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■ 再来E

『・・・本当に、勝手な人。』
彼に愛される緋真様が羨ましくて、恨めしくて。
私を選ばなかった彼に腹を立てさえして。
それなのに、彼への想いが捨てられなくて、苦しくて。


『勝手に私の名前を呼んで、勝手に私の手を握って、勝手に傍に居ろと言う。何故今更になって、そんなことを言うの。そんな瞳で私を見るの。』
まるで私が想いを捨てられなかったことを知っているかのように。
今も昔も変わらぬ瞳で、私の心を奪っていく。


『狡い人。酷いわ・・・。本当に、酷い人・・・。私はもう、貴族の姫でもなんでもなくて、ただの未熟な死神なのに。貴方とは、違う場所に居るのに。それなのに、昔の私は選ばないで、今の私を選ぶというの?憐れみでそうしているのならばお断りするわ。ふざけないで!!』


それが本心だった。
心からの叫びだった。
また緋真様のような方が現れたら、彼は私を選ばない。
もう二度と、そんな思いをするのは御免だ。


「そなたがそのような感情を見せるのは、初めて見たな・・・。」
驚いた様子で呟かれた言葉が何だか暢気に思えて、もっと恨み言を言ってやろうと彼を見上げる。
けれど、目が合った瞬間、彼の瞳は緩んで。


「他にも言いたいことがあるのならば言え。全部聞いてやる。」
『な、にを・・・。』
「遠慮せずに好きなだけ吐き出せば良い。そなたに何を言われようと、どう思われようと、二度と離さぬ故、心配するな。」


この人は、私の全てを、見透かしている・・・。
私の想いも、その想いを捨てきれない自分に嫌気が差していることも、彼の気持ちに応えたとして持ち続けるであろう不安も。
何もかも、全部を。


『だから、そういう憐れみ方は止めて欲しいと・・・。』
「憐れみなどではない。・・・そなたが一番言いたいのは緋真のことであろう。それに答えるならば、私が緋真を娶ったのは、憐れみなどではない。」
彼の強い視線が、私の中に蟠っていた塊を打ち砕いた気がした。


「あの時、私は悩んだ。悩んだ末のあの決断だった。・・・私とて、そなたには幸せに過ごして欲しかったのだ。そなたの存在に救われたこともあるが、それは私だけではない。そなたの周りには何時も誰かが居て、心からそなたを想う者も居た。ならば、親に決められた婚約よりも、そちらを選んだ方がそなたのためになるだろうと思った。」


『何でも見透かすくせに、私の想いにはお気付きになっていなかったということ・・・?鈍感にも程があるわ・・・。』
思わず出た言葉に、彼は苦笑を漏らす。
「否定はしないが、そなたもそなただぞ。私と居るときより、他の者と居るときのほうが表情豊かに笑っていただろう。顔を赤らめることさえあったのだぞ。」


『そんなの、白哉様の周りの方と上手くやってゆく術の一つでしょう。私が顔を赤らめたというのならば、それはきっと、白哉様の話が出た時です・・・。』
「浮竹や京楽は?」
『あの方々は私の想いに気付いていらっしゃいましたから、よく揶揄われておりました。』


「そうだとしても、私は複雑な思いだったのだ。私は良いとしても、そなたを縛り付けているのではないかと、ずっと、そう思っていたのだ。婚約を解消すると言っても、そなたはあっさりと引き下がった故、それが事実だったのだと・・・だからこそ、そなたが死神になっていることを知って、驚いた。隊士名簿にそなたの名があることに愕然とした。」


まるで、私に心が傾いていたような言い方だ。
でもそれはきっと、幼馴染として受け入れてくれていただけのこと。
彼はその態度や見た目に反して情が深い人だ。
だから、私が死神になっていることに責任を感じているだけのはず。


『・・・私はもう、漣家の姫などではないのです。便宜上漣を名乗っておりますが、本来は漣を名乗る資格もありません。』
私を追い出した時、継母は私の籍も漣家から外すと言った。
そして父は、それを聞いても何も言わなかった。


「莫迦者。あの女はともかく、父君を疑うことはするな。そなたの籍は、ずっと漣家にある。父君には直接話を聞いた。そなたに冷たく当たることでしか、そなたを守れなかったと悔いている。だが、あの女にそなたの籍を抜いていないことを隠し続けるためには、そうするしかなかったと。」


『嘘・・・。』
「念のため私も確認したが、そなたの籍は漣家にある。昔も今も、ずっと。京楽がそなたを拾ったのも、偶然などではないのだぞ。」
信じられなくて彼の瞳を見ても、その瞳が嘘を吐いているようには見えない。


『では、全て、父が・・・?』
「そうだ。大切な妻との間に生まれた、大切な娘のために。」
『そんなはず、無いわ・・・。だって、お母様の着物も簪も全部、無くなってしまったもの・・・。』


「母君の形見は、そなたと私が許嫁になった時点で、朽木家に運び込まれている。時機を見て、そなたに渡すようにと。」
『嘘よ・・・だって、お父様が全部捨てたのだと、聞かされたもの・・・。』
顔を覆い隠せば、上から溜め息が落ちてきた。


「・・・信じられぬというのならば、今から朽木家に来い。見せてやる。」
言い終える前に体が浮いて。
景色が変わったのも、一瞬。
声を上げる暇もなかった。



2020.08.21
Fに続きます。


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