Short
■ 再来D

「・・・そもそも、そなたは一人で飛び出して行くから危なっかしいのだ。相手の数が多い時こそ死神同士で連携して対処に当たるべきであろう。同じ場所に居るにも関わらず連携しようとしない者を一人で任務に行かせることは出来ないのだぞ。そういう者は、単独任務の際に何か起こっても、応援要請をしてこない可能性が高い・・・。」


・・・彼は、こんなに話す人だっただろうか?
護廷隊への帰還途中、彼の説教は止まることがない。
今回の任務では私のミスを庇ってくれたから、次から次へと淀みなく出てくるその言葉を真摯に受け止めるけれども。


それよりも。
何故、彼は、私の手を引いているのだろう・・・?
帰還することとなり、他の隊士たちは同じ隊でまとまって進んでいくというのに、私だけ彼に捕まえられて今に至る。


自隊の隊士ならばともかく、他隊の隊士を捕まえて延々と説教をするほど、彼は暇ではないはず。
元々面倒ごとは嫌いで、彼自身がやらなければならないこと以外は他人に投げるような若干の横暴さを持つ彼だから、この状況が不思議でならない。


「・・・聞いているのか。」
彼の言葉が右から左に流れそうになると、じとりとした視線が飛んでくる。
そんなことを何度か繰り返しているのだが、それでも彼の説教は止まらず、握られた手が離されることもない。


『は、はい。勿論、聞いております。』
返事をすれば彼は再び説教に戻る。
・・・伊勢副隊長や他の隊士たちからの視線が辛い。
戸惑いと憐れみが入り混じった視線があちらこちらから向けられているのだ。


「・・・大体、この私に向かって泣かないでとは、何なのだ。私が一度でもそなたの前で涙を流したことがあったか?」
『い、いえ。それは、ありません、が・・・。』
「では何故、今も昔も同じ瞳を向けるのだ。あれから、文の返事を一度も寄越さなかったのはそなたのほうだぞ。」


『・・・文、ですか?』
首を傾げれば彼の瞳がこちらに向けられて。
「何度か送ったのだぞ。」
彼は拗ねた瞳で、不満げな表情をする。


『あれから、文を、私に?』
「そうだ。・・・まさか、届いていないのか?」
『あのあと、私はすぐに家を出ることになりましたから・・・。』
「・・・そうか。ならば、文の返事をわざとしなかったわけではないのだな?」


『当たり前です!白哉様からの文を無下にする者など何処にも居りません!』
言い切れば、彼は何故か安堵の表情を浮かべて。
「そうか・・・。」
安心したような呟きを零して、彼は漸く口を閉じた。


暫し無言の時間が流れる。
けれど、彼はやっぱり私の手を握ったままで。
昔もこんなことがあったと、過去が思い出されて、それが急に切なくなった。
ついでに先ほど彼に叩かれた頬が痛みを主張してきて、じわりと涙が滲んでくる。


「咲夜。そなたは・・・咲夜?何を泣いている?」
不意に口を開いた彼は、此方を見て目を丸くした。
『泣いてなど、おりません。』
「嘘を吐くな。泣きそうな顔をしている。」


『・・・ほ、頬が、痛い、だけです。』
呟けば、彼は足を止めて。
「・・・加減が足りなかったか。治してやる故、許せ。」
気遣わしげにそう口にして、私の頬にそっと触れる。


「・・・他には?もっと、私に言いたいことがあるだろう。」
治療をしながら、彼は問うてくる。
じんわりと伝わってくる彼の霊圧が、あまりにも優しくて。
せり上がった涙が表面張力の限界を迎えて瞳から零れ落ちた。


『な、何故、そのように、なさるのですか・・・。』
「咲夜だからだ。」
『狡いです。今更になって、何故・・・。これまで、私のことなど気にかけていなかったでしょう・・・。私が死神になっていることすら、ご存じなかったでしょう・・・。』
「そなたの言うとおりだ。言い訳のしようもない。」


『それならば、何故、昔と変わらずに、そのように私の名を呼んで、そのように、触れるのですか・・・。貴方が選んだのは、私ではなかった。もう、この手を、お放しください・・・。私は今、漸く、死神となって、自分の足で立ち上がることが出来たのです。ですからこれ以上、私をあの頃に引き戻さないでください・・・。』


零れ落ちる涙が次から次へと頬を濡らす。
治療をする彼の手を押しのけようと握られていない手を伸ばす。
けれど、その手が届く前に頬から彼の手が離されて。
それでも私の手は握られたままで。


『貴方に手を引かれなくとも、私は一人で歩くことが出来ます。手を放してください。』
もう彼の顔を見ることは出来なかった。
俯いて、落ちゆく涙を見つめる。
地面に落ちた雫はあっという間に吸い込まれていった。


「・・・済まぬ。そなたは、私が思っていた以上に、私を慕ってくれていたのだな。」
一瞬の沈黙の後降ってきたその声は、酷く穏やかで、優しくて、さらに涙が零れる。
「私のせいだ。随分と辛かっただろう、咲夜。」
家を追い出されたことよりも、何よりも、彼に選んでもらえなかったことが辛かったのだ、私は。


「だが、済まぬ。この手は、放せぬ。」
『え・・・?』
「というより、放す気が無くなった。」
言葉と共にぐい、と腕を引かれる。


『な、にを・・・。』
「勝手だというのは重々承知だ。それ故そなたは私に文句を言っても良い。詰っても良い。恨んでも良い。私はそれだけのことをそなたにしたのだから、それは甘んじて受け入れる。だが、そなたを二度と離しはしない。・・・どんな理由でもいい。私の傍に居ろ。」


彼を見上げれば、真っ直ぐな瞳に射抜かれた。
勝手だと、傲慢だと、我儘だと、思う。
それなのに、何故こうも彼の言葉に抗い難いのか。
どうして私は、自分から彼の手を振りほどけないのだろう。



2020.08.21
Eに続きます。


[ prev / next ]
top
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -