Short
■ 曖昧

『・・・ねぇ、白哉?』
久しぶりの非番。
外に出るのも億劫で、読書でもしようということになったのが一刻ほど前のこと。
邸の一室で私と同じく本に没頭していた彼女は、唐突に声を掛けてきた。


「何だ?」
視線を上げれば、彼女は文机に肘をついてこちらを見つめている。
栞を挟んで脇に置いてある本を見る限り、少し前からこちらを見ていたらしい。
何か話があるのだろうかと、自らも栞を挟んで本を閉じた。


『私たちって、婚約者なのよね?』
そんな問いと彼女の不思議そうな瞳に首を傾げつつも、頷きを返す。
「そうだが?」
『それでもって、この婚約は確定なのよね?』


「・・・そうだな。」
家柄も為人も申し分ない。
そして、昔からの馴染みの顔である。
そんな理由で決めた、というよりも、決めさせられたと言った方が正しい気もするが。


『返答に妙な間があるのは、白哉が乗り気じゃないから?』
「そんなことはないが・・・。」
『じゃあ、どうして?』
純粋に疑問をぶつけられて、どう答えようかと逡巡する。


「・・・そなたが相手であることに不満はないが、お互いに周りに流されて婚約したところが大きい。それで良いのだろうか、と時々思うことがある。そなたは、私などが相手で良かったのか?」
問えば、彼女は少しだけ考える素振りを見せた。


『・・・良いのではないのかしら。お互いに昔から知っている相手だし、双方の家にとっても悪くない話でしょう?何も知らない相手の元へ嫁がされるよりは、心の準備というものが出来て良いわ。もちろん、朽木家当主の妻というのは大変な立場でしょうけれど。でも、婚約の話を聞いた時に、相手が白哉なら大丈夫そうだと思ったの。』


「何故に?」
『そこにどんな思惑があるのかはまだ分からないけれど、妻にすると決めたのならば、大切にしてくれるということを知っているからかしら。妻を虐げるような殿方も居るけれど、白哉は違うでしょう?』


妙な信頼を得ているものだな・・・。
もちろん、妻となる相手を大切にするつもりではいたが、当の相手にそう言われると返答に困る。
どこかあっさりとした性格の彼女のことだから他意はないのだろうが。


「・・・少なくとも、そなたを虐げることはしないと誓おう。」
『ふふ。そんなに警戒しなくても大丈夫よ?お互いに気楽な相手だからと婚約を承諾したけれど、何故私だったのか気になっただけなの。白哉ならいくらでも選択肢があったでしょう?』


「否定はしない。そなたが気楽な相手だということもな。」
正直に言えば彼女はくすくすと笑った。
『随分と正直な答えね。』
「ただ・・・。」


『ただ?』
「私が緋真を妻としたとき、そなたと疎遠になったことを思い出した。それが少し、詰まらなかったのだ。緋真に遠慮をしていたのだと解っているのだが、貴重な話し相手を失ったような気分になった。」


顎に手を当てて、当時のことを思い出す。
緋真を妻にすると言ったとき、純粋に祝ってくれたのは彼女だけだったと思う。
素敵ね、なんて無邪気に喜ぶ彼女に心が軽くなったのは間違いない。
だからこそ、貴重な理解者である彼女が離れていったことが、詰まらなかった。


『そうだったの?』
意外そうな彼女の表情に、やはり他意はない。
「あぁ。対等に話せる相手はそうは居ないからな。」
『そうだったのね。じゃあ、止めなくて良かったわ。』


「何をだ?」
『名前も呼び捨てで、敬語も使わなかったことよ。両親には失礼だからやめろと何度も怒られていたのだけれど。』
悪戯に笑う彼女は、今までそんなことを億尾にも出さなかったが。


「なるほど。それ故そなたの父君に会うと、いつも娘が失礼をして申し訳ないと謝られたのか。」
『あら、そうだったの?』
「毎度構わぬと言っているのだがな・・・。」


『父は心配性なのよ。愛情深い父ではあるのだけれど、やっぱり当主なのよね。家のことが第一で。』
視線を私から外した彼女は、窓の外を眺める。
遠くを見つめるその瞳に何故か胸が騒いだ。


「咲夜、そなたは・・・。」
『心配しないで。私は自分で選んで白哉の婚約者となったのよ。貴族の婚姻だから、他に色々なものが付随していることも解っているの。ただ、少し、不安なだけ。友人と婚約者では立場が違うもの。緋真様を妻にした貴方の横に並ぶのが私でいいのだろうかってね。』


「お互い様だろう。私とて、同じようなことを考える。そなたの方こそ引く手数多だっただろう。本気でそなたを慕っている者も居たと思うが。」
『本気だからこそ、相手にするのが面倒なこともあるわよねぇ・・・。』
「・・・否定はしないが。」


『白哉が結婚してから、何度かお見合いもしてみたのだけれど、駄目だったの。白哉に慣れてしまうと、物足りなくって。』
苦笑した彼女の言葉の意味を図りかねて、首を傾げる。
そんな私を見て、彼女は悪戯な瞳をした。


『まだ解っていないわね?それはつまり、私の中で白哉が一番ってことなの。』
悪戯にそう言った彼女をまじまじと見つめるが、嘘をついているようには見えない。
『だから私は、婚約者の話を引き受けたのよ。』
おっとりと言われて、目を丸くする。


『ふふ。白哉にとっては貴重な話し相手ぐらいの存在でしょうけれど、でも、今はそれで良いわ。私たちには膨大な時間があるのだもの。曖昧だけれど心地いい関係を楽しむのも悪くないし。そうでしょう、白哉?』
ふわりと微笑むその姿は見慣れたものであるはずなのだが。


「・・・それはそうだが、少し、状況を整理させて欲しい。」
私の言葉に彼女は何故か楽しげに笑って、読みかけの本を手に取る。
文字を追い始めたその瞳が、頁を捲るその指先が、風に揺れるその髪すらも。
見慣れたはずのその全てが急に光を帯びた気がして、ただただ戸惑うのだった。




2020.06.06
突然の告白に戸惑う白哉さん。
この後咲夜さんのことを意識してしまうのでしょう。
そんな白哉さんを、咲夜さんは楽しく見守ります。
きっと咲夜さんの方が上手。


[ prev / next ]
top
×
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -