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■ 珍獣使い

戸を開けようとして、中から聞こえてきた声に手を止める。
「吉良副隊長ってさ、いつも自信ないよな。」
「そうそう。いっつも暗い顔して、俺、あの人苦手だわ。」
「俺も。書類届けに行くと、憂鬱になるんだよな・・・。」
「なんで俺たちの副隊長は、吉良副隊長なんだろうな・・・。」


そんな言葉と共に聞こえてくるため息。
ため息を吐きたいのは僕の方だ・・・。
そう思うも、隣にキツネ顔の上司が居るために、何とかこらえる。
隈が出来て、胃が痛くて、顔色が悪いのは、このキツネ顔の上司のせいなのだが、当の本人はお構いなしのようだ。


そもそも、己の副官が隊士たちからこんな評価なのに、何も言わずににやにやとしているあたり、隊長としてどうなのだろうか。
いや、僕が頼りないのは事実だけれど。
もう少し、庇う素振りだけでもして欲しい。


『・・・吉良君に文句があるなら、本人に直接言えばいいじゃない。』
静かな声に、部屋の中の空気が凍った。
あぁ、彼女を怒らせるのは、やめて欲しいなぁ、なんて。
この後起こるであろう出来事に備えて、午後の予定を頭の中で組みなおす。
「大変やねぇ、イヅル。」
他人事のように呟いて、隣の上司は耳を塞ぐ。


あぁ、やっぱり、後始末は僕がやらなければいけないのか・・・。
解ってはいたが、隣の上司は助けてはくれないらしい。
人でなし。
内心で呟いて、僕も耳を塞ぐ。
それから少し、扉から離れた。


『・・・無駄口叩く暇があるなら、仕事しなさい!!!』
ガッシャーン!!!!!
唸るような声とともに、隊舎に雷が落ちる。
比喩ではなく、実際に。
障子を突き破って飛んできた破片を避けながら、また片付けなきゃなぁ、と、どこか冷静に思う。


「あーあ、イヅルが止めへんから、隊舎が壊れてしもたやないの。」
飛んでくる破片を簡単に避けながらキツネ顔が楽しそうに笑う。
「僕のせいにしないでくださいよ・・・。」
「咲夜ちゃんは、イヅルの同期やから、イヅルも同罪や。」


そんな無茶苦茶な。
そう思って視線を向けるが、彼はどこ吹く風。
「ほな、ボク、休憩してこよ。これじゃあ、仕事にならんし。イヅル、片付けとき。総隊長さんへの言い訳も考えておいてな。」
「あ!ちょ、隊長!?市丸隊長!!」


言うが早いか、隊長は、あっという間に姿を消した。
彼を捕まえようとした手が、何も掴んでいなくて、空しい。
「・・・あの、キツネ顔・・・。」
握り拳を作った手が、怒りに震える。
震える拳を破損している扉に叩きつければ、ばき、という音を立てて砕け散った。


『・・・あ・・・吉良君・・・。』
僕の姿を見た彼女がしまった、という顔をする。
「・・・漣くん。君は何度言ったらわかるのかな?いつもいつも隊舎を壊さないでくれと、僕はひと月前にも言った気がするのだけれど。」


『いや、これは、その・・・。』
「何か弁明があるかい?もちろん、僕を納得させる弁明が。」
静かに言えば、彼女は目を逸らして沈黙した。
「・・・君、今月減給。」
感情をこめずに言い放つと、彼女はびくりと震えた。


「・・・それから、後で副官室に来なさい。いいね?」
『・・・はい。』
「じゃあ、片付けるよ。悪いけど、皆も手伝ってくれるかな。これじゃあ、仕事にならないからね。」
僕が言えば、気まずそうにしていた隊士たちはそそくさと動き出した。


『漣咲夜です。吉良副隊長はご在室でしょうか。』
片づけを終えて、仕事をしていると、強張った声が聞こえてきた。
「どうぞ。」
その声が届いたのか、おずおずと戸が開かれる。
『・・・失礼します。』


