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■ 微睡む

『これで良し。・・・今日もいいお天気だなぁ。』
窓の外は快晴。
少し肌寒いが、春はもうすぐである。
六番隊舎の執務室に響いた声の主は漣咲夜。
六番隊の雑用係として四番隊から派遣されてきている平の隊士である。


彼女は毎朝六番隊の誰よりも早く隊舎にやって来て、軽く掃除をし、空気を入れ替え、隊士たちの出勤を出迎える。
昼間は何かと散らかる資料室や、保管庫などの整理をし、時折隊士たちに呼ばれては、墨を補充したり、紙を補充したり。
時には修練で負傷した隊士の治療もする。


物腰柔らかで、花が咲いたように微笑む彼女は、雑用も完璧にこなし、六番隊士たちは彼女を見かけると必ず声を掛ける。
老若男女問わずに。
彼女はそれに笑顔で答えて、その笑顔に隊士たちは癒されているのだった。


そんな彼女を複雑そうに見ている男が一人。
六番隊隊長、朽木白哉である。
「・・・はぁ。」
笑顔を振りまき、男女問わずに人気のある彼女に、思わずため息が出た。


また、無理をしている。
内心で呟いて、談笑に付き合っている彼女の方へと足を向けた。
私に気づいた隊士たちが挨拶をしてくる。
その様子に気が付いたのか、彼女と談笑していた者たちも私に挨拶をしてきた。
彼らとともに、彼女も私に一礼する。


「・・・漣。」
『はい。』
名を呼べば、彼女はやはり花が咲いたような微笑を浮かべる。
その目の下に、うっすらと隈が出来ていることを見てとって、内心でため息を吐いた。


「第二資料室の鍵を開けてくれ。」
『畏まりました。』
頷いて、鍵の束を取り出しながら歩きはじめる彼女を追うように、私も歩を進める。
その背中が、とても小さく感じた。


彼女は誰よりも早く出勤し、最後の戸締りをしてから帰る。
それ故、彼女にすべての鍵を持たせてあるのだ。
当然、私も鍵を持ってはいるが、彼女はそれを知らない。
いや、わざと知らせていないのだ。
彼女を休ませるために。


かち、という音がして、第二資料室の鍵が開けられる。
そのまま扉を開けて、中に入ると、扉を押さえて私が入るのを待つ。
私が入ったのを見て扉を離した彼女の手首をすぐさま掴んで、内側から鍵をかけた。
それから彼女の顔を見れば、先ほどまでの微笑はなく、拗ねたような顔をしていた。


「・・・何故ここに来たか、自覚はあるようだな。」
それだけ言って、彼女の手を引きながら部屋の奥へと進む。
見えてきた古びた仕切りを開いて、その先の小さな空間に彼女を引き入れる。
仕切りを閉めて、その空間に置いてある三人掛けのソファに彼女を座らせた。


彼女に目線を合わせて、彼女の顔をまじまじと見つめる。
「・・・隈がある。」
そういうと、彼女は目を泳がせた。
「私に隠せると思ったか。」
言いながら彼女の隣に座って、彼女を自分に凭れかけさせる。


『・・・ごめんなさい。』
私に体を預けながら、彼女は小さく呟く。
「無理はするなと、いつも言っているだろう。帰りの戸締りなど、最後に帰る者がやればいい。お前が皆を待って、最後に帰る必要もない。朝も私が鍵を開ければよいことだ。」


『それは、だめです。朽木隊長は、私の何倍もお仕事を熟されています。その上、朽木家のお仕事も抱えておられます。隊長に負担をかける訳には参りません。』
「ではせめて、私と同じ時間に来い。帰りも私より後に帰ることなど許さぬ。」
『許さぬ、と、申されましても・・・。』


彼女は困ったように私を見上げてくる。
その瞳は少し眠そうだった。
眠ってもいいというように、彼女の頭を撫でた。
「一人の夜道は危険だ。睡眠時間も少ないのだろう。もう少し己の身を労われ。私のことなど二の次でいい。」


『だめです。私は、白哉様が一番・・・。白哉様の、方が、お疲れ、なのですから・・・。』
眠気がやってきたのだろう。
彼女の瞼は重そうだ。
「眠れ。」


『いや、です。白哉様が、眠らない、のならば、私も・・・。』
言い終える前に、彼女は眠りに吸い込まれていったようだった。
彼女の重みが伝わってきて、小さく苦笑する。
余程眠かったらしい。


