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■ 無意識的意識D

「・・・おや?誰かと思えば、そちらは漣家の咲夜姫ではありませんか。」
朽木家からの茶の振る舞いも何事もなく終わり、胸を撫でおろしていたところで声を掛けられて、どきりとする。
見れば、其処に居たのは浅井家の次期当主である。
今回護衛をした姫君の実の兄だ。


『・・・お久しぶりにございます。』
とりあえず頭を下げれば、目の前の男は皮肉げに口元を歪めた。
「話には聞いていたが、本当に君が付き添いをやるとはね。あの漣家の姫君が護衛とは、我が浅井家の家格も随分と上がったものだよ。」


「何が家格が上がった、よ。お父様が余計なことをしたせいで、白哉様にお近づきになれなかったのよ。」
憮然とした表情の姫に、男は笑う。
「いいじゃないか。結果として、漣家も朽木様にはお近づきになれなかったのだから。」


・・・何度会っても思うのだけれど、私は姫君よりこの次期当主のほうが苦手だ。
皮肉な口元と、嘲るような瞳が、何やら薄気味悪いのだ。
浅井家の実権をすでに握っているという噂だから、今回のことも彼の仕業かもしれない。
狙いが外れた腹いせに、わざわざ嫌味を言いにきたのだろうか。


「それに、とりあえずひとつ、収穫があったし。」
「収穫?なんですの、それは?」
「上流貴族出身であっても、死神になってしまえば使用人同然だということさ。わざわざそんな職業を選ぶ酔狂な姫も居るようだけれど。」


この人は、根本から死神を軽視している。
姫、という言葉を強調したあたり、元々女性を軽く見ているのだろう。
というより、女性が嫌いなのかもしれない。
流石に妹は例外のようだけれど。


『酔狂、と言われれば酔狂なのでしょう。ですが私は、死神の仕事に誇りを持っております。』
「ふぅん?平隊士とはいえ、上流貴族の姫だからと、優遇されていたりするのかな。だからそんなことが言えるのでは?」


『まさか。朽木隊長は貴族だろうと何だろうと、実力を鑑みて判断されるお方です。もちろん、他の隊長の方々も同様にございます。』
先ほどの言葉は死神への侮辱だと暗に言えば、男は嘲りの視線を向ける。
死神風情が、という彼の心の声が聞こえた気がした。


「それもそうか。君は、上流貴族の姫でありながら、我が妹の付き添いを命じられているのだから。漣家のご当主もよく許したものだ。自分の娘が他家の姫の付き添いをさせられて思うところがあるはずだろうに。それとも、君を朽木家に嫁がせる気がないのかな。もしそうなら・・・僕と君が婚約することもあり得るね。」


とんでもないことを言い出した目の前の男に眩暈がしそうだ。
家柄を見れば婚約者となることに問題はないが、この男の妻になるなど想像するのも嫌である。
仮に父がそれを望んだとしたら、私は遠慮なく親子の縁を切ることだろう。


『あり得るかあり得ないかでいえば、あり得る話ではありますが。』
「正式に申し込んだ方がいいかい?」
『ご冗談を。』
「そうですわ、お兄様。私は嫌よ。この人が義姉になるなんて。」


「何故だい?お前にとっても悪い話じゃないだろう。朽木様の婚約者候補が一人減るのだから。それも、大本命と噂される姫君が。」
「それは・・・そうですけれど。」
「咲夜姫が居る限り、朽木様がお前を選ぶことはないよ。」


この男は本当に意地が悪い。
こうやって妹を煽って、私に敵対心を抱くように仕向けている。
妹ですら、この男にとっては駒の一つなのだ。
多分それだけでなく、浅井家の当主すらも。


『仰る通り、誰を婚約者とするかを選ぶのはあの方です。婚約者候補として私の名前が挙がっていることも承知しております。ですが、あの方は、家柄だけで妻を選ぶようなお方ではないかと。ですから、あの方は遠い。貴族としても、死神としても。此方からどれほど手を伸ばしても、あの方が手を差し伸べてくださらなければ誰も届かないくらいに。』


そうだ。
婚約者候補と言ったって、あの方とまともにやり取りをしたのは、あの日だけ。
死神になる前も、死神になってからも、ずっと、あの方の遠い背中しか見えない。
でも私は、それだけでよかった。


あの背中が見える限り、私は道標を見失わない。
貴族としても、死神としても。
私に剣術を教えてくださったあの日から、私の目標はあの方だった。
あの方と同じ高みまで上り詰めることは叶わないとしても、あの方と同じように、高潔でありたい。


『何度も申し上げますが、選ぶのはあの方です。ですから、私たちがここで可能性の有無を話すことに意味はありません。私と姫君が争う理由もございません。全てが貴方の思い通りになると思われませんよう。・・・さて、姫君。ご当主の皆様にご挨拶に伺いましょう。この茶会は社交の場です。せっかくの機会ですから、有意義に過ごしませんと。』


「貴女、どうして・・・。」
己の兄の言葉に唇を噛みしめていた姫君の腕を取って、顔見知りの居る方へと足を進める。
戸惑ったように着いてくる姫君だったが、次第にその足取りが確りとしてきて。


「私は、礼なんか言わないわよ。」
『それで結構にございます。私が勝手に兄君に腹を立てただけですから。』
「貴女、意外とはっきりものを言うのね・・・。」
『女だからという理由だけで侮られるのが嫌いなだけです。ですので・・・。』


「何よ?」
『あの兄君と私の婚約話などが持ち上がったら、全力で拒否してくださると助かります。浅井家の当主様は姫君を溺愛しているとのことですから、そのくらいの我儘は聞き入れてくださるかと。』


「呆れた・・・。貴女って、大事にされてきた姫君ってだけじゃないのね・・・。」
『私は、死神です。平隊士といえど、生半可な精神では務まりません。』
呆れ顔の姫君をちらりと見て、微笑みを見せる。
彼女は一瞬だけ驚いて、けれど、小さく笑みを零したのだった。



2020.03.26
Eに続きます。


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