Short
■ 無意識的意識E

「・・・気になりますか、あちらが。」
唐突に問われて、白哉はその相手を見る。
いつものように穏やかな微笑みを浮かべる漣家の当主の瞳が、興味深げに己に向けられていた。


「何故だ?」
首を傾げれば、漣家の当主はくすりと笑う。
「こうしてお話をしていても、どこか上の空のようですから。」
言いながらちらりと向けられた視線の先には、彼の愛娘と浅井家の兄妹の姿。


「そう心配されなくとも、あれは己の役割を解っております。浅井家の次期当主に絡まれようとも上手く躱すことでしょう。もちろん、上流貴族の姫という立場を使わずに。あの子ならば、それが出来ます。」
「・・・心配は、しておらぬ。」
一瞬だけ己の部下に視線をやって、白哉は目の前の当主に視線を戻した。


「そうですか。我が娘は、朽木様に信頼をいただいているのですね。嬉しい限りです。勿論、心配は尽きませんが。」
父親の顔になった漣家当主の瞳がふわりと緩む。
その瞳は、彼の娘とよく似ていた。


「そうであろうな。危険を伴う仕事である以上、私も心配するなとは言えぬ。」
「解っております。私はそれを解ったうえで、あの子が死神になることを許しました。一つだけ、条件を付けましたけれど。」
「条件?」


「徹底的に霊圧の制御を行うように、と。」
当主の言葉に白哉は納得する。
彼女が霊圧制御装置を身に付けていることには気付いていた。
だからこそ、何か理由があるのだろうと、彼女を席官にはしなかった。


「あれはそなたの意向だったのか。」
「はい。お気づきでしょうが、今のあの子の霊圧は朽木様と顔を合わせた時よりも小さく制御しております。制御しなければ、席官クラスであることは間違いないかと。」
「そうさせないのは、席官になれば任務の危険度が上がるからか?」


「それももちろんありますが・・・あの子の身体は、魄睡が発生させる霊圧を鎖結が放出しすぎてしまうのです。霊圧の生産量が放出量に釣り合わなくなってしまえば、あとは、文字通り命を削ることになります。ですから、霊圧の放出量を最低限に絞っているのです。」


なるほど。
彼女の霊圧制御が緻密なのは、必要に駆られてのことであったか。
あの無駄のない動きも、最低限の霊圧で効率的に動くためなのだろう。
本人が席官を望んでいないのも、それをよく解っているからか。


「普段、あれが霊圧を閉じているのは、任務のために溜め込んでいるからなのだな。」
「左様にございます。」
「事情は相分かった。」
「とはいえ、本人はそれを理由にお心遣いをいただくわけにはいかないと言っておりますので、朽木様に知られていることは伏せてくださればと。」


「そうか。ではあれに気付かれぬように手配する。」
「お手数をおかけいたしまして申し訳ございません。」
頭を下げた当主に、白哉は内心苦笑する。
私にこの話をするためにこの当主は彼女が茶会に参加することを承諾したのだろう、と。


「過保護だというのは解っておりますが、そのように笑わなくとも・・・。」
どうやら苦笑が漏れていたらしい。
少しだけ拗ねたように言う漣家の当主は、そうしていると随分と若々しく見える。
時折見せる素の表情は、こちらを信頼しているということなのだろう。


「当主というのは気苦労が絶えぬな。」
「お互い様でしょう。可愛い妹君が副隊長にまでなってしまわれては、さぞ心配でしょうからねぇ。浮竹様の采配があるとはいえ、地位には責任が伴いますから。」
仕返しとばかりに言われてしまえば、今度は苦笑を漏らすしかなかった。


「仕方あるまい。それがあれの歩む道だということだろう。私が朽木家に生まれ、隊長をやっているのと同じことだ。偶然もあるだろうが、私たちは自らその道を選んだ。そなたの娘と同じように。今私の手の中にあるものは、私が自ら背負ったものだ。気苦労が絶えないからと言ってその辺に捨てて良いものでもないだろう。」


「そのようにお考えであるのならば、私は何も口出しはいたしません。あの子との関係も含めて。もっとも、当の本人は現状に不満はないようですが。」
くすくすと笑った漣家当主は何故か愉しそうである。
やはり、この当主は私の現状を解ったうえで楽しんでいるのではなかろうか。


「それはどういう意味だ?」
私の問いには答えずに、当主は懐から巾着袋を取り出した。
こちらに差し出されたそれを受け取って、中から感じた気配に眉を潜めた。


「霊圧制御装置か。それも随分と力が強い。」
「えぇ。もしもの時のためにお渡ししておきます。任務中に何事かあった場合、対処をすることになるのは朽木様でしょうから。」
「用意のいいことだな。」


「何の準備もせずに勝手なお願いをする訳にもいきませんでしょう。・・・さて、これ以上朽木様を独り占めしていては余計な恨みを買ってしまいましょう。私はこれにて失礼させていただきます。」
「そうか。足を運んでいただき感謝する。」
私の言葉に一礼して踵を返した当主は、ふと振り返って。


「気になるのは解りますが、あまり視線を向けていると気付かれますよ、朽木様。どうかお気を付けを。」
どういう意味だと問う前に、漣家当主は歩を進め始める。
すぐに他の貴族が目の前にやって来て、白哉はその機会を失ってしまったのだった。



2020.03.26
Fに続きます。


[ prev / next ]
top
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -