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■ 意識

『・・・まだまだ、先は長そうね・・・。』
退院し、書庫の整理を任されて、中の様子に唖然としたのが三日前。
私が居ない一週間の間に何があったのだろうか・・・。
そう思うほどの散らかりように溜息を吐きながら、黙々と手を動かす日々だ。


私の他に数名の隊士が書庫の整理をしているのだが、彼らはこの春六番隊に配属された新人たちである。
斬拳走鬼の稽古に殆どの時間を取られて、事務仕事は後回しになっている。
つまり、彼らが書庫へとやってくる用事は今のところ殆どないのだ。


何処にどのような文書があるのかを軽く説明しただけでは、置き場所なんて解らないわよね・・・。
そもそも書類に触れる機会が少ない新人たちは、自分が手にしている書類がどの文書にあたるのかという判断すら出来ない。


一月で終えられるかしら・・・。
書類を手にした新人たちからの質問に答えるだけで時間が過ぎてしまう。
その新人たちも毎日同じ顔触れならば次第に慣れていくだろうけれど、稽古やら任務やらの空き時間に入れ替わり立ち代わりやってくるものだから、同じ説明を繰り返さなければならないのだ。


「・・・やはり大変なようだな、咲夜。」
背後から聞こえてきた声に弾かれたように振り返れば、其処には朽木隊長の姿。
新人たちが緊張した面持ちで隊長に頭を下げている。
慌てて此方も頭を下げれば、遠くで昼の鐘が鳴らされているのが耳に入った。


『お疲れ様です、朽木隊長。』
いつもならば頷きが返ってくるのだが、朽木隊長は何やら黙り込んでいる。
その視線が自分に向けられているのが解って、何か粗相があっただろうか、と恐る恐る顔を上げた。


「・・・咲夜。」
もう一度呼ばれた自分の名前は、まだまだ聞き慣れない。
『朽木隊長?どうかされましたか・・・?』
見上げたその顔には、どこか不満そうな表情で、首を傾げる。


「昼休憩の時間であろう。お前たちは休んで来い。」
一旦視線を外した朽木隊長は、新人たちにそう言ってまた向き直る。
戸惑った様子の新人たちがこちらを伺うように見てくるので、頷きを返して行くように促した。


「咲夜。」
新人たちが書庫から出ていくと、朽木隊長はまた私の名を呼ぶ。
『朽木隊長?何か、御用でしょうか・・・?』
再び問えば、溜め息を吐いた隊長が徐に距離を詰めてきて。


「私は、「咲夜」と呼んでいるのだが。」
何を言わんとしているのかと思考を巡らせて、数日前の約束事を思い出した。
婚約者となるのだから名前で呼び合うこと。
ただし、公私混同は好ましくない故、仕事中は上司と部下という立場で接すること。


そんな提案をしてきたのは朽木隊長のほうだったはず。
今のこの状況は後者であると思うのだけれど・・・違うのかしら?
ちらりと朽木隊長を見上げれば、彼は未だにこちらを見ている。
やはり不満そうな顔で。


『こ、此処は、隊舎内、ですので・・・。』
「今は休憩中だろう。」
『休憩中だとしても、隊舎内では、上司と部下という立場かと・・・。』
「休憩時間は休憩のための時間であろう。仕事をする時間ではない。」


つまり、此処で隊長の名前を呼べと・・・?
想いを伝えられてから内々の婚約者という立場になったけれど、公にするのはまだ先のことだ。
このように隊舎内で二人きりというのも、どうなのだろうか・・・。


『ですが、その・・・。』
「まさか、この私の名前を知らぬわけではあるまいな?」
『あ、貴方のお名前を知らない者がこの瀞霊廷の何処に居るというのですか・・・。』
「ならば、私の名を呼ぶことはそう難しいことではあるまい?」


何故私は徐々に追い詰められているのだろうか・・・。
じりじりと近寄ってくる朽木隊長は、どうやら名前を呼んで欲しいらしい。
このまま問答を繰り返しても、私に勝ち目などないわね・・・。
名を呼ばなければ、この状況から解放してくれそうもない。


「・・・余計なことを考えているな。」
瞳を覗き込まれて、その距離の近さに心臓が飛び跳ねる。
『そ、そんなことは・・・。』
ないとは言えない、けれども。


「隊舎内とはいえ、今は休憩中で、二人きりなのだ。そのうえ、この私が「咲夜」と呼んでいる。そなたならば、私をどう呼ぶべきか理解できるはずだが。」
尚も近くなる距離に後ろに下がろうとするのだが、いつの間にか捕らえらえていて。
身体に回された朽木隊長の腕からは逃れられそうもない。


「違うか、「咲夜」?」
至近距離で見せられた妙に色気のある微笑みに身の危険を感じるのは気のせいだろうか。
それでも、今ここで彼の名前を呼ぶのは憚られる。
「解らぬのならば、解らせねばなるまいな、「咲夜」?」


『・・・わ、解りました!解りましたから!!』
更に近づいた顔に慌てて声を上げれば、彼の動きが止まる。
じ、と見つめられて、その名を口にしようとするのだが、中々声が出てこない。
それに焦れたらしい目の前の美しい顔がまた近づいて。


『・・・び、びゃ、白哉様!』
恥ずかしさを紛らわせるために叫ぶように言ったのに、それでも彼は満足そうに微笑んで。
今度は声を上げる間もなく近づけられたその顔と、唇に触れた温かい何か。


「それで良い。」
満足したらしい彼は、あっさりと私を開放して。
けれど私は今起こった出来事にただただ呆然とするしかない。
今のは、もしかして・・・。


「このままでは昼餉の時間がなくなってしまう。着いて来い、咲夜。昼餉を用意させている。」
『な、え、いま、何を・・・。』
「理解できなかったのならば、もう一度同じことをするが。」


『い、いえ!理解しました!理解しましたから!ひ、昼餉!昼餉ですよね!ご一緒させていただきます!』
また近づいてきた目の前の彼に身の危険を感じて、半ばやけになりながら声を上げる。
そんな私を愉快そうに眺めて、顔が赤いぞ、と揶揄うように言われて、ぐうの音も出ないのだった。



2020.04.14
咲夜さんが可愛くて仕方がない白哉さん。
想いが通じ合ったので遠慮がありません。
内々の婚約者であることもお構いなしで、咲夜さんは振り回されるのでしょう。
白哉さんは、新人たちへの牽制も含めて三日と置かずに書庫を訪れるのだと思われます。


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