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■ 下積み

「・・・なぁ、咲夜。」
『何だ?』
「お前はいつも、こんなことまでしていたのか・・・?」
『まぁ、そうだ。ある意味四番隊士の宿命だな。』


長くなってきた髪を結んで、襷掛けをした浮竹が手にしているのは、十三番隊士たちの死覇装である。
彼の横には、死覇装の他にも襦袢や帯などの薄汚れた洗濯物の山が出来上がっていた。


「これが、お前の言う衛生管理というやつなのか・・・?」
『そうだな。隊舎に身を寄せている者は独り身がほとんどだ。女性隊士は自分で洗濯するが、男どもはそうはいかないらしい。まぁ、褌が無くなっただけましだろう。』
淡々と答える咲夜に、浮竹は唖然とする。


「成り上がりと言われているとはいえ、お前は貴族の当主なんだぞ・・・。」
『それでも、生粋のお坊ちゃま方から見れば、弱小貴族の一人に過ぎないようだな。褌は遠慮したかったから、卯ノ花隊長に相談したが。そうしたらすぐに出してこなくなった。流石に、卯ノ花隊長の言うことを聞かない隊士は居ないらしいな。』


「俺だって、自分の洗濯ぐらい、自分でやっているぞ。」
『君は身体が弱いからな。自分でも気をつけなければならないほどに。』
「そういう問題か・・・?曲がりなりにも集団生活なのだから、互いに気を遣うのは当たり前だろう・・・。霊術院でだって、掃除や洗濯の仕方を教わったはずだぞ・・・。」


文句を言いながらも、浮竹は手を止めない。
手慣れた様子で洗っていくから、この調子ならいつもの半分の時間で終わるだろう。
これが京楽だったら、一から手ほどきをしなければいけないところだったはずだ。
本人は否定しているが、あの男は生粋のお坊ちゃまだから。


『まぁこれも衛生管理には役立つ。ちなみに、これが終わったら大浴場の清掃と厠の掃除だからな。洗濯物が乾いたら、綻びを繕い直して畳み、各部屋に配達する。そうこうしている内に任務に出かけていた者たちが帰ってくるから、怪我の有無を確認し、治療をして、必要であれば四番隊へと引き継ぐ。それから・・・。』


次々と語られる仕事内容に浮竹は頭が痛くなる。
それをこれから自分がやらなければならないということもそうだが、この目の前の彼女がこれまでそれを一人で熟していたということに。
そのうえ己の健康管理を事細かに行っていたのだ。


「・・・お前、ちゃんと眠っていたのか?」
その問いに返答はなく、よくよく見れば、咲夜の目元にはうっすらと隈が出来ている。
入隊してから化粧をするようになったのも、顔色の悪さを隠すためなのではないか。
そんな疑念が湧いてきて、彼女をまじまじと見つめる。


『・・・何だ?』
首を傾げた彼女に、浮竹は盛大な溜め息を吐く。
「俺は、本当に自分のことしか考えていなかったんだな・・・。」
『何を言っている?』


これだけの仕事を熟していた咲夜が己に割く時間などないはずだ。
それでも俺の面倒を見ていたのだとしたら。
つまりそれは、睡眠時間を削って、ということなのだろう。
そのうえ、俺が彼女の忠告を聞かなかったせいで、戦場まで足を運ばせてしまった・・・。


「・・・今後、お前の忠告には従うようにしようと思う。」
『そうか?それは嬉しいが・・・そんな話の流れだったか・・・?』
「あぁ。自分の視野の狭さに反吐がでそうだ・・・。」
落ち込んだ様子の浮竹に、咲夜は首を傾げる。


『よく解らないが、大丈夫か・・・?』
「俺は大丈夫だ。お前こそ、倒れる前に誰かを頼れ。俺でも、京楽でもいいから。」
『倒れるほどの働きはしていないと思ったがなぁ・・・。』
「お前な・・・もう少し自覚しろ。お前の話を聞いていると、明らかに働き過ぎだ。」


『他の四番隊士よりはましさ。』
此方は真面目に言っているというのに、彼女の口調は軽い。
「・・・お前に何かあれば、俺はすぐにでも元柳斎先生に報告を入れるからな。」
じろりと視線を向けて言えば、彼女は嫌そうな顔をした。


『それは勘弁してくれ。このうえ山爺のお説教など聞いている暇はない。・・・そう心配するな。少なくとも、自分の限界は弁えているから。』
相も変わらず彼女の口調は軽い。
話はこれで終わりだと言わんばかりに洗濯物の続きを始める咲夜を、浮竹は複雑な気持ちで見つめるのだった。



2022.06.01
タイトル通り下積み時代の浮竹さんと咲夜さん。
京楽さんはこういう苦労はしたことがなさそうですね・・・。


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