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■ 貸し借りは清算される

『助けて、白哉!!』
そういって執務室に駆け込んできたのは、幼なじみ。
上流貴族漣家の、末の姫である。
「私は仕事中だ。そう簡単にここに出入りする・・・な・・・。」
面倒そうに彼女を振り向いた白哉は、彼女の姿に目を丸くした。


豪奢な着物。
同じく豪奢な帯。
結い上げられた髪。
それに刺さる装飾過多の簪。
化粧が施された顔。


「・・・なんだそれは。」
そんな姿に、仕事を中断することに決めて、まじまじと彼女を見る。
『お父様が阿呆なせいで、私の見合いを勝手に決めて来ちゃったの!それが、今日で。でも、相手はすっごく年上のおじさんで、なんだか気持ち悪くって・・・。』


「逃げて来たのか。」
『そう!だから、助けて、白哉!白哉なら、出来るでしょ!?』
縋るように羽織を掴まれて、見上げられる。
『っていうか、白哉、私の婚約者のふりでもしてくれない!?』
その言葉に、内心で頭を抱えた。


正直、私を巻き込まないでほしい。
その手の話は、何かと面倒事を呼ぶのだ。
婚約者のふり、を受け入れれば、いつの間にか本物の婚約者にされかねない。
それでなくても、緋真が死んで五十余年。
そろそろ妻を娶ってもいいだろうという話が絶えないというのに。


「・・・断る。」
『なんで!?』
「他を当たれ。」
『だって、白哉なら、婚約しても婚約破棄が出来るじゃない!』
真っ直ぐに見つめられて、目を逸らす。


「私にも、私の事情があるのだ。それに、私とて、他家の婚姻に口を出すことは出来ない。・・・帰れ。帰ってすぐに相手に頭を下げろ。己の父の顔に泥を塗りたくはないだろう。」
『お父様なんか、知らない!あんなおじさんは嫌!』


「我が儘を言うな。お前は、漣家の姫なのだ。」
言い聞かせるように言うが、彼女の瞳に涙が溢れてきた。
『いやだ!』
「泣くな。」
『まだ泣いてないもん!』
彼女は顔を隠すように俯く。


俯いた彼女の肩は震えていた。
気が強くて、いつの間にか周りを巻き込んでいる彼女が、震えていた。
もちろん怒りに震えている部分もあるだろうが、それだけではない気がした。
それに気が付いてしまう自分が恨めしい。
それだけ私が彼女を見ているということなのだから。


「・・・何があった。」
声を和らげて問えば、彼女の震えが大きくなる。
『・・・手を、握られて、腰に、手を回されて・・・きもち、わるかった。あの人は、いや。こわい。だから、逃げてきたの。お願い、白哉。たすけて・・・。』
俯いた彼女の瞳からぽたりと涙が落ちた。


彼女の涙を見て考える。
私が彼女の提案に頷けば、彼女も私も煩わしい見合いから解放されよう。
彼女は漣家の姫ゆえ、朽木家の者も反対はするまい。
当然、彼女の家も、相手が私ならば、私を選ぶことだろう。
そして何より、私は・・・彼女を望んでいる。


だが、彼女はそうは思ってはいないだろう。
思っていないからこそ、私のもとに来たのだ。
話を振ってきたのは彼女ではあるが、ここで私が頷くのは、彼女を騙しているような気がした。
かといって、このまま彼女の見合いを成立させるわけにもいかぬ。
彼女がほかの男の嫁に行くなど、考えたこともない。


緋真を失った私の傍に居てくれたのは彼女で、その彼女が私の傍に居るのは当たり前で。
ルキアにうまく接することが出来ない私を陰から助けてくれたのも彼女で。
だからこそ今のルキアとの関係があって。
いつの間にか、朽木家に居るのが当然で、私の特別になっていた。
それでも、形だけで、彼女の心がないのでは、この話を受け入れるのは戸惑われる。
しかし、彼女を泣かせたままでいることも出来ないのだった。


「・・・私は、平気なのか。」
『うん。白哉は触っても大丈夫。白哉の手はあったかいもん。』
「そうか。では、そのまま大人しくしていろ。」
『え・・・?』
「・・・相手の男が追いかけてきたようだ。とりあえずこの件はなかったことにして頂く。だから、大人しくしておれ。」
『うん・・・。ありがとう、白哉。』


