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■ 隊長と副隊長@

『・・・こちらが最後の一枚です。』
そういって書類を差し出すのは、六番隊副隊長漣咲夜。
「そうか。これが最後かの。」
その書類を受け取るのは、六番隊隊長朽木銀嶺。
今日は、彼の引退の日。
今日の全ての業務を終えれば、彼が六を背負って、白い羽織をはためかせることもない。


『寂しくなります。』
「そんな顔をするな。儂の後は白哉が務める。頼んだぞ。」
『畏まりました。』
「ほほ。不満げじゃの。」


『・・・あの生意気少年が隊長になるとは、月日とは残酷なものですねぇ。』
彼女は不満げに言う。
「そういうな。あれはあれで成長したじゃろう。」
『確かに、霊圧も体も大きくなり、斬拳走鬼も隊長になるには申し分ない。ですが、あの生意気は、自分の心を殺しすぎる。・・・昔は、もっと生意気で、気が短くて、からかい甲斐があったのに。』


「白哉が、心配か。」
銀嶺が問えば、彼女は目を伏せる。
『・・・白哉は、強い。だからこそ、弱い。』
彼女の言葉に、銀嶺は内心で頷いた。
強き者は孤独を背負わねばならぬ。
朽木家当主と、隊長。
両立するのは辛かろう。
儂でさえ、そうだったのだから。


『・・・無茶はするなと、言い含めておいてください。私の言うことなど、聞きはしないでしょうから。』
「儂の言うことも聞くかどうか。」
銀嶺は苦笑する。
『聞きますよ。あの生意気は、朽木隊長のお言葉しか聞きません。私の言葉は、白哉にとって重いものではないのです。白哉は、今でも私を・・・。』


小さく表情を歪ませた彼女に、胸が痛む。
その言葉の先は、銀嶺にとっても苦々しい過去なのだ。
あの時、儂が近くに居れば。
何度、そう思ったことだろう。
何度、悔やんだことだろう。


「あれは、お前のせいなどではない。儂の責任だ。」
『ですが、蒼純様は私を庇って大怪我をされました。そして、そのまま・・・。』
今でもあの時のことは鮮明に思い出すことが出来る。
蒼純と咲夜を任務に向かわせたのは、儂だ。
救援要請が来て、すぐに駆け付けたが、あの場についた時には、蒼純は虫の息だった。
そしてそのまま息を引き取ったのだ。


銀嶺はその時初めて咲夜の涙を見た。
当時三席だった彼女は、聡明で、霊力も高く、容姿も整っているが、戦う姿はさらに美しく。
いつも前を見つめて、常に冷静で、感情を抑えるのが上手い。
他人の前で取り乱すなど、思いもよらなかった。
蒼純よりも強く、恐らく・・・いや、確実に蒼純よりも副官に向いていた。


蒼純もまたそれをよく解っていた。
解っているが故の、あの言葉だった。
「死神を辞めてはならないよ、咲夜。我が父は、君を指名するのだから。」
蒼純亡き後、彼女を迷いなく指名したのは、彼のその言葉があったからである。
そして、彼女が彼の地位を引き継いだのも、あの言葉のお蔭であろう。


「蒼純は、お前を助けた。命を懸けて助けたお前がそのような顔をしていていいはずがない。儂の息子は、蒼純は、それを望んではおらぬ。」
『解っています。でも、私が、白哉から父を奪った。あの日から、白哉は、私と目を合わせることをしません。・・・そうなるのも、当たり前ですが。蒼純様の命を奪ったのは、私です。私は、その罪を背負わねばなりません。その罪を捨てることも出来ません。』


「・・・顔を上げろ、咲夜。」
言われて彼女は顔を上げる。
「いい加減、前を見ろ。未来を見ろ。過去に囚われてばかりでは、何も為せぬ。過去を悔やむばかりでは、何も得られぬ。儂が、白哉をお前に任せるのは、お前たちが二人で未来を見据えることを望むからじゃ。悲しむのはもうやめにするのじゃ。」


『二人で、未来を・・・?』
「そうじゃ。白哉は、お前を恨んでなど居らぬ。もうあれは、ただ生意気なだけの子どもではない。ほかの隊長たちと並んでも遜色ないほど、強く、逞しくなった。それ故、儂は白哉に隊長の座を譲るのじゃ。じゃが、お前の言う通り、白哉は、強いが、弱い。」


