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■ 再来F

簪も、耳飾りも、帯も、着物も。
父が母に求婚の印として送ったつげ櫛も。
朽木邸に到着するや否や、亡くなった母が大切にしていたものが次々と出てきて、目を丸くする。
それらは色褪せることなくそこにあり、長年、大切に保管されてきたことが解った。


「直さずとも、そのまま着られそうだな。」
呆然と目の前の品々を眺めていれば、ふわり、と肩に着物が掛けられる。
それは母のお気に入りの桜色の着物だった。
朽木家の使用人が音もなく鏡を目の前に持ってきて、其処に移った己の姿に目を丸くする。


『・・・私は、こんなにも、お母様に似ていたのね・・・。』
そっと鏡に手を伸ばして、映っている己の顔に触れた。
髪の色も、瞳の色も、顔の造形も。
彼の言うとおり、着物の丈もこのままで着られそうだった。


「本当に、よく似ている。」
懐かしむような声に、涙が込み上げそうになる。
お母様はもう、本当に何処にも居ないのだわ・・・。
そして私は、母が亡くなった時と同じくらいの年頃になっている・・・。


「・・・それを着て、父君に顔を見せに行っては貰えぬか。」
ぽつりと言われた言葉に、思わず彼のほうを見る。
此方を見つめるその瞳は穏やかで。
けれど、確かな覚悟が映っていて。


『私、は・・・。』
「すぐにとは言わぬ。そなたの心の整理がついたらで良い。私も待つ。」
やっぱり彼は、傲慢だ・・・。
彼の言葉に内心で呟く。


傲慢で、不遜で、尊大で。
待つという言葉で、私の心を捕らえてしまう。
どうにか抗いたいのに、彼の声を聞いてしまえば、姿を見てしまえば、抗う術を取り上げられてしまう。


『・・・やっぱり、貴方は、酷い人ね。貴方はそうやって、自分の手の中に相手が落ちてくるのを待っている。必ず落ちてくることを知っているから。でも、私は違うわ。私はもう、あの頃のような少女じゃないもの。だから、待っていても無駄よ。』
きっぱりと言えば、彼は苦笑を漏らした。


「ならば、勝手に待つ故、気にするな。形だけではなく、そなたの心ごと手に入れなければ意味がない。」
『何を、言っているの・・・?』
「先ほどのそなたの言葉を私が聞き入れる理由はないと言っているのだ。」


『・・・呆れた人。』
「何とでも言え。私は、そなたが、漣咲夜が欲しい。」
『私は私よ。私以外の誰のものにもなりはしないわ。』
「だからこそ待つと言っている。他ならぬ咲夜が私を選ばねば意味がないからな。」


『酷い人ね。使用人が居る前で貴方がそのように言えば、貴方が何も命じなくとも家臣が動いてしまうというのに。』
彼の言葉にはそれだけの力がある。
そして、朽木家の家臣には、そうするだけの理由がある。


「家臣たちの勝手はこの私が許さぬ。」
『一度無理を通したのだから、そう簡単にはいかないわ。』
「手厳しいな。だが、それでいくと、そなたがどれ程抗おうと、私のものになるということか。確かに私は狡い。そなたの言う通りだ。」


・・・やっぱり、狡い人。
何を言っても軽く受け入れて、まるで豆腐に針を刺しているみたいだわ。
深く差せば差すほど、針は呑み込まれてしまう。
そうやって全部受け止めて、最後には丸ごと彼が呑み込んでしまうのね。


『・・・帰ります。』
「もう帰るのか?」
『早々に八番隊に戻って任務の報告をしなければなりませんので。帰りが遅くなった理由につきましては、朽木隊長のせいだとお伝えさせていただきます。』


「好きにしろ。京楽から小言を言われたところで、私は痛くも痒くもない。」
余裕な様子が憎たらしい。
昔はもっと素直で、熱くなりやすい人だったのに。
気が短くて、気長に待つなどという芸当は出来なかったのに。


『それでは、帰らせていただきます。母の形見も引き取らせていただきます。』
並べられた品々に手を伸ばそうとすれば、彼に腕を掴まれて。
「それはならぬ。」
言われた言葉に驚きの目を向ければ、彼は愉快そうに瞳を細める。


「一度に全てを引き渡しては詰まらぬ。今日の所はこの簪だけ渡してやろう。」
『な、これらは、私の母の形見ですよ!?』
「漣家の当主からは、時機をみて渡せと言われている。つまり、私がこれらの品をいつそなたに渡すかはこの私に委ねられているということだ。全てを渡して欲しくば私に会いに来ることだな。」


飄々と言い放った彼は、並べられた品々から簪を手に取って、私の髪に差した。
しゃらりと揺れたそれを満足そうに眺めてから、他の品は下げろ、と使用人に命じる。
朽木家の優秀な使用人たちは、私に待ったをかける猶予を与えることなく彼の言葉に従って。


「さて、では私も仕事に戻ろう。ついでにそなたを八番隊舎に送り届けてやろう。」
そう言って私の手を引っ張る彼の手を振りほどこうとするのだが、彼にその気はないらしい。
結局八番隊舎まで引き摺られていき、またもや愉快そうな瞳をこちらに向けて彼は去って行った。


「・・・あれぇ?咲夜ちゃん?どうしたの、こんな所で。」
己の身に起こったことに混乱していると、そんな呑気な声が掛けられて我に返る。
『何が起こったのか、自分でも、よく解りません・・・。』
「そうなの?それじゃあ、落ち着くまで僕の部屋においでよ。」


春水様は、いつかと同じように、私を隊主室へと連れていく。
隊主室で椅子に座らされても、お茶を出されても、伊勢副隊長が春水様に説教をしていても、それが終わっても、混乱したままで。
そのうえ、定刻の鐘が鳴ると同時に彼が姿を見せるものだから、もう訳が分からなくなってしまうのだった。



2020.08.21
許嫁だった咲夜さんと白哉さん。
若き日の白哉さんは相手が咲夜さんであることに不満があったわけではなく、むしろ好意的に思っていたと思われます。
出会ったのが緋真さんが亡くなった後であれば、何事もなく幸せになっていた二人な気がします。
二人がどうなるかは今後の白哉さんの頑張り次第ですかね・・・。


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