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■ 再来@

「・・・咲夜、なのか・・・?」
彼との再会は、本当に偶然だった。
驚きに目を丸くした彼の瞳が真っ直ぐに向けられている。
けれど、次第にその瞳に罪悪感が映り込んできた気がして、それを見たくなくて顔を背けた。


どうして、顔を合わせてしまうの。
何故、昔と変わらずに私の名を呼ぶの。
緋真様を選んで、私を手放したのは貴方のほう。
想いを寄せていたのは、私だけだった。


私はかつて、今目の前に居る男、朽木白哉の婚約者だった。
幼い頃からの許嫁だった。
朽木家への出入りも許されていたから、時間が空けば何度も足を運んだ。
共に学び、共に遊んだ日々。


私はこのまま彼の妻になるのだと信じて疑わなかった。
けれど、互いに年頃を迎えて、いよいよ婚約かという時期あたりから、彼はどこか遠くを見つめるようになって。
その視線の先に居た緋真様を見てしまえば、彼が彼女を想っていることは明白だった。


そなたと婚約は出来ぬ。
暫くして、彼はそう言った。
久しぶりに向けられた彼の視線には、迷いがなかった。
そして私は、彼の許嫁ではなくなったのだ。


婚約の話が無くなってしまったのは、私のせい。
父も、父の後妻も、そう言って私を詰った。
父と義母の間には子が出来ていたから、これ幸いとばかりに義母は私を追い出しにかかって。


漣家の面子を潰したのだから、縁を切られるのは当然でしょう?
義母はそう言って私を邸から放り出した。
父は、私を助けようとはしなかった。
ただ、無機質な瞳で、私を見つめるだけだった。


『・・・失礼します。』
数十年前の出来事が一瞬で蘇って、胸を締め付ける。
漸く出た彼への言葉は、掠れていた。
彼が何かを言う前に、私の足は走り出していた。


『・・・は、はぁ、はぁ・・・。』
足が止まったのは、八番隊の隊舎前。
その門扉に手を着いて、己が息を止めていたことを知る。
何とか息を整えていれば、ひらり、と視界の端に写りこんでくる派手な着物。


「咲夜ちゃんじゃないの。・・・どうかしたのかい?」
息を切らせる私の背中にそっと手を当てたのは、八番隊隊長京楽春水。
昔からの顔見知りで、現在は上司でもある。
そして、私と彼の過去を知る、数少ない人物だ。


家から放り出されて途方に暮れていた私を、拾い上げてくれた人。
京楽家に居たらいいよ。
ただただ涙を流すだけの私を、何も言わずに連れ帰ってくれた。
でも、ずっとお世話になっている訳にもいかないと、せめて、拾ってくれた恩をお返ししたいと、私は死神になったのだ。


『・・・いえ、何でも、ありません・・・。』
「何でもない子がそんなに息を切らせている訳ないでしょ?」
優しい口調だ。
けれど、何か確信をしているような声。


『・・・彼が・・・さっき・・・。』
それだけの呟きで、春水様は全てを理解してくれた。
「そっか。それじゃあ、落ち着くまで隊主室に居るといいよ。」
言って私を抱き上げた春水様の胸元に縋りつく。


・・・情けない。
顔を見て、名を呼ばれただけで、これ程までに取り乱すとは。
彼とのことなんて、遠い昔のことで、彼への想いも、手放された悲しみも、全部、捨てられたと思っていたのに。


死神になって、八番隊に配属されて。
ほんの少しずつだけれど、恩返しが出来るようになったのに。
それなのに、また、迷惑を掛けている・・・。
けれど、私には、こうして寄りかかることの出来る相手が、他に居ないのだった。



2020.08.21
Aに続きます。


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