「・・・ここは隊舎だぞ。公私を混同するな、馬鹿者。」
呟いて、彼女を抱きしめる。
無意識なのかすり寄ってきて、思わず口元が緩んだ。
そして、己も大概公私混同をしている、と、内心苦笑する。


彼女と出会ってすでに五年。
初めは、ただの雑用係だった。
彼女が来てから執務室は以前の雑然とした感じがなくなり、常に清潔に保たれている。
彼女が資料室を片付ければ、自分の欲しい資料がどこにあるのか一目瞭然で、探しやすい。
彼女のおかげで仕事がしやすくなった。


それに気が付いて、彼女のことが何となく気になるようになった。
彼女はいつも笑顔で、愚痴ひとついうことなく、雑用を熟す。
朝はいつも彼女の挨拶で始まって、帰りは彼女がお疲れ様でした、と、一礼してくる。
任務に行くときは行ってらっしゃいませ、と言い、任務から帰ってくれば、お帰りなさい、と出迎える。
それが、当たり前になっていった。


しかし、ふと疑問に思ったのだ。
彼女は一体、いつ、休んでいるのだろう、と。
隊士たちが休憩を取れば、彼女はすぐにお茶を淹れ、菓子を持って行く。
隊士たちが仕事をしていれば、当然のように彼女も何かしら仕事をしていた。
朝は誰よりも早く、帰りは誰よりも遅い。


ある時、彼女が眠っている姿を見た。
資料室の整理をしていたのだろう。
簡易の机に突っ伏して、すやすやと眠っているところに遭遇したのだった。
その寝顔は、普段の彼女の微笑からは想像が出来ないほど疲れていて、やはり彼女は休む暇がないのだ、と、確信する。


眠る彼女を起こさぬよう、出ていた資料を元の棚に戻して、必要な資料を手に取る。
そのまま出て行こうとして、このままでは彼女は風邪をひくだろう、と、己の羽織をかけてやる。
彼女の寝顔が穏やかになった気がして、何となくこのまま去るのが勿体なくて、結局彼女が起きるまで彼女の寝顔を眺めていたのだった。


あの時の慌てようは、今思い出しても笑いが込み上げてくる。
よく眠っていたな。
そう言えば、彼女は赤くなって、それから青褪めて、私に深々と頭を下げた。
その拍子に肩から私の羽織が落ちて、それが何かを悟った彼女は、目玉が零れ落ちそうになるほど目を見開いて、そのまま動きを止めた。


そして私は、普段の落ち着いた様子からは想像できない彼女の姿に、思わず笑ってしまったのだ。
そんな私を見て、彼女は再び目を丸くして、それから赤くなって、笑わないでください、と抗議をしてきたのだった。


そんなことが何度かあって、次第に彼女に惹かれ、恋仲となった。
彼女が隊舎内でも休むことが出来るように、この場所を与え、ソファを備え付けた。
初めは遠慮していたようだが、彼女は次第にこの場所で休憩を取るようになり、今では彼女のひざ掛けやクッション、毛布などが持ち込まれている。


ソファの上に畳まれていた毛布を取って、彼女に掛ける。
『・・・ん・・・。』
小さく身じろいだ彼女は、私の着物を握りしめて、安心したように眠っていた。
なんだか私も眠くなって来て、潔く彼女と眠ることにした。
彼女を抱きしめて、ソファに横になる。
二人で毛布に包まれば、体の底から温まってくる。


毎日こうして眠ることが出来たらいい。
そう思って、あることを思いつく。
彼女を朽木家に住まわせればいいのだ。
そうすれば、私は彼女を抱きしめて眠ることが出来るし、彼女が朝早く一人で出勤することを止めることが出来る。
帰りも彼女を連れて帰ってくれば良い。
毎日彼女との二人きりの時間を取ることも出来る。


一石三鳥だ。
すぐにでも実行しよう。
そう考えて、小さく笑う。
「咲夜。起きたら、話がある。頷く以外の選択肢はないぞ。」
眠る彼女に呟いて、微睡に引き込まれていった。


二人とも熟睡してしまい、定刻の鐘で目覚める。
互いに苦笑を漏らし、その二人の空間に、新たに目覚まし時計が増やされたというのは余談である。
その後、二人で出勤し、二人で帰る姿が目撃されるようになったらしい。



2016.03.25
二人そろってお昼寝。
二人が居ない六番隊舎は大騒ぎだったはず。

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