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■ 再来C

それは、一瞬のことだった。
白哉自身、いつ己の身体を動かしたのか解らない。
上空から戦況を見守っていた白哉の視界の端に映り込んできた姿。
それが誰であるかを理解するよりも早く、身体が勝手に動いたのだった。


「・・・散れ、千本桜。」
解号とともに己の刃の一片が彼女の眼前に迫る虚の爪を斬り落とし、続く刃が虚の全身を切り刻む。
ついでに陣形を突破しつつあった虚たちも一掃すれば、その場が静まり返った。


キン、と刃を鞘に収める音が嫌に響く。
一瞬の後、隊士たちから歓声が沸き上がる。
どうやら虚の殲滅が完了したらしい、と頭の隅で理解した。
けれど、己の身体は一直線に彼女の元へと向かって。


ぱん、と彼女の頬を打ったのは、己の手のひら。
その様子に湧き上がっていた隊士たちは静まり返り、表情を硬くする。
頬を打たれた本人は驚きに目を丸くしながらこちらを見上げていた。
異変を察知したらしい伊勢副隊長がすぐに此方に姿を見せる。


「朽木、隊長・・・?一体、何を・・・。」
その問いかけには答えずに、彼女を打った手のひらを握りしめた。
「・・・か、もの・・・。」
彼女を打った手のひらよりも、心臓のあたりが酷く痛い。


「莫迦者!!」
荒げられた声は、己のもの。
震える声は、怒りからか、それとも恐怖からか。
けれど、目の前の彼女はただただ驚きに目を見開いていて。


「斬ったからと安心して確認を怠るなど言語道断。一瞬の油断であっても命取りとなる。死神はそういう戦いの中に居るのだ。それが理解できていないのならば、任務になど出てくるな。」
彼女を見下ろして言い放てば、彼女の瞳が揺れる。


『・・・な・・いで・・・。』
掠れた声。
微かに発したその言葉が耳に届いて、その予想外の言葉に今度は此方が目を丸くする番だった。


『泣かないで、白哉様・・・。』
今度ははっきりと呟かれた言葉。
頬の痛みなどまるで感じていない様子で、私の叱責に怯むこともない。
まるで、昔に戻ったような、彼女のこちらを案じるような瞳。


ゆっくりと伸ばされた彼女の手のひらが頬に触れて、その温もりが伝わってくる。
母を、そして父を失ったとき、彼女はいつもこのようにして、泣きたくとも泣けぬ私の心を見透かした。
そんな彼女に、どれほど、救われたことか。


「・・・莫迦者。私は今、そなたを叱っているのだぞ、咲夜。」
変わらぬ彼女に何だか力が抜けて半ば呆れつつ言えば、彼女は我に返った様子で。
慌てて引っ込めようとしたその手を捕まえて彼女を引き寄せる。
近くなった距離に彼女は混乱した様子で。


『な、何を・・・ひゃ、い・・・ったぁ・・・。』
赤く腫れ上がってきたその頬に手のひらで触れれば、今更痛みを感じたらしい。
彼女の表情が歪められる。
その瞳には涙が滲んでいた。


「そなた、私の話を聞いていたのか?」
『へ?えぇと・・・申し訳ありません・・・?』
「呆けて聞いていなかったと言うのだな、この莫迦者。」
『え、えぇと・・・。』


己の身に何が起こったのか良く覚えていないらしい彼女に、内心苦笑を漏らす。
先日出会ったときの硬い表情も無機質な瞳も消え去っていて。
数十年前と同じ彼女がそこに居た。
その事実に、心の底の苦々しさが解けていって。


「・・・伊勢副隊長。」
「え、あ、はい?」
同じく呆けていたらしい伊勢七緒に声を掛ければ我に返った彼女は首を傾げた。
周りに多くの死神が集まっていることに気付いた咲夜が距離を取ろうと身を引くがもう片方の手も捕まえて。


「この者にはあとで反省文の提出を申し付ける。」
『は、反省文・・・?』
「・・・はい。八番隊の隊士の命を救ってくださったこと、感謝いたします。それから、彼女の朽木隊長への態度については、上官として、私から謝罪を。」


『え?あ、私、助けられた・・・の、です、か・・・?』
今更気付いたらしい咲夜に呆れた視線を向けるのは、伊勢副隊長。
「そうだが?」
肯定を返せば彼女は慌てて謝罪を口にする。


『も、申し訳ございません!気が付いたら、白哉様が目の前に居て、何が何だか・・・。』
「そのようだな。六番隊の隊士ならば謹慎を申し付けるところだ。」
『う・・・本当に、申し訳ございませんでした・・・。』


「私への態度については、私もそなたに手を上げてしまった故、不問とする。しかし、死神としての自覚が足りぬのは事実。反省文は私に直接提出するように。」
「私と京楽隊長も一度目を通させてもらいますからね、漣さん。」
『はい、副隊長・・・。』


「他の者は各隊の隊長に報告書の提出を。・・・では、引き上げるぞ。」
私たちの様子に首を傾げながらも、隊士たちは帰還の途に就く。
同じく帰還しようと八番隊の隊士たちの元へ行こうとした彼女を捕まえて、その手を引いて歩き出した。



2020.08.21
Dに続きます。


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