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■ 無意識的意識F

「実際のところ、縁談はどこまで決まっておられるのですか?」
何度も聞かれる問いにいい加減辟易してきた・・・。
茶会も終盤となり、次第に浅井家の姫の後ろに控えているのが漣咲夜だと周りが気付き始めて、声を掛けてくる者が増え、誰も彼もが同じような問いをしてくるのだった。


すぐ横に居る浅井家の姫君もまた同じ気分になっているらしく、彼女も私と同じようにそれらの問いに関して同じ答えを繰り返している。
そろそろ帰ろうかと二人で視線を合わせて、頷き合った。
早めに話を切り上げて、出入り口へと向かおうとしたその刹那、すぐ近くに感じた、朽木隊長の気配。


ちらとそちらを見れば、朽木隊長と話をしていた男と目が合って、慌てて視線を逸らす。
また掴まる前に広間を出てしまおう。
そう思って姫君を伴って出口に向かおうとしたのだが、考えることは皆同じ。
大勢の招待客たちが押し寄せていて、なかなか進まない。


そうこうしているうちに、背後から伸びてきた手が浅井家の姫君の腕を掴んだ。
弾かれたようにそちらを見た姫君は、その手の主を見て一瞬だけ抗おうとしたのだが、そこは男女の力の差によって難なく列から連れ出されてしまう。
茶会が終了に近づいているとはいえ、姫君の傍を離れるわけにもいかないか・・・。


「朽木様へのご挨拶がまだ済んでいないだろう、二人とも。」
言いながら浅井家の次期当主は有無を言わさずに私の腕も捕まえて、朽木隊長の前へと私たちを連れていく。
何故こうもこの次期当主は私に絡んでくるのか・・・。


「お待たせいたしました、朽木様。こちらが我が妹で、こちらは・・・朽木様のほうがよくご存じですね。漣家の姫君です。」
この男に紹介されるのは気に入らないが、己の隊長が目の前に居るのに挨拶をしないわけにもいかない。


「本日はお招きいただきありがとうございます。ご挨拶が遅れまして申し訳ございません。」
「構わぬ。」
姫君に倣って一緒に頭を下げれば、頭上から淡々とした声が降ってきた。
頭を上げればその瞳がこちらに向けられていて、どきりとする。


「・・・付き人は恙なく任務を全うしていたか。」
すい、と視線を姫君に向けた朽木隊長の問いに、姫君は頷きを返す。
「はい。大変心強い方を選んでくださいましたので、無事に茶会を終えることが出来ましてございます。お心遣い、感謝いたします。」


「さて、挨拶も済んだことですし、本題に入らせていただきます。・・・朽木様は、我が妹と漣の姫君のどちらをご所望なのでしょう?」
男の問いに、朽木隊長の瞳が鋭くなる。
この男はどうしてこうも他人の神経を逆なでするようなことを言うのだろうか。


「・・・その問いに答える義理はない。」
淡々としてはいるが、その言葉はどこか刺々しい。
「浅井家の次期当主としては早く決めていただきたいのですが。適齢期の青年貴族たちもまた、同じ考えのはず。」


「どういう意味だ。」
「貴方に先に選んで貰わなければ、おちおち婚約も出来ないということですよ。考えてもみてください。もし、自分の婚約者にした相手を朽木様が所望したら。そうなれば、大抵の貴族は差し出さざるを得ません。」


この男は本当に朽木家当主を、そして朽木隊長を侮っている。
わざと揺さ振りをかけているのだろうが、そんなものに乗ってくるほど朽木隊長は幼稚ではない。
当主としても、隊長としても、その力量は間違いなく一級品である。
それ故、彼の傲岸不遜さすらも皆が受け入れてしまうのだ。


「朽木家当主の婚姻は、貴族社会に大きな影響をもたらすものだ。熟慮するのは当然のことだろう。」
私が選ぶまで大人しく待っていろ、とでも言いたげな朽木隊長の言葉に、咲夜は内心苦笑する。


「その物言い、流石朽木家の当主ともなると違いますね。これまでも、これからも、貴方の意思は必ず通される。前の奥方や、義妹のときのように。」
付け足された言葉に、体感温度が下がった気がするのは、気のせいではないだろう。
隣の姫君は、己の兄の発言に顔を青くしている。


「・・・何が言いたい?」
幾分低くなった声は、怒りを孕んでいる。
それも当然だ。
この男は緋真様と朽木副隊長への嘲りを隠そうともしないのだから。


「次は、貴族の姫としても死神としても欠陥のある漣家の姫君を選ぶのでしょう?今ここに居る漣咲夜姫を。」
朽木隊長の霊圧が微かに上げられる。
隊長にとっては本当に微かに上げているだけだろうが、それでも感じる息苦しさは、彼が怒りをあらわにしているからだろうか。


「上流貴族の姫でありながら死神になるというのは姫君らしからぬ行いです。先ほどは死神としてこの場に来ていると言いながら、この浅井家次期当主に対して無礼な物言いもございました。そのうえ、小耳に挟んだのですが、鎖結と魄睡に欠陥があり、霊圧制御装置を身に付けていなければ霊圧の制御もままならぬとか。」


・・・これは、もしかして、私がこの次期当主の反感を買ったせいで、朽木隊長にその矛先が向けられているのだろうか。
そうだとしたら、朽木隊長はとんだとばっちりを受けていることになる。
死神の欠陥云々については、父が誰かに話していたに違いないけれど。


『・・・どうやら浅井家の次期当主は私のことが気に入らぬご様子。朽木隊長の婚約者候補に私のような「欠陥のある」姫の名前が挙がっていることが許しがたいのでしょう。そういうことでしたら、どうぞ私に矛先をお向けくださいませ。私のことが気に入らぬからといって、朽木隊長にその矛先を向けるのはお門違いにございましょう。』


自分で想像したよりも冷たい声が出てしまったか。
いや、もう、いいか。
ここで私が怒りを露わにすれば、朽木隊長の怒りが直接浅井家に落とされるようなことにはならないはずだ。


『それ以上、朽木隊長への無礼を働くのならば、浅井家の次期当主とて容赦は致しません。先ほど貴方ご自身が仰ったように、家格は我が漣家のほうが上にございます。次期当主として浅井家を今以上に繁栄させたいのであれば、これ以上、私に喧嘩を売らぬことです。私はこの場に死神の立場で来ておりますが、死神の私と、上流貴族漣家の私は同一であることをお忘れなきよう。』


「・・・お兄様。此度の振る舞いは妹の私から見ても度を越しております。朽木様のお心遣いによって私は恙なく茶会を終えられたのですよ。その御恩を仇で返すようなことをするなど、情けなくて見ていられません。今日のことはお父様とお母様に報告いたします。朽木様へのご挨拶が済んだのならば、早々に邸にお戻りになりますよう。」


そういうや否や、姫君は次期当主を引き摺るようにして出口へと向かっていく。
流石に自分でもやり過ぎたと解っているのか、男は大人しく腕を引かれているようだ。
二人が出ていく直前、姫君がこちらを見て、ごめんなさい、とその唇が動く。
気にするなと首を横に振れば、姫君は苦笑を漏らして出ていくのだった。



2020.03.26
Gに続きます。


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