないなぁ、お前。」
くすりと笑みを零せば、彼女は首を傾げた。
『変わらない・・・?』
「あぁ。何かあると、すぐに膝を抱えて座る。口をへの字に曲げながら。・・・俺に聞かせてはくれないか。何があったのか。」


穏やかに問えば、彼女は拗ねたように口を閉じる。
それから暫くして、口を開いた。
『・・・浮竹には、言わない。』
「何故?」
『・・・・・・格好悪いから。』


それだけ言って、彼女は再び口を閉じた。
暫く待ってみるも、彼女が口を開く気配はない。
ただ、拗ねたように小さくなって膝を抱えていた。
その姿は可愛いが、俺に話してくれないことが少し悔しい。
京楽はその理由を知っているようだったから尚更。


「・・・それじゃあ、京楽から聞き出すからいい。」
それだけ言って、机に向かえば、彼女からは焦ったような気配が漂ってくる。
そんなの狡い、という思いと、結局知られるのならば自分で話した方がいい、という思いがごちゃまぜになっているのだろう。
それでも口を開かないところを見ると、余程言いにくいことらしい。


無理に聞き出そうとすればするほど、彼女は口を閉ざす。
こういう時は、ただ待つ方がいい。
そう思って、さらさらと書類に筆を滑らせはじめる。
仕事に戻れとも、ここに居ろとも言わないのは、彼女への無言の圧力である。
わざと咲夜を手持無沙汰にしているのだ。
こちらは話すまで待つぞ、という意思を含ませて。


『・・・・・・浮竹は、何故、私なんだ・・・?』
彼女があまりにも口を開かないものだから、書類に集中していて、危うくその言葉を聞き逃すところだった。
一瞬遅れてその言葉を理解して、目を瞬かせる。
内心で首を傾げながら、彼女に視線を向けた。


未だに膝を抱えて小さくなっている。
どこか落ち込んでいる様子に首を傾げながらも、彼女の問いに答えることにする。
「何故、と言われてもなぁ。お前だから、としか。・・・いや、なんというか、お前がいいと、思ったというか・・・言葉にするのは、難しいな。」


『・・・私で、後悔しない・・・?』
自信なさげに問われて、思わず笑う。
「しないさ。・・・むしろ、それを問うべきなのは、俺の方だろう。お前は、俺が相手で後悔しないか?」
『しない。私だって、浮竹・・・十四郎が、いい。』


・・・これが無意識だったら、俺は一体どうすればいい。
急にそんなことを言われては、動揺するだろう・・・。
それを示すように持っていた筆の先が震えて、墨が少し飛んだ。
しまった。
やり直しじゃないか。


・・・まぁ、とりあえず、これは後回しでいいだろう。
書き損じた紙を丸めてくずかごに投げ入れる。
筆をおいて、彼女に体ごと向き直った。
俯く彼女の耳が赤くなっていることに気が付いて、思わず笑みを零す。


「俺も、咲夜がいい。・・・俺とのことで、何か言われたか。」
そう問えば、彼女は沈黙する。
どうやら図星のようだった。
彼女との噂が、護廷隊に広まっていることを知っている。
その噂を流した犯人も。
その噂がどう広がっているのかも。


『・・・浮竹隊長は、皆の浮竹隊長だったのに、って。』
「そりゃあ、隊長はみんなの隊長だろう。」
『それじゃあ・・・。』
「だが、俺は、浮竹十四郎は、皆の浮竹十四郎などではない・・・と言っても、お前は納得しないだろうな。」
笑いながら言えば、彼女は無言で肯定した。


「なぁ、咲夜。」
『何だ・・・?』
「俺は、漣咲夜は俺のものだと、言いたい。」
『え・・・?』
真っ直ぐに言えば、彼女は顔を上げた。
その瞳は見開かれている。


もし、お前もそうならば。
自分の立場が気になるのならば。
俺は、お前に覚悟を示そう。
俺の隣に居るのは、お前なのだと、何度でも伝えよう。


「・・・俺の、妻になってくれないか。俺は、体が弱いし、隊長なんかをやっているせいで、夫としての務めを果たせないこともあるだろう。お前に心配をかけるだろうし、お前を悲しませるかもしれない。だが、俺は、お前とともに、歩みたい。俺は、お前が好きだ。漣咲夜が、好きなんだ。だから、俺と、夫婦になってくれ。」


