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■ 君を待つ

虚に狙われた少女は、私の霊圧には臆することなく、私の刃に無防備に手を出した。
「・・・触れるな。」
静かに言えば、少女は私を見上げてくる。
ひどく、美しい少女だ。


『隊長、さん・・・?』
少女特有の鈴の鳴るような声。
耳に心地よく響く声は、私の心の奥底まで響いた気がした。
「あぁ。・・・間に合わなかったか。」


彼女の小さく白い指先から、血が流れ出ていた。
千本桜に触れて、この程度の怪我で済むとは。
掠っただけとはいえ、普通の者なら指が落ちていても不思議ではない。
そう思って彼女の霊圧を探れば、その霊圧は予想以上に大きかった。
これでは虚に狙われるのも仕方あるまい、と内心で呟きながら、彼女の指先に手を当てる。


「朽木隊長!虚の殲滅が終了しました。住民たちも保護してあります。」
恋次がやって来て、頭を下げる。
「そうか。」
彼女の指先を鬼道で治しながら静かに頷けば、恋次は不思議そうに首を傾げた。


「・・・その子は?」
「千本桜に手を出したのだ。止めたが間に合わなかった。」
私の千本桜は、刃でしかない。
多くの者を護りはするが、多くの者を傷つけもする。
彼女の傷を見ながら、改めてそう思う。
難儀なことだ、と、ため息を吐いた。


『綺麗、だった、から・・・。ごめんなさい。』
私のため息を聞いてか、少女は叱られた子犬のような顔で謝罪を述べてくる。
彼女が謝る必要などないというのに。
彼女を傷つけたのは、私の未熟さ故。
むしろ、謝るのは私の方なのだが、彼女はそれを良しとはしないだろうと考えて、口を開く。


「・・・美しいものには棘がある。覚えておけ。惑わされて手を出すな。」
『はい。』
注意するように言えば、彼女はどこか嬉しそうに、真っ直ぐな瞳で頷いた。
このような場所で、この霊圧を持っているということは、厄介者として扱われていたのだろうに、不思議な娘だ。
その瞳が好ましいと思った。


「恋次。この娘を送って行け。虚が狙ったのはこの娘だ。」
指の怪我が治っていることを確認して、恋次に言えば、頷きが返ってくる。
「わかりました。ほら、来い。帰るぞ。」
恋次は彼女の手を引いて歩き出した。
彼女はそれに素直に付いていく。


その背を見つめていると、不意に彼女がこちらを振り向いた。
目が合って、彼女は立ち止まる。
何かを問うような視線に、何か言わなければ、と思う。
ここで何も言わなければ、彼女とはもう会うことなどない気がした。
この儚げな少女をここに置いていけば、いずれ、彼女は虚に喰われるだろう。
彼女を、こんな場所で野垂れ死にさせる訳にはいくまい。


「・・・お前は霊力が高い。己の身を守るために、死神になることを勧める。」
気が付けば、そんな言葉が私の口から滑り出ていた。
『私が、死神に?』
「あぁ。」
頷けば、彼女は私を真っ直ぐに見つめてくる。


『死神になれば、私は、私だけじゃなくて、皆を、護れる?隊長さんみたいに。』
縋るような瞳に、再び頷いた。
「お前がその気になるならば。」
そう言って彼女の瞳を見返してやれば、彼女は逡巡してから口を開く。


『・・・それじゃあ、死神に、なる。私のせいで、誰かが傷つくのは、もう嫌だから。』
真っ直ぐな言葉が私の心の奥まで響く。
共鳴、とでもいうのだろうか。
千本桜が小さく音を立てた気がした。
あるいは、私の魂が声を上げたのかもしれない。


私を見つめるその瞳は、強さを宿していて、この瞳が好ましいのだ、と内心で納得する。
己が傷ついても、他人を護ると言える強さが、この娘の美しさなのだ。
理不尽さも、無常さも、全てを跳ね除けてしまうような、この強さが。
彼女の振るう刃を、見てみたい。
そう思った自分に驚いた。


「そうか。・・・名は、何という。」
『咲夜。』
「では咲夜。死神になれ。先ほどの言葉を忘れなければ、お前は良い死神となろう。護廷隊で待っているぞ。」
『はい!』


この娘は、すぐに私のもとへやってくるだろう。
彼女に背を向けながら内心で呟く。
それを心待ちにしている自分に気が付いて、内心で苦笑した。
・・・咲夜。
彼女の名を心に刻み込んで、歩を進めた。


それからすぐに、ある噂が流れてくる。
日番谷冬獅郎以来の天才が現れた、と。
咲夜と名乗るその少女は、初めて浅打を手にした瞬間に始解をやってのけた。
その噂に、思わず口角が上がる。
「早く来い、咲夜。」


その呟きを聞いたように、僅か一年で、少女は私のもとへとやってくる。
黒い着物に身を包み、己の半身を携えて。
私の背中を、追いかけて。


「・・・想像以上に早かったな。」
姿を見せた彼女に呟けば、彼女は弾けんばかりの笑みを見せた。
『朽木隊長を、六年も待たせるわけにはいきません。それに、あの時のお礼を早くしたかったのです。助けていただき、ありがとうございました、朽木隊長。』


律儀な娘だ。
内心で呟いて、彼女を見つめる。
身長こそまだ小さいが、この一年で彼女の内面は大きく成長したらしい。
一年前の所在なさげな雰囲気が払拭されている。
彼女は自分の力で自分の居場所を見つけることが出来るようになったのだ、と、嬉しくなる。


「期待しているぞ、咲夜。」
『はい。朽木隊長のお力になることが出来るように、精進いたします。』
「あぁ。待っている。」
そう声を掛ければ、彼女は嬉しそうに頷いたのだった。



2016.04.02
白哉さんは、咲夜さんを六番隊に入れるために、いろいろと策を巡らしたのだろうと思います。
そんな白哉さんを、浮竹さんと京楽さんがにやにやと見守っていたらいい。
もちろん、ルキアもこっそりそれに参加します。


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