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■ 万能薬  前編

「あの人だよ。浮竹隊長の婚約者。」
「え?そうなの?」
「そうそう。浮竹隊長と京楽隊長の同期で、確か・・・漣咲夜。」
「漣咲夜って言えば、十三番隊で浮竹隊長の世話をしている人でしょ?」
「そうらしい。」


「えぇ?でも、その人って、怖いって話じゃない。私の同期が十三番隊に居るんだけど、すっごく厳しいって。それに、いつも仏頂面で機嫌が悪いみたいだって。」
「そうなのか?まぁ、確かに無表情だけど・・・でも、意外と美人だよな。」
「何?あんたの好み?」
「ははは。いや、まぁ、恋人になれと言われると、難しいが。」


「でも、あの浮竹隊長がねぇ?ちょっと、ショック。」
「私も。なんていうか、浮竹隊長は、誰のものにもならないと思ってた。」
「そうそう。皆の浮竹隊長だったのにねぇ。」
「お前ら、それ、失礼だぞ・・・。」


・・・聞こえている。
いや、わざと聞こえるように言っているのか?
咲夜はそう思いながらも書類を指定の場所に配っていく。
『・・・はぁ・・・。』
思わず出たため息は、酷く重い。
彼らの言葉を真に受けるわけではないが、思い当たる節もあって、少し落ち込むのだ。


「あら?咲夜ちゃんじゃないの。ため息なんかついて、どうしちゃったの?」
後ろから現れた京楽に動じることなく、彼女は書類を配る。
「え、ちょっと、咲夜ちゃん?無視?」
『・・・私は仕事中です。京楽隊長もお仕事に戻られてはいかがですか?先ほどから貴方の副隊長がお探しですよ。』


「うん。知ってる。だから、浮竹のところにでも行こうかなぁ、と。」
悪びれもなく言い放つ京楽に、咲夜は二度目の大きなため息を吐く。
『浮竹隊長を巻き込むのはおやめください。総隊長からのお叱りは、浮竹隊長のお体に障ります。』
「あはは。それ、山じいに言ってあげれば?」


『・・・言っても伝わらなかったんですよ。』
げんなりとしながら言えば、京楽は笑う。
「流石咲夜ちゃん。山じいにそんなこと言ったの?」
『はい。でも、十四郎には手加減してやっている、と。・・・手加減してあれって、京楽隊長は一体何時間お説教を喰らっているのでしょうねぇ。』


「嫌だなぁ。僕がいつも怒られているみたいな言い方やめてよ。」
『実際、いつも怒られているでしょう。』
「あはは。まぁ、いいじゃないの。・・・さて、書類の配分も終わったようだし、雨乾堂に行こうか。」
京楽はそういって咲夜の腕を掴んで歩き出した。


『は?いや、ちょっと、待ってください。』
「待たない。ここに居るのが見つかったみたいだし、逃げなくちゃ。」
『逃げなくちゃって・・・。』
呆れた視線を送るも、本人は気にしないらしい。
それどころか、楽しげである。


「しかしまぁ、いい具合に噂されているようだねぇ。」
歩きながら、のんびりと呟く。
『・・・誰かが噂を流したとしか、思えないな。「誰か」が。』
じとり、と京楽を見上げるが、彼は鼻歌でも歌いだしそうなくらいご機嫌だ。


『・・・何かいいことでも?』
「いや?・・・いや、うん。」
『どっちだ・・・。』
「あはは。浮竹は今日も元気だからねぇ。」
・・・何故それを知っている。
内心で呟いて、どうせサボりがてら浮竹の様子を見に行ったのだ、と、彼の副官に同情する。


「大切な友人が元気だと、嬉しいよねぇ。あ、もちろん、咲夜ちゃんが元気なのも嬉しいよ?・・・良かったねぇ。」
何が、とは言わないが、何が良かったのか解ってしまう。
『・・・京楽の、せいだ。』
自分でもわかるくらい、拗ねた声が出た。


「僕のお蔭、でしょ?」
『恩着せがましい。面白がっていたくせに。お前が浮竹の気持ちに気づいていなかったとは思えない。』
「まぁ、それはそうだけどね。・・・でも、君たちに幸せになって欲しいと思っているのは本当だよ。」


『・・・それは、ありがとう。』
小さく呟けば、京楽に笑われた。
『笑うな!』
「いや、ごめんごめん。」
謝りながらも目が笑っていて、納得がいかない。


「さぁ、着いたよ。・・・浮竹、居るかい?」
言いながらも、返事が返ってくる前に雨乾堂に入っていく。
腕を掴まれたままの私もそのまま中に引きいれられた。
浮竹は京楽には驚かなかったが、続いて入ってきた私を見て目を丸くする。


「どうしたんだ?」
『いや、その、京楽、が・・・。』
困ったように京楽を見上げれば、彼は楽しげに笑う。
「咲夜ちゃんが困っているようだったからねぇ。大きなため息も聞こえたし。」


・・・京楽なんか、嫌いだ。
私がため息をついていた理由もすべて解った上で、浮竹にそれを伝えたのだ。
これでは、この後浮竹に聞かれてしまうじゃないか。
横目で睨むが京楽は動じない。
ちらりと浮竹を見れば、何やら複雑な顔をしていた。


「まぁ、そういうわけだから、浮竹、彼女の話を聞いておやりよ。」
京楽はそういって私の腕を引っ張って浮竹の方に私を動かした。
「じゃ、僕は仕事に戻るよ。僕の副官が探しているみたいなんだよねぇ。まったく、困っちゃうよ。」
私の腕を離した京楽は、それだけ言い残してひらりと去っていくのだった。



2016.04.03
『安定剤』の続編を、とのリクエストがあったので書いてみました。
長くなりそうなので前編と後編に分けます。


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