安心したような彼女に、内心でため息を吐く。
今後どうやって彼女の心を手に入れようかと考えながら、彼女の背中に手を回した。
彼女の顔を隠すように自分の胸に押し付ける。
抵抗なく凭れ掛かってきた彼女に内心苦笑したとき、がらり、と、執務室の戸が開けられた。


「見つけましたぞ、咲夜姫。」
その声に彼女がびくりと震えたのが解った。
入ってきたのは太りぎみの小男。
私などより年上で、口元に下卑た笑みを浮かべていた。
しかし、私を見て、顔色を変える。


「朽木、様・・・。」
小さく呟いて、慌てて私に頭を下げた。
「お姿を拝見できるとは、恐悦至極。」
「・・・兄が、これの見合い相手か。」
そう問えば、男は恐る恐る顔を上げて頷く。


「大変申し訳ないが、この見合い、なかったことにして頂きたい。」
その言葉に、男は目を丸くした。
「それは、どういう、ことです・・・?」
「見て解らぬか。彼女は私を選んだ。」
男は唖然として、私を見つめてくる。


「そんな・・・。漣様は、朽木様と咲夜姫はただの幼なじみだと・・・。」
「咲夜の希望で伏せていたのだ。だが、こうなってしまっては仕方がない。明日にでも漣殿に彼女との関係を明かそう。それで良いな、咲夜。」
彼女は小さく頷く。


「・・・そういう訳故、お引取り頂こう。これに触れることは私が許さぬ。」
男に視線を向ければ、自分のしたことを理解したのか、さらに顔を青くさせた。
「隠していたことについてはこちらに非がある故、後で謝罪の品を贈らせる。すぐに退けば、彼女に何をしたか問うのはやめよう。これで如何か。」
ひたと見つめれば、男はさらに血の気をなくした。


「・・・も、申し訳ございませんでした!」
叫ぶように言うと、深々と一礼して足早に執務室を出て行く。
それを見送って、ため息を吐いた。
「・・・笑うな、咲夜。」
途中から彼女の震えが恐怖の震えから笑いを堪える震えに代わってきていることに気が付いていたのだ。


『・・・ふ、あはは!』
彼女は声を上げて笑い出す。
『ふふ・・・。白哉、良いの?絶対に勘違いされたよ?私と白哉が恋仲で、それをお父様に伝えに行くって。白哉は私のことを恋人だとは一言も言っていないのに。』
「構わぬ。好きにさせておけ。」


『ふふ。ありがと、白哉。』
「貸し一つ、だな。」
『えぇ・・・。そこは幼馴染のためとかじゃないの・・・。』
「大きな貸しだ。覚悟しておけ。」
『うーん・・・。じゃあ、今、借りを返す!』


彼女の言葉に考えを巡らせていると、胸倉をつかまれて引き寄せられた。
気が付けば彼女の顔が目の前にあって、柔らかな感触が唇に伝わってくる。
唖然としている間に唇が離されて、彼女は笑う。
その笑顔が美しい。


『・・・気付いてないと思ってた?でも残念。白哉が私をどう思っているかなんて、お見通しでした!それで、私も「そう」だから、これで借りは返すね!本当にありがとう、白哉。貴方なら助けてくれると信じていたわ。大好きよ。じゃあ、またね。お仕事がんばって。』


・・・やられた。
逃げて行った彼女を見て、内心で呟く。
彼女の言葉と、行動の意味を理解したのだ。
気付かれていた悔しさと、彼女の気持ちが私に向けられていた嬉しさが交互にやってくる。
結局嬉しさが勝って、緩む口元を掌で隠した。


「・・・覚悟しておけ、咲夜。」
今頃、自分のしたことに恥ずかしくなって赤くなっているであろう彼女に、小さく呟く。
彼女の出て行った扉を一瞥して、彼女を娶る算段を立てながら仕事に戻った。


その姿が楽しげだったことが、気配を殺して一部始終を見ていた隊士たちを通して、尸魂界全土に知れ渡るのだった。



2016.03.29
執務室での公開告白。
それが知られて、山じいに呼び出されて叱られるも、幸せな白哉さんはどこ吹く風。
そして山じいの怒鳴り声が護廷隊に響いたらいい。


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