入ってきた彼女は、戸を閉めて、俯く。
動く様子がないので、立ち上がって彼女の腕を取る。
そのまま腕を引いて、椅子に座らせた。
僕も隣に座って、彼女を見つめる。


『・・・ごめんなさい。』
「何が。」
呟かれた言葉にそっけなく返せば、彼女は拗ねたような雰囲気を醸し出す。
『・・・隊舎を壊したのは、反省するわ。』
「そうだね。」


『・・・吉良君が悪く言われて、嫌だったの。直接言う勇気もないくせに、陰で悪口を言う人なんか、嫌いよ。』
「だから、怒ったのかい?」
『そうよ。私は、吉良君が頑張っていることを知っているもの。何も知らない人に、あんなこと言わせておくのは嫌。・・・でも、鬼道はやりすぎたわ。』


「解っているのならもういいよ。・・・頼りなくて、ごめん。いつも、ありがとう。」
そう言って微笑めば、彼女は漸く顔を上げた。
『・・・全部、聞いた?』
「まぁね。でも、別にいいさ。隊長は楽しそうに笑っているし、君が僕の代わりに怒ってくれたし。」


『市丸隊長も居たのね・・・。』
「すぐに逃げられたけどね。あの人、僕が陰口を言われても、楽しそうなんだから。困った人だ。」
『全部聞いていたのに、私だけ減給なんて酷い・・・。』


「僕の悪口を言ったせいで減給、だなんて公私混同も甚だしいからね。でも、僕のために怒ってくれたから、困ったら僕のところにおいで。ご飯くらいなら奢ってあげるよ。」
『本当?吉良君、ご飯作ってくれる?』
「うーん・・・。忙しくなかったらね。隊長に逃げ出されると、難しいかな。」
『じゃあ、私、市丸隊長を毎日捕まえる!』


「あはは。そうしてくれると助かるよ。・・・さぁ、もう行っていい。」
『うん。ありがと、吉良君。早速市丸隊長を捕まえてくるわ!』
「はいはい。いってらっしゃい。」
『行ってきます!』


「・・・で、隊長。隠れていないで出てきたらどうですか。」
彼女を見送って、開けられている窓に向かって言えば、ひらり、と隊長が姿を見せる。
外から窓枠に肘をついて、悪戯っ子のように楽しげだ。
「ええのん?彼女、ボクのこと探しにいったみたいやけど。」


「好きにさせておいてください。」
「なんや、咲夜ちゃんには甘いなぁ。」
「五月蠅いですね。いいから仕事をしてください。期限が明日までの書類が山ほどあるんですから。」
「えぇ・・・。嫌や・・・。」
「嫌なら普段から仕事をしてください!」


イヅルにわざと捕まった市丸は、彼に腕を引かれるままに執務机の前に座る。
山ほど積まれた書類にげんなりしながら筆を執って、書類に滑らせはじめる。
筆を滑らせながら、ちらり、と、イヅルを見やった。
彼は真面目に書類に筆を走らせている。


頼りない副隊長と陰口を叩かれる己の副官。
しかし、彼らは知らないのだ。
この副官が、珍獣使いであるということを。
あの彼女を止めて、大人しくさせることが出来るのは、イヅルだけ。
それから、僕に仕事をさせることが出来るのも、イヅルだけ。


「皆、解らへんのやろなぁ。」
呟けば、不思議そうな視線が向けられる。
「何がです?」
「なんでもあらへんよ。」
笑って言えば、イヅルは奇妙な顔をしながらも仕事に戻る。
それを見て、自分も書類を終わらせるべく、久しぶりに集中したのだった。



2016.04.01
吉良君は、隊士から評判が低くても、偉い人からの評判は高そうです。
曲者たちに振り回されながらも、いつの間にか手懐けていそう。


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