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■ その背を追う

目の前には、虚。
大きな口が開かれて、虚の声が木霊する。
竦んだ脚は動かなくて、周りの皆も自分が逃げるので精一杯で、私を助けようとする人もいない。
向かってくる虚を、私は震えながら見ているしかなかった。


あぁ、食べられる。
諦めて目を閉じようとしたその刹那、桃色の花弁が流れてくるのが見えた。
それからあっという間に目の前が桃色で埋め尽くされて、虚の断末魔が遠くに聞こえた。
でも、それすらも気にならないほどに、目の前の光景が美しくて、触れてみたくて、手を伸ばす。
いつの間にか体が動くようになっていることにも、気がつかなかった。


「・・・触れるな。」
突然現れた死神が、私の腕をつかむ。
人差し指に触れた花弁が、私の皮膚を切って、痛みが走る。
ぷくり、と、血が出てきて、この桃色の花弁がこの人の刃なのだ、と、何となく思った。


見上げたその人は、黒髪を靡かせて、白い羽織を着ている。
『隊長、さん・・・?』
「あぁ。・・・間に合わなかったか。」
血が流れ出た私の指先を見て、その人は無表情に言う。
でも、その声は、どこか優しくて、私の腕を止めた手は、温かかった。


「朽木隊長!虚の殲滅が終了しました。住民たちも保護してあります。」
紅い髪の死神がやって来て、隊長さんに頭を下げる。
「そうか。」
隊長さんは私の指先を鬼道で治しながら静かに頷く。


「・・・その子は?」
その様子が不思議だったのか、赤い髪の死神は首を傾げる。
「千本桜に手を出したのだ。止めたが間に合わなかった。」
『綺麗、だった、から・・・。ごめんなさい。』
ため息を吐かれて、思わず謝罪の言葉が出る。


「・・・美しいものには棘がある。覚えておけ。惑わされて手を出すな。」
『はい。』
彼の言葉に頷けば、微かに瞳が和らいだ。
「恋次。この娘を送って行け。虚が狙ったのはこの娘だ。」
「わかりました。ほら、来い。帰るぞ。」


紅い髪の死神に手を引かれて、そのまま歩き出す。
隊長さんの視線を感じた気がして振り返ると、彼はやはりこちらを見ていた。
足を止めると、赤い髪の死神は不思議そうにしながらも立ち止まってくれる。
それを見た隊長さんは、何かを考えるような間を空けてから、口を開く。


「・・・お前は霊力が高い。己の身を守るために、死神になることを勧める。」
『私が、死神に?』
「あぁ。」
『死神になれば、私は、私だけじゃなくて、皆を、護れる?隊長さんみたいに。』
「お前がその気になるならば。」


『・・・それじゃあ、死神に、なる。私のせいで、誰かが傷つくのは、もう嫌だから。』
育ての親は、私を守って死んだ。
さっきの言葉から、今日の虚も私を狙って皆を襲ったらしい。
だからいつも私は厄介者で、ここに居場所がある訳でもない。
どこに行ってもそれは同じだった。


そんな私でも誰かを守ることが出来るなら。
彼の言葉を信じて、死神になろう。
死神になって、自分の身を守れるようになって、それから、皆を守る。
この人が言うのだから、私は、きっとなれる。
そんな根拠のない自信が湧いてきた。


「そうか。・・・名は、何という。」
『咲夜。』
「では咲夜。死神になれ。先ほどの言葉を忘れなければ、お前は良い死神となろう。護廷隊で待っているぞ。」


『はい!』
大きく頷けば、隊長さんは満足そうな瞳をして、私に背を向けて歩き出した。
その背中には六の文字。
六番隊の隊長さんなんだ。
その背中を見送っていると、手を引かれた。


「さて、とりあえず、帰るぞ、咲夜。」
紅い髪の死神はそういって歩き出す。
『うん。・・・隊長さん、格好いいね。』
「そうだな。ま、あの隊長が名前を聞いたんだ。お前も頑張れよ。」
そういって笑みを向けられて、それが久しぶりのことで、泣きそうになる。


「なんだ?今頃怖くなったか?もう大丈夫だ。」
ガシガシと乱暴に頭を撫でられて思わず笑う。
『うん。ねぇ、私にも、名前を教えて?私も、聞きたい。隊長さん、お礼を言う前に行っちゃったから。後でお礼を言いに行くときに、名前を知らないと困るでしょ?』


「はは。そうだな。・・・あの人は、朽木白哉。六番隊の隊長だ。そんで、俺は副隊長の阿散井恋次だ。」
『副隊長なの?』
「あぁ。どうだ?格好いいか?」
『・・・隊長さんの方が格好いいよ。』
「・・・隊長と比べんなよ。そこはお世辞でも格好いいって言ってくれよ。」


落ち込んだような副隊長さんに思いきり声を上げて笑った。
それも久しぶりのことだった。
『阿散井恋次副隊長。助けてくれて、ありがとう。』
「礼なんかいらねぇよ。お前を助けたのは隊長だしな。」


『うん。でも、ありがとう。私、死神になるから、待っていてね。』
「おう。待っててやるぜ。ちゃんと六番隊に来いよ。覚えていてやるから。」
『解った。・・・あ、私の家、ここ。』
「そうか。じゃ、またな。気を付けるんだぞ。」
『うん。』


その背中を見送って、隊長さんの背中を思い出して、二人の背中を並べてみる。
なんだか隣に居るのが当たり前のような二人で、それが羨ましかった。
私もそこに入ることが出来たらいいと、心の底からそう思って、死神になろう、と、小さく呟いてみる。


『朽木、白哉、隊長。』
私に、死神になれと言った人。
あの人の刃と、言葉と、温もりを、私は忘れないだろう。
あの人の背中を追いかけるだろう。


あの人は待っていてくれると言った。
だから、必ず、あの人のもとへ行こう。
それで、阿散井恋次副隊長のように、あの人の隣に立つことが出来る死神になろう。


そう誓いを立てた少女に、彼女の魂が反応した。
少女が初めて刃を握るとき、反応した魂が刃に宿る。
周囲を驚かせたそれは、彼女が目指す男の耳にも届き、彼は口元に小さく笑みを浮かべた。


「早く来い、咲夜。」
その呟きを聞いたように、僅か一年で、少女は彼のもとへとやってくる。
黒い着物に身を包み、己の半身を携えて。
彼の背中を、追いかけて。



2016.03.31
白哉さんに救われて、死神を目指す少女。
純粋に自分を追いかけてくる少女を、白哉さんは大切に育てることと思われます。


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