■ 反発 後編
・・・返す言葉もないな。
指導担当者の彼の言い分は当然だ。
真っ当な鍛錬をして、然るべき教育を受けさせられて、それこそ血を吐くような努力を重ねてきた者たちから見れば、特別扱いだと感じるのは当たり前のことだろう。
『では貴方は、十四郎が、何の苦労もなく今この場所に立っていると・・・?』
咲夜の声には、強い怒りが込められている。
「おい、咲夜。もう、いい。」
絞り出した出た声は、掠れて弱々しく、情けない。
『良くない。良いわけがない。』
己の言葉にこちらを向いた彼女の瞳には、怒りと、それから悔しさが滲んでいる。
「良いんだ。俺の身体が弱いのは事実だし、俺が死神となることが出来たのは、運よく元柳斎先生と出会ったからだ。」
『・・・その運を引き寄せたのは、他ならぬ君自身だ。立ち上がっては転び、一歩進んでは病に伏して三歩下がることすらあった。何度も、何度も。それでも君は諦めずに自分の身体と付き合ってきただろう。京楽が君を友人に選んだのも、山本先生が君を弟子にしたのも、そんな君を見たからだ。この私でさえ・・・。』
そこで言葉を止めた彼女は、目を伏せて、拳を握りしめている。
まるで何かに耐えるように。
彼女の言葉の先は己には解らない。
けれど、彼女をそうさせているのが自分だというのは、間違いない。
「まるで、彼の全てを見てきたかのようだね。」
指導担当者の冷ややかな言葉に、彼女は言葉を返さなかった。
一瞬の後、彼女は目を閉じて深呼吸をした。
そして開かれた瞳は、いつもの気怠げな瞳で。
『帰ろう、十四郎。先ほどは飴で抑えたが、肺の状態が悪いのは変わっていない。早く帰って、治療をしなければ。・・・これは、四番隊士としての判断です。治療のため、彼を四番隊の救護詰所に連れていきますが、宜しいですね?』
有無を言わさぬ彼女の物言いに、己の指導担当者は憮然としながらも頷きを返す。
「四番隊士としてそう言われてしまえば、僕は意見できる立場ではない。だが、上官への態度は改めるべきだと、もう一度言っておくよ。」
『四番隊士の言葉を受け入れてくださり、感謝いたします。』
慇懃無礼な彼女を一瞥して、指導担当者は去って行った。
『・・・全く、腹立たしい男だ。』
咲夜の呟きに、浮竹は内心苦笑する。
おそらく相手も彼女に対して同じ感想を持っていることだろう、と。
顔を合わせるだけで毎度こうなるのだろうかと思うと、想像するだけで胃が痛くなりそうだ。
「別の隊とはいえ、相手のほうが立場が上なのは間違いない。あまり、喧嘩を売ってくれるな、咲夜。」
『善処するが、あまり期待はしないほうがいいかもな。』
「そんなこと言うなよ・・・。」
『君が隊長にでもなれば、こんなこともなくなると思うが。』
「はは・・・。道のりは遠そうだ・・・。」
彼女の言葉に苦笑していれば、早く行くぞと腕を引かれて。
そのまま宣言通り救護詰所に連れていかれたことに内心がっかりしたのだが。
『・・・悪いな、十四郎。卯ノ花隊長の手が空いているとのことだから、先に報告に行ってくる。薬の調剤はお願いしてきたから、それを受け取ったら帰っていいぞ。』
「そうか。いつも済まない。」
『あと、健康診断に来た京楽が詰所内に居るらしい。何かやらかしていたら持ち帰ってくれ。』
淡々と言い残して去って行った彼女は、いつも通りに戻っているらしい。
先ほどの感情の揺れなど全く無かったとでもいうように。
・・・相変わらず、解り辛い奴だ。
咲夜は一体、何者なのだろう。
「あら、こんなところにいたのですね。」
考え込んでいると、目の前に現れたのは、彼女が会いに行ったはずの卯ノ花隊長で。
「卯ノ花隊長。お疲れ様です。」
立ち上がって頭を下げれば、浮竹十四郎と書かれた薬の包みを差し出された。
「漣さんの指示通りに処方させていただきました。・・・やはり、調子が良いとは言えないようですね。」
「今日の状態は、そんなに、悪いのでしょうか・・・?」
発作が起きそうだったとはいえ、身体の調子も顔色もそう悪くは感じないのだが。
「えぇ、まぁ。そのような状態で任務に行くのはお勧めしません。彼女の忠告には従うべきでした。このまま入院して頂くのが良いくらいです。」
卯ノ花隊長の微笑みに見え隠れする本音が解ってしまって、恐縮するしかない。
しかし入院などしてしまっては、己の立場が余計に悪くなることは明白で。
「いや、その、入院は、遠慮させていただきたく・・・。」
「それについても、漣さんからお願いされました。ですので、今回は彼女に免じて薬の処方だけに留めます。勿論、漣さんの管理下に入っていただきますが。」
「管理下、ですか・・・。」
「十三番隊の隊長さんにもお願いして、暫く任務に出かけることを止めさせていただきました。その間、漣さんのお手伝いをしていただくことになっています。」
卯ノ花隊長を動かさなければならないほどに、俺は重病人だというのだろうか・・・。
咲夜の意図も、それに協力しているらしい卯ノ花隊長の意図もよく解らない。
「あの方のお話は良く聞き入れておくことですよ。では、私はこれで失礼させていただきます。漣さんは四番隊での事務処理がありますので、半刻程お借りしますね。薬の服用も忘れずに。それから、貴方のご学友の健康診断が終わりましたので、連れて帰ってくださいね。」
口を挟む間もなく、卯ノ花隊長は去って行く。
その後ろ姿をぽかんと見つめて、浮竹は首を傾げた。
・・・あの方、とは咲夜のことだろうか?