全く、年を取ると若者の苦悩がもどかしい。
内心で苦笑しながら、銀嶺は続ける。
「・・・咲夜。白哉を支えろ。傍に居れ。白哉がお前を副官に指名したら、迷わず引き受けろ。これが、隊長として、最後の命令である。」


目を丸くした咲夜は、次第にその瞳に涙を湛えはじめる。
『・・・狡いです。蒼純様は先に逝かれて、銀嶺様は、先にお辞めになる。それなのに、私には死神を辞めるなと申すのですか。』
涙をこらえながら、苦しげに呟く。


「そうじゃ。」
頷けば、彼女の瞳からは涙が零れ落ちた。
零れはじめた涙は、止まることを知らない。
ぽろぽろと、大きな雫が彼女の白い頬を伝う。


「・・・いずれ、その苦しみも終わろう。」
それだけ呟いて、筆をおく。
隊長印を手に取って、朱肉をつけ、捺印する。
それは、隊長の推薦状。
これを提出すれば、白哉は間違いなく儂の後任として六番隊隊長の座に就くだろう。


「これで儂の仕事は終わりじゃ。総隊長に提出して参れ。」
そういって書類を差し出せば、彼女は泣きながらそれを受け取った。
「いつまで泣いている。情けない顔を見せるな。儂は、そのようにお前を育てた覚えはないぞ。お前は、儂の副官だろう。」


『・・・はい。畏まりました、朽木隊長。』
彼女はそういって涙を拭う。
そしてひたと儂を見上げてきた。
先ほどとは打って変わって凛とした瞳だ。
相変わらず切り替えが早い。


『お疲れ様でございました。お見送りを致しましょう。』
「ほほ。構わぬ。」
『ですが・・・。』
「もう少し、この場に居たい。行け、咲夜。」
窓から外を眺めつつ言えば、彼女は静かに一礼して隊主室を出て行ったのだった。


「・・・頼むぞ、白哉。」
呟くように言えば、後ろに気配が降りてきた。
「はい。」
「即答するならば、いい加減、目を合わせるくらいのことをしてやればよいものを・・・。」


この孫は、蒼純が死んだときから咲夜と目を合わせなくなった。
それまでは姉と弟のように仲が良かったのに。
だが、咲夜が許せなかったわけではない。
己の弱さ、無力さが許せなかったのだ。
彼女を守ったのは、自分ではなく、己の父であったから。


「・・・私は、咲夜を副官に指名します。」
静かな声に、白哉の方を向く。
夕日に照らされたその姿は、声と同じく静けさをまとう。
その瞳が揺れることもない。
強くなったのだ、と、思う。


「あれは六番隊に必要ですから。」
白哉の淡々とした言葉に、銀嶺はおかしくなる。
「六番隊に、ではなかろう。咲夜は、朽木家に、儂に、蒼純に、そして、お前に必要なのじゃ。光と影のように、表裏一体となって離れることなど出来ぬ。」


「・・・そう思っているのは、こちらだけかもしれません。」
「そうじゃのう。あれは、蒼純が居なくなってから、ずっと、死神を辞めたがっている。」
「死神を辞めたいのではなく、生きるのをやめたいのでしょう。あれが愛したのは、我が父だけ。・・・そして父も、あれを愛していた。」


「うむ。お前の母が亡くなってから、蒼純の支えは、咲夜だった。お前はまだ幼かったからな。弱く、守られるばかりの存在だった。」
「・・・解っています。」
「じゃが、もう、お前は強くなり、守る側の存在になった。己の役目は心得ておるな?」
「はい。あれに前を向かせること。それが私の役目です。」


「解っておるのならばよい。・・・頼むぞ、白哉。儂は、咲夜も大事なのじゃ。霊力が高いがゆえに、あの子は家に繋がれた。そんなあの子を解き放ってから、長い時が過ぎた。あの子は・・・咲夜は、我が子同然。・・・守ってやるのじゃ。これから先は、お前が。」
「はい、爺様。」


どうか、この若者たちが前を向いて、支え合い、進んでゆくことが出来るように。
儂の役目は、もう終わった。
儂では、蒼純を失った咲夜の心を埋めることは出来なかった。
我が子同然の可愛い娘の涙を見るのは辛い。
頼んだぞ、白哉。
銀嶺は内心で呟いて、隊主室を去って行ったのだった。



2016.03.28
誰夢かわかりませんね・・・。
Aに続きます。


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