するするとそんな言葉が出て来たことに、自分でも驚く。
ずっと前から用意していたようだ。
そう思って、内心苦笑する。
実際、ずっと前から用意していたのかもしれない。


見つめ合いながら、暫し沈黙する。
彼女の眉根が寄せられて、その瞳に光るものがあって、それが大きく膨らんで、彼女の瞳から落ちた。
膝を抱えていた彼女は立ち上がって、勢いよく抱きついてくる。
驚きながらも彼女を受け止めた。


『・・・な、なんで、うきたけは、そうなんだ。私の、不安なんか、お見通しで、なんで、そうやって、余裕なんだ。』
泣きながら言われて苦笑する。
「余裕なんかないさ。きっと、俺の方が数倍格好悪い。さっきだって、お前が京楽に腕を引かれていて、その上、お前の困りごとを京楽は知っているようだったから、なんというか・・・嫉妬、なんだろうな。この感じは。」


『嫉妬、なんてするのか?』
「するさ。」
『だって、私は、仏頂面でいつも機嫌が悪そうだと・・・。だから、恋人になるのは、難しいって・・・。』
「誰がそんなことを言ったんだ?」
『・・・隊士、たちが、噂話をしていて・・・。』


彼女の言葉に納得する。
だから、彼女の沈黙が長かったのだ。
自分が周りからそう評価されていることに小さく傷ついて、それからそんな自分が俺の隣に居てもいいのか、と、不安になったのだ。


「・・・馬鹿な奴だなぁ。」
言いながら彼女を抱きしめる腕を強くする。
『ば、馬鹿って、いうな。』
「でも、可愛い奴だなぁ。」
『かわ!?』


「周りが言うほど、お前は無表情じゃない。今だって、泣いているし、さっきは顔を赤くしたり、目を丸くしたり。お前のことを無表情で仏頂面で機嫌が悪そう、などというのは、お前を知らない奴らだ。でも、俺は違う。俺は、お前が笑うことも、泣くことも、驚いたり、怒ったりすることを知っている。お前が俺のことをよく知っているようにな。」


『・・・自意識過剰。』
「はは。今、拗ねただろ。」
からかうように言えば、図星だったのか彼女は言葉を詰まらせた。
「噂話をしていた奴らは、こんなお前を想像することすら出来ないんだろうなぁ。皆に見せてやりたいよ。・・・でもな、そんなお前を知っているのは、俺だけでいい、なんて。そんなことを思ったりもする。」


独占欲、というのだろう。
京楽にさえ、彼女に触れて欲しくないのだから。
自分にこんな独占欲があるなどと、思いもしなかった。
彼女と想いが通じてから、いや、もっと前から、彼女を独占したかったのだ、俺は。


「俺なんかでいいのだろうか、と、何度も自問自答する。決まって答えは、俺には勿体ない、ということに辿り着いて、落ち込むし、不安になる。お前も、そうか?」
『あぁ・・・。』
「そうか。同じだな。それじゃあ、お互いが安心できる確固たる繋がりが欲しいと思わないか。」
『うん・・・。』


「じゃあ、もう一度言うぞ。・・・咲夜。顔を上げてくれ。」
腕を緩めれば、彼女はゆっくりを顔を上げた。
「俺の、妻になって欲しい。結婚、してくれないか。」
彼女を見つめれば、彼女の瞳から再び涙が零れ落ちた。


『・・・はい。ふ、不束者、ですが、よろしくお願いします。』
涙を流しながら笑った彼女は、とても美しかった。
柔らかく、穏やかなその瞳が、俺の全てを包み込むようで、彼女を見るだけで、元気になることが出来る。
まるで、万能薬。
そう思って、確かにそうだ、と、思わず笑ってしまった。


数か月後。
盛大な祝言が開かれる。
多くの者たちが祝いに駆け付け、二人を見て納得する。
互いを見る瞳は穏やかで、隣に居るのが当たり前。


そんな二人に、噂は変容する。
浮竹隊長の隣に立つことが出来るのは、漣咲夜だけだ、と。
その噂を聞いた二人は苦笑して、それから幸せそうに笑ったのだった。



2016.04.03
続編を、との声は大変嬉しかったです。
ご期待に添えましたでしょうか。
この二人は、京楽さんが上手く見守ってくれるのだろうなぁ、と思います。
リクエストありがとうございました。


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