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■ 桜の宴

「・・・お?漣じゃないか。」
護廷十三隊恒例の花見の席でお酒を配り歩いていると、そんな声が聞こえてきた。
『浮竹隊長。』
名前を呼べば、彼はいつものように微笑む。
その微笑みは、誰にでも向けられるものなのに、自分に向けられるものは特別だ、と思ってしまうのは、私の勘違いだろうか。


『一献、如何です?』
酒瓶を軽く揺らして問えば、彼は嬉しそうに頷いた。
体は弱いが、酒を呑むのは、楽しいらしい。
というよりも、酒の席が楽しいのだろう。
そんな彼に小さく笑って、彼の盃に酒を注いだ。


『楽しそうですねぇ。』
「あぁ。楽しい。漣は、楽しんでいるか?」
『えぇ。皆さん、楽しそうですし。』
「そうだな。・・・お前も呑むか?」
『よろしいのですか?』
「もちろん。」


『では、一杯だけ。』
自分の盃を取り出せば、隊長自ら酌をしてくれた。
『ありがとうございます。頂きます。』
その酒を口に含めば、芳醇な香りが広がる。
これまで呑んでいた酒と同じはずなのに、どこか甘い気がした。


きっと、浮竹隊長が傍に居るからだ。
この人の傍は、温かくて、いつもどこか、甘い。
それがとても心地いいのだ。
顔を見れば名前を呼んでくれることも、嬉しい。


彼は十三番隊の隊長で、私は、四番隊の平隊士。
階級は天と地の差があって、その上、隊まで違うのに、何故か浮竹隊長は私のことを知っていた。
一体、彼はどれほど隊士の名前を憶えているのだろう。
いつも、不思議に思う。


『・・・美味しゅうございます。』
「そうか。」
笑みを見せれば、微笑みが返ってくる。
そんな彼の髪に、一片の花びらが舞い降りた。
思わず手を伸ばしそうになって、相手は隊長だと思い直す。


『浮竹隊長、髪に、花びらが・・・。』
「うん?どこだ?」
彼は自分の髪を乱雑に梳く。
『もう少し、上です。』
「この辺か?」


『いえ、もうちょっと、左・・・。あぁ、浮竹隊長。せっかくきれいな髪なのですから、もう少し、優しく・・・。勿体ないでしょう。』
ぐちゃぐちゃになっていく髪を見かねてそう言えば、彼は目を丸くした。
「綺麗・・・?」


『え?・・・はい。その、浮竹隊長の御髪は、とても、綺麗だと、思うのですが・・・。』
「そうか。」
私の言葉に、浮竹隊長は嬉しそうに微笑む。
「それじゃあ、お前が取ってくれ。」
無邪気に言われて、思わず笑った。


『では、失礼します。』
少し隊長との距離を縮めて、彼の髪に手を伸ばす。
花びらをつまむと、さらり、と、彼の髪が流れた。
『御髪の乱れも直してよろしいですか?』
問えば、彼は頷く。


さらさらと彼の髪を梳いて、乱れを直す。
指を通る髪は、絡まることなく元に戻っていく。
それを羨ましく思いながら、彼の髪を堪能する。
ふわり、と、彼の香りが広がった。


『これで直りました。』
「ありがとう。・・・あぁ、今度は、お前の髪に花びらが・・・。」
言いながら隊長は私に手を伸ばしてくる。
さらり、と、隊長の指が私の髪を撫でた。


「よし、取れた。」
『ありがとうございます。』
お礼を言えば、頭を撫でられる。
驚いて隊長を見れば、隊長は楽しげに微笑む。
『浮竹、隊長・・・?』


「・・・漣は、綺麗だなぁ。」
しみじみと言われて、思わず赤くなる。
『いえ、そんな、ことは・・・。』
「はは。可愛いな。」
『からかわないでください・・・。』


「からかってなんかいないぞ?俺は、お前に対してはいつだって本気だ。」
『え?』
「なぁ、漣。俺がお前の名前を知っているのは何故だと思う?」
『浮竹隊長が、多くの隊士の名前を覚えておられるからです。』
「わざわざ、他隊の隊士の名前をか?それも席官ならともかく、平隊士の名前を?」


『ほかに何か理由があるのですか・・・?』
そんなことを言われたら、期待してしまう。
「あぁ。お前は気付かないようだから、もう、直接伝えようと思ってな。実は、今日、お前がここを通るのを待っていた。」
『それは、お待たせいたしました・・・?』


「俺が勝手に待っていただけだ。気にするな。」
浮竹隊長は笑って、私の頬に手を添える。
「俺は、お前に、一目惚れをしたんだ。それから、お前の名前を調べて、それで、お前の顔を見るたびに声を掛けたりした。・・・好きだ。漣。俺と、付き合ってくれないか。」


真剣な瞳に、心が震えた。
隊長の傍に居ると感じる甘さは、私の勘違いではなかったのだ。
『・・・私、などで、よろしいのですか?』
「俺は、お前がいいんだ。」


『・・・酔っていらっしゃるわけではありませんか?』
「ははは。この程度で酔うほど酒に弱くない。」
『では、本当に・・・?』
「あぁ。信じられないのなら、卯ノ花隊長にでも聞いてみるといい。お前の名前を教えてくれたのは、卯ノ花隊長だ。」


『春だから、でもなく・・・?』
「あぁ。・・・いや、春だから、お前にこんなことを言えるのだろうな。花が咲いて、鳥が鳴き始めて、いろいろなものが鮮やかになって。そうしたら、お前に想いを伝えたくなった。」


穏やかに微笑む浮竹隊長は、余裕のある様子で、騒ぎ出した自分の心臓が恨めしくなる。
普通、隊長の方が緊張するものなのでは・・・?
頭の中のどこか冷静な部分がそんな疑問を投げかけてくる。
でも、隊長の手から伝わる温かさと、その甘い瞳が、そんな疑問を吹き飛ばしてしまう。


この人の言葉は、本当なのだ。
そう思って、笑みが零れた。
「好きだ、漣。俺と付き合ってくれないだろうか。」
『・・・はい。私で、よろしければ。』
「そうか。よろしくな・・・咲夜。」


蕩けるような微笑と、甘い声。
気が付けば、彼に抱き寄せられていて、その温もりが、香りが、すぐ近くにあった。
遠慮なく息を吸い込んで、彼の香りで肺を満たす。
ひどく、幸せな気分だった。


『・・・私も、ずっと、浮竹隊長が、好き、でした。』
「そうか。それは嬉しいな。・・・なぁ、咲夜。」
『なんでしょうか?』
「名前で、呼んでくれないか。」
言いながら髪に鼻先を埋められて、そのくすぐったさに小さく笑う。


『ふふ。・・・十四郎さん。』
「なんだ?」
返ってくる声は嬉しげだ。
『好きです。十四郎さん。』
「あぁ。俺も、咲夜が好きだ。」
『ふふ。はい。』


抱きしめあう二人は、まだ知らない。
自分たちが注目の的になっていることを。
二人が注目されていることに気が付くのは、二人をからかいに来た京楽が声を掛けてから。
気付いた二人は互いに恥ずかしそうに顔を赤らめるが、それでも、幸せそうに笑ったのだった。



2016.03.30
浮竹さんが余裕なのは、咲夜さんの想いに気が付いていたから。
つまり、確信犯。


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