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■ 再来A

「何故、死神に・・・。」
白哉は手にした書類を眺めてその名があることに愕然とする。
八番隊隊士、漣咲夜。
貴族の姫として大切に育てられたはずの彼女の名が、隊士名簿に確りと記載されていた。


やはり、あれは咲夜だったのか・・・。
私の問いには答えずに、逃げるように去って行った女。
長らく顔を合わせていないとはいえ、見間違えるはずもない。
幼い頃から、彼女は許嫁としてずっと傍に居たのだから。


美しい黒髪も、少しだけ灰色がかった瞳も、磁器のような白い肌も。
何一つ、変わっていなかった。
ただ、その表情は読み取れず、一瞬だけ揺らいだその瞳も、すぐに無機質なものになってしまって。


微笑みを見せれば周りの空気が緩んだ。
彼女が話をすれば、決して大きな声などではないのに、皆が耳を傾ける。
控えめな性格ではあったが、いつも、人の輪の中心に居た。
老若男女問わず、彼女は人を惹きつける。


だが、先程の彼女は、以前のそれとは正反対の雰囲気を纏っていた。
硬い表情も、弱々しい声も。
死覇装の黒が、彼女の全てを覆い隠してしまったのだろうかと思うほどに。
何処かへふらりと消えてしまいそうなほどに儚い気配。


・・・体が、動かなかった。
変わってしまった彼女に、愕然として。
追いかけたところで、私が彼女に掛けられる言葉などあるのだろうか。
そう思ってしまえば、彼女を追うことも躊躇われた。


彼女との婚約は出来ないと告げたあの日から何度か文を書いたが、返事は一度もなく。
時間が空けば邸に顔を見せた彼女だったが、あれから彼女が邸に足を踏み入れることもない。
婚約の話が無くなっても幼馴染の関係が続くと思っていたが、それは私だけだったらしい。


・・・それも当然か。
彼女が私の側に居たのは許嫁だったからだ。
それ以外の理由で私の側に居る理由がなかったのだ、彼女には。
だから彼女は婚約の破棄にあっさりと頷いたのだろう。

多少なりとも苦々しい思いはあった。
しかし、緋真と過ごした時間と、緋真を失った悲しみ。
掟を破ってルキアを迎え入れた自分。
当主となり、隊長となり、忙しい日々を過ごしていく中で、苦々しさは心の奥底に埋もれていった。


「・・・もう、調べちゃったか。」
突然聞こえた声にそちらを見れば、窓から入ってくるのは派手な着物を羽織った男。
私が手にしている書類をちらりと見やって、壁にその背を預ける。
何の用だと問えば、京楽は皮肉な笑みをその口元に浮かべて。


「用があるのは、そっちでしょ?」
全てを見透かすこの男が、昔から苦手だ。
本気の瞳をしたときは、特に。
態々姿を見せたということは、京楽が彼女の事情を承知しているということ。


「・・・何時からだ?」
「彼女を京楽家に連れて行ったのは、君と彼女の婚約が白紙になってすぐ。暫く京楽家に居たけれど、死神になると言って出て行ったのが十数年前。そして、彼女は死神になった。それからのことは、そこに書いてある通り。」


「何故、京楽家に?」
「君との婚約が無くなったことで、家を追い出されたのさ。それで、途方に暮れていた彼女を僕が拾ったってわけ。」
頭から外した笠を弄びながら、京楽は淡々と答える。


「ではあれは、私が原因ということか。」
あの無機質な瞳も、消えてしまいそうな儚さも。
「発端は君だろうね。まぁ、それだけが理由とは言えないけれど。」
軽く言われた言葉が、胸に突き刺さる。


「・・・そうか。」
忘れていた苦々しい思いが沸き上がってきた。
「漣家は?」
「何も。彼女を預かっていることは報せたけれど。」


「この数十年、一度もか?彼女の父からも?」
彼女の父は、表にこそ出さないものの、彼女の幸せを願っていたはずだ。
「・・・ないよ。」
妙な間を置いて、京楽は静かに答える。


「何を知っている。」
嘘はついていない。
だが、この男は何かを隠している。
先ほどの間は、それを話すべきかどうか迷った証拠。


京楽を見つめて返答を待てば、暫くの沈黙が降りる。
相も変わらず笠を弄りながら、何かを考えているらしい。
此方を試すような視線が向けられて、それでも視線を逸らさずにいれば、京楽は漸く口を開いた。


「・・・彼女のことは、父君から、頼まれていたんだよ。彼女が家を放り出される少し前にね。あの人は、わざと彼女を手離したのさ。それで、それを彼女に悟られないように、一切の縁を絶った。彼女の継母から、彼女を守るために。君も、あの継母のことは好きじゃなかったでしょ?」


「彼女の父とて、過去に受けた恩がなければ妻とすることはなかっただろうな。彼女の実の母は、聡明な方だったが。」
「そうだね。あの子は母君によく似ている。」
「似ているからこそ、あの女は咲夜が気に入らなかった。」


ふ、と京楽が突然笑みを零す。
怪訝に思って首を傾げれば、京楽は穏やかな瞳を向けて。
いつもの人を食ったような瞳と違い過ぎるそれに妙な気分になる。
何だ、と問えば、京楽は手にしていた笠を被りなおした。


「罪悪感だけで動いているのならば、止めようと思ったんだけどねぇ・・・。あの時君が選んだのは彼女ではなかったけれど、でも、君にとって、彼女が大切な存在なのは変わらないんだね。昔も、今も。」
言いながら、京楽は笠を深く被ってその表情を隠す。


「どういう意味だ?」
問えば、京楽は可笑しそうに笑う。
「そういうところも、変わらないねぇ。・・・ま、僕の出る幕じゃあないみたいだから、僕は帰るよ。」


ひらり、と窓枠を飛び越えていった京楽の気配はすぐに遠のいて。
・・・私に任せるということなのだろうか。
暫く京楽が出て行った窓を見つめてから、白哉は内心で呟く。
いや、任されたというよりは・・・。


あの男のことだ。
この私を試しているのだろう。
罪悪感だけならば止めていたと言っていた。
それはつまり、あの男は、私のそれ以外の感情を読み取っているということ。


何故こうもあの男は人の心を見透かすのか。
易々と見透かされたことが腹立たしいが、彼女が変わった原因を作ったのは私だ。
思い出すのは、彼女の微笑みと己の名を呼ぶ声。
あの微笑みをもう一度見たいと、あの声をもう一度聞きたいと、心の底からそう思った。


2020.08.21
Bに続きます。


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