普段から丁寧な言葉遣いとはいえ、あの卯ノ花隊長が一隊士にそんな言葉遣いをするだろうか・・・?
「本当に、彼奴は一体、何者なんだ・・・?」
一人首を傾げていれば、連れて帰れと言われた友が背後から現れて。
「おや、どうしたの、浮竹?また調子でも悪いのかい?」
「まぁ、そんなところだ。これから帰るところなんだが、お前も連れて帰れと言われてな。」
「えぇ?僕、何にも悪いことはしてないはずだけどなぁ・・・。」
「卯ノ花隊長と、それから咲夜にも言われたぞ。」
「咲夜ちゃん!?居るの!?今此処に!?」
「あ、あぁ。四番隊で事務処理が少しあるとかで、半刻程借りると言われた。」
「へぇ。それじゃあ、会いに行こうかなぁ。」
「止めておいた方が良いと思うぞ。良くも悪くも俺たちは目立っているらしいからな。」
「山爺の弟子とはいえ、まだまだ新人だっていうのにねぇ・・・。」
京楽の呟きに、思わず溜め息が出てしまう。
「本当にな。」
「僕は大したことないけど、浮竹は大丈夫かい?」
「まぁな。俺より、咲夜のほうが大変だと思うぞ。四番隊ということもあって雑用を押し付けられているし、俺なんかの世話をしているからな。」
「やっぱりそうかぁ・・・。彼女、何で四番隊に配属されたんだろうね?山爺に聞いても詳しくは教えてくれなくて。」
「彼奴本人の意思かどうかはともかく、何かしらの意図があるのは確かだろうな。」
「浮竹もそう思う?・・・本当に、彼女は一体何者なんだろうねぇ?」
幼馴染というだけで、俺は、彼奴のことを何も知らないんだな・・・。
霊術院で再会するまでの間に、一体何があったのだろうか。
彼女について知っていることはそう多くはない。
しかし彼女は、時折、まるでこちらの全てを見透かしているような、そんな瞳をするのだ。
「本人に聞いたところで、彼奴が答えてくれるかどうか。」
「だよねぇ。実は彼女のことをちょっと調べてみたんだけど、養子に取られる前のことが一切出てこなくて。どういう経緯で養子になったのかもよく解らないんだよね。」
「お前・・・知られたら咲夜に嫌われるぞ?」
「あはは。だって気になるじゃない?」
「まぁ、そうだけどな・・・。」
「浮竹から聞けば教えてくれるんじゃないの?」
「そうだといいがな。・・・そろそろ戻るぞ。こんな所で長話なんかをしていると何を言われるか解らないからな。」
歩を進めれば京楽もそれに続いて歩き出す。
・・・今日の咲夜の怒りは、きっと、俺にも向けられていた。
忠告を聞かなかったこともだが、指導担当者の言葉に何も返さなかったこの俺を。
だが、今の状況では、何も言えなかった。
「早く一人前になりたいものだな。」
「何言ってるのさ。僕と浮竹と咲夜ちゃんならあっという間さ。」
呟きに軽く返してきた友に笑って、歩を進める。
今はまだ、こうして一歩ずつ進んでいくしかないのだ。
2020.12.05
死神統学院の卒業生から初めて隊長となった浮竹さんと京楽さん。
彼らが隊長になるまでの道のりは決して楽なものではなかったような気がします。
まだ続きます。
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