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■ 無意識的意識B

人の噂も七十五日。
時間が経てば噂など忘れ去られるものだ。
婚約者が決まった、という噂が一向に流れてこないことから、周囲の者たちは当の白哉にはその気がないのだと興味を薄れさせているらしい。


家臣の興味もそのように薄れてくれれば良いのだがな・・・。
六番隊の隊舎へと足を向けながら、白哉は内心でため息を吐く。
朽木邸にて先ほどまで行われていた家臣との会議では、やはり縁談の話が持ち上がった。
その気の有無に関わらず、朽木家の後継者は必須のことである、と。


白哉自身それは解っている。
緋真との婚姻の際に無理を通した自覚もある故、家臣にそこを突かれると痛い。
何より、家臣たちが婚約者として推しているのが漣家の末の姫だというのが辛い。
上流貴族出身で、死神への理解もあるというのが、家臣たちの言い分である。


接触をしなければ家臣たちも諦めると思っていたのだが、どうやらそう上手くはいかないらしい。
漣家の当主である彼女の父は、己の娘の縁談であるにも関わらず傍観を決め込んでいるらしく、特に薦めてもこなければ、周りから探りを入れられても受け流す始末。


此方の苦悩を解っていながら愉しんでいるのではないか・・・。
そんな疑心が湧くほどに、漣家当主はこの縁談に関して沈黙を守っていた。
他の上流貴族で未婚の姫がある当主たちは、自分の娘と面識を持たせようと何かと姫を連れ歩いているのだが、漣家当主はそれすらしない。


それが私の興味を引くための戦略なのか、それとも己の愛娘を朽木家に嫁がせたくないと暗に伝えてきているのか。
温厚な当主ではあるが、上流貴族の取りまとめを任されており、思慮深く、慎重で、その人柄に似合わず侮りを与えない、というのが彼女の父であった。


要するに、何を考えているのかよく解らない人物なのである。
そしてそれは、彼の娘である漣咲夜にも言えることであって。
噂話くらい耳に入っているだろうに、彼女自身が私に接触してくる様子もない。
まるで自分は無関係だとでもいうように、彼女はいつも通りなのだった。


「・・・こんな所に居たんすか。随分探しましたよ、朽木隊長。」
いつものように屋根の上で物思いに耽っていると、恋次が姿を見せる。
「恋次。何事だ。」
視線を向ければ、赤髪の副官は困ったように頭を掻いた。


「それが・・・護衛の依頼が八番隊から回ってきまして・・・。」
「京楽に突き返せ。」
即答した己の上司に、そんな無茶な、と思いつつ恋次は続ける。
一度八番隊へ振られた依頼がわざわざ六番隊に回されてきたのには、訳があった。


「俺も一度は断ったんすけど、浅井家の姫が参加する朽木家の茶会に同席して欲しいという話で。」
朽木家の茶会、という単語に、白哉は首を傾げた。
何故我が朽木家の茶会に護衛が必要なのか。


「護衛というより、付き人、というのが近いらしいんすけど。」
「付き人ということであれば、朽木家の者を貸し出すが。」
「初参加であるうえに、茶会の作法に心配があるので失礼のないようにフォロー役をして欲しいと。確か、茶会の最中は使用人は別室で待機することになってましたよね?」


「・・・そういうことか。」
茶会と言いつつも貴族の交流の場であるため、作法などそう気にする必要もないが、主催者として客人に恥をかかせるわけにもいかないだろう。
それに、八番隊に所属する上流貴族は皆が参加者側だったはずだ。


京楽に押し付けても良いが、今から京楽の座席を動かすと全体に関わるか・・・。
茶会の座席図を思い浮かべて、白哉は逡巡する。
京楽の席の周辺には、八番隊士を始めとした死神勢と、その他面倒な貴族たちを集めているのだった。


あれの近くの座席になるのは、初参加の者には酷だろう。
他の場所であれば、一人分の席を増やすことは可能だった。
だが、朽木家の茶会に参加するのは上流貴族ばかり。
適当な立場の隊士が居ない故、六番隊に寄越してきたのか・・・。


「誰を行かせます?」
朽木家の茶会に参加する予定のない、上流貴族かまたはそれに相当する家の出身の者。
六番隊とて貴族は多く、茶会に参加する者も多い。


思いついた顔は全て茶会に出席する旨の返事をもらっている。
それ以外で、となると、作法に詳しく、尚且つさりげなく誘導できるような気遣いの出来そうな者は、ただ一人しかいなかった。
だが、その一人が白哉にとっては問題で。


いや、そもそも、浅井家の姫というのも、問題なのだが。
漣と同じく白哉の婚約者候補として名前が挙がっている姫である。
その姫を同席させるあたり、浅井家当主の意図は明白だ。
今回の依頼も、京楽を利用して死神との接点を持つことで、私との接点に繋げようという意図があったはず。


「隊士たちに心当たりがあるか聞いてみたんすけど、上流貴族は殆ど参加するんすね。」
「あぁ。当主はもちろんだが、奥方や次期当主、姫も参加する家が多い。」
「姫もすか・・・。ルキアも言ってましたけど、大変なんすね、色々と。」
噂のことも含んでいるであろう恋次の言葉に、当日を想像した白哉は内心ため息を吐く。


「・・・ん?あれ、漣っすか?」
話しながらも眼下を眺めていたらしい副官が見つけたのは、先ほどから白哉が思い浮かべていた漣咲夜だった。
どうやら現世での任務を終えて帰って来たらしい。


「確か、漣って、上流貴族でしたよね?」
「・・・そうだな。」
「彼奴は参加するんすか?」
「・・・・・・。」


「隊長?」
「・・・漣家は当主だけが参加すると返事があった。」
「それじゃあ、漣が行けますね。」
やはり、そうなるか・・・。


彼奴なら大丈夫だろ、なんて無責任な独り言を発した副官に八つ当たりをしたくなる。
それと同時に、この副官でさえ漣が適任だと思うのだから、それ以外の選択肢はないらしい。
隊舎に入っていった彼女を眺めて、白哉は恋次を見た。


「・・・お前から漣に伝えておけ。私は家臣に参加者の増員があることを伝えておく。任務とはいえ、漣家の当主にも話を通しておかねばなるまい。」
「解りました。では、俺はこれで失礼します。」
一礼して去っていった副官の気配を感じながら、白哉もまた屋根を蹴る。


面倒なことになった・・・。
これも全て京楽のせいだ。
八番隊に依頼が来たのだから、私的な伝手を使ってでも適任者を探し出せば良いものを。
あれならばいくらでも伝手があることだろうに。


次に会ったら痛い目に遭わせてやる。
内心で京楽に文句を言いつつ、白哉は屋根から飛び降りる。
上流貴族の邸宅が集まる区域はもう目と鼻の先。
目的の人物の霊圧があることを確認して、白哉は迷いなく歩を進めるのだった。



2020.03.26
Cに続